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ディナー

 秋月家ーー




 家の間取りは僕の部屋と同じだった。同じマンションだからそれが建築では合理的なんだろう。


「いらっしゃい。さ、上がって上がって」


 リビングダイニングのテーブルに並ぶ料理、見たこともない色鮮やかなそれには湯気が立ち、味の想像すら出来ないけれど美味であることは間違いないと個々に主張している。


「素晴らしい。どこで販売してるんですか?」

「うふ、嬉しいこと言ってくれるわね。わたしが作ったのよ」

「お母様が?」

「リリも手伝ってくれたもんねえ」

「お母さん、言わないって約束したでしょ!」


 作った? 明らかにコックとは思えないこの女性が作った?


「さあ座って」

「ありがとうございます」

「雅也君は日本の料理は初めてかな?」

「そう、ですね」

「みーちゃんは料理しないの?」

「母は事業が忙しいので、いつも使用人が用意してくれています」

「みーちゃんが事業してるんだ。頭よかったもんねえ」


 決して大きくないテーブルに、何品の料理があるんだろう。僕の予想通りだとすれば秋月家は中流階級、パンチェッタやフォアグラ、ロメインレタス、サーロイン等の比較的高価な食材は見当たらない、のに……。


「では改めて雅也君、日本へようこそ!」

「皆様の歓迎に感謝します」

「じゃあいっぱい食べてね!」


 練習はしたけど慣れないハシを使う。なんとかお皿から運んできた僕の所作を3人は笑わずに、温かく見守ってくれている。口に運ぶ名前の知らないそれ。


「Delicious!」

「そう、よかったわねリリ」

「え、あ、はは」

「たくさん食べていいからね」


 たくさん食べていいからね、こんなにも人の心を揺さぶる言葉があるんだろうか。異国の地で美味しい物を食べれる僕は、多大な恩恵を授かっている。


「女王陛下と神に感謝します」

「雅也君は大げさだなあ。もしおハシが苦手だったらスプーンとフォークもあるけど?」

「ゴウに入りてはゴウに従えという日本のことわざを習いました」

「雅也君は物知りだね」

「ただ、ゴウとはなんですか?」

「郷っていうのは昔の日本の集落のこと。そこに住むならそこの決まりを守ろうってこと」

「環境への適応、という解釈で合ってますか?」

「うん、その通り」


 国は違っても言葉は、歴史を超えて人を正すようだ。


「ところでマサヤくん、会った時から気になってたんだけど、なんでスーツにネクタイ?」

「人と接するのに失礼のないように」

「窮屈じゃない?」

「窮屈を感じたことはない。背中が伸びて姿勢がよくなり気持ちがいい。リリさんも試してみるといい」

「うわ、わたしにはムリ」

「それに、これ以外にはタキシードとガウンしか持っていない」

「どうしてそれを選んだ!」

「どうして? ガウンは寝る時に着る。タキシードは急な晩餐会のために」

「そんなのないから!」

「ない? なぜだ。日本にも各国の要人達が来るだろう? あ、そうか。僕は今日本にいるのか、失念していた」


 僕とリリさんの会話で笑うご両親。


「じゃあリリ、明日は雅也君の買い物に付き合ってあげなさい。夏休みの宿題も終わってるわよね、この辺りの案内も兼ねて」

「……別に、いいけど」

「リリさんが僕の洋服を選んでくれるのかな、それはすごく嬉しい。全て、君のセンスに任せよう」

「あんまり期待しないでよね!」


 美味しい料理を食べながら、気付けば僕は秋月家の家族とずっと会話をしている。3人は終始笑顔で、僕もきっとそう。

 侯爵家という英国国家における上流階級、そこに属する僕は日本の、広くないこのリビングダイニングの、この空気に羨望すら感じる。


「すごく楽しいです」

「そう、よかったわ」

「……17年で1番」


 僕の言葉に反応するように、3人は急に真顔になった。僕の頬を伝うそれは、僕の視界に霞みをもたらした。


「あれ、なんですかね、申し訳ないです……」


 人前で涙を見せるなど、紳士としてナイトとしてあってはならない。ましてや僕が、将来は侯爵として数々の責任を負わなければいけない立場の僕が、弱さという内面を曝け出すなど、それはただの恥だ。


「美味しい物を食べて心が緩んじゃったのかな。さ、食べましょ」

「……はい」


 母親に手を引かれた幼児のように、僕はただそう返事をした。


「これ、なんですか?」


 赤みの四角い物体。


「マグロの刺身だけど」

「……マグロ? もしかしてツナのことですか? 生ですよね、火は通さないんですか?」


 日本は島国だから魚介類は新鮮、その言葉を信じていいのだろうか。イギリスも島国だが。ワサビという名の物体を乗せショーユを付け恐る恐る口に運ぶ。


「Amazing! 今すぐイギリスは輸入すべきです!」

「え、食べたことなかった?」

「初めての食感です。イギリスは一般的に食という産業において、各国に遅れを取っていると聞きます。我が大英帝国がまさかと思っていましたが、これほどまでとは……」

「喜んでくれてるならよかった」

「政府に要望書を提出します」

「うちのリビングで国家間の外交をしないでもらえるかな」

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