日本
「いやあまさか、こんなにカッコイイ子が来るとは思わなかったよ。はは、これじゃ学校中が大騒ぎになりそうだ」
空港まで車で迎えに来てくれた男性は、母の友人のハズバンド。初対面の僕に、笑顔で丁寧にもお世辞を加えてくれている。
「長時間のフライト、疲れたかな?」
「はい少し。フランスやスペインには何度か訪問したことはありますが、ヨーロッパを超えてアジアは初めてですので」
一般的に生活する上でちょうどいいだろうサイズの車の、助手席から見える景色は自然と建物が調和していて、下品な看板が都市の景観のじゃまをしていない。
日本ーー。
母がイギリスに来るまで過ごしていたこの国は、父と母の説明やネットの情報を介して想像していたよりももっと、文化的な国のようだ。
「うちにも君と同い年の娘がいるんだけどね。君が9月から1年間通う同じ高校に通っているんだ。仲良くしてくれるとありがたいんだけど」
「ぜひ、御令嬢とも親交を深めさせて頂きたいと考えます」
「御令嬢? はははは!」
日本のハイウェイを運転しながら大声で笑う男性に、遠慮を感じられない笑顔に、楽しそうな声に僕は共感を得た。
「いやあ笑わせてもらったよ。あのおてんばが御令嬢、そう願いたいもんだね。ただ、君の場合はちょっと無理があるかなあ」
……無理?
「失礼ですが無理とは?」
「君が内緒にしておきたいと、妻にメールをした内容だ」
運転中にも関わらず、彼は笑顔で僕を凝視した。
「雅也君が英国王室、ロイヤルファミリーの貴族階級、侯爵家の御子息だという事実。口で説明しなくても君の持つ空気がそう言っている」
「……善処します」
「着くまでにはまだかかるから、眠かったら眠っていいからね」
ユニバーシティ進学前に1年間、日本人の母が暮らした日本で生活したい。僕の願いは叶えられ、母が通った高校に通うことになり、母の友人が住む場所を手配してくれた。
『倉木雅也』
母の姓を使い僕は日本で生活する。イギリスに帰国すればもう2度とここに戻ってくることはないだろうけど、その国の歴史や文化を学ぶことは大いに経験となり得るはずだ。
◇◇◇◇
大きな通りから1本入った通り沿いにそのマンションはあった。7階の1室の、開かれるドア。
「雅也君ようこそ、お待ちしてました。あらあら、目元とかみーちゃんにそっくり。面影あるわ、懐かしいわねえ」
「ええええええええ……」
親近感のある笑顔を向けてくれてるのは母の友人だろう。美和子、ミワコ、みーちゃん、なるほど。隣りの僕と同年代の、日本のことわざにあるハトがライフルで撃たれた時の顔はきっとこんな顔。
「初めてお目に掛かります、倉木雅也です。秋月家の皆様におかれましては、慣れない遠い異国の地での生活への支援、心より感謝致します」
胸に手を当てて僕なりの感謝の意。
「背、高! 目、青! 髪、ブロンド混じりの黒! 顔、日本人! 日本語、上手!」
急な日本語の単語の羅列に緊張もほぐれる。
「リリ、もうちゃんと挨拶しなさい! こっちが恥ずかしい」
「だって! あ、えっと秋月リリです。よ、よろしくお願いします」
リリさんは恥ずかしそうに目線を下に向けた。
「ユアさんとは漢字でどう書くんですか?」
「えっと、凛々しいって書きます」
……凛々しい。
「なるほど、日本では名前は体を表すと聞きます。凛々しさと優しさを兼ね備えてるだろうリリさんに、とてもお似合いだと思います」
ボッ!
「ボッ?」
「あらら、リリ顔真っ赤」
「ちょっ、お母さん!」
「ははは、雅也君。日本では女性を褒めることはあまりないんだ。そういうのはイギリスとは違うかな」
「レディーに対する紳士の嗜みでは?」
「じゃあ、褒めるならさりげなくがいい」
「さりげなく、ですか」
「そう、さりげなくね」
さりげなく、正面のリリさんの手を取り片膝を床につける。見上げるとリリさんの視線を感じれた。
「白くて長い指がとてもキレイだ」
ボッ!
「ボッ?」
「あらまあ、うふふ」
「……し、心臓が死にそう」
「うん。こっちの生活に慣れるまでは、女性を褒めることはやめておこうか」
フェイル、どうやら失敗したらしいけど時間はあるし、少しづつ慣れていけばいい。
「じゃあ荷物もあるし、まずは部屋に案内するわね。と言ってもお隣りだけど、リリ、案内してあげて」
「もう分かったから!」
僕は1年間、どうやらリリさんの隣りの部屋で暮らすことになった。




