第9話:魔女のコックピット
リアが仲間になってから、深淵での探索効率は劇的に向上した。
「……レンさん、右舷40度。深度200に『沈没船』の反応があります。中には……金属製の宝箱らしき影が見えます」
「了解。ガイウス、クレーン準備だ。お宝の匂いがするぞ」
「承知した!」
これまでは俺が目視でゴミを探していたが、今はリアの『魔眼』が海中のレア素材をピンポイントで見つけ出してくれる。
おかげで、ここ数日で船の備蓄資材は3倍に膨れ上がっていた。
だが、問題が一つある。
ドサッ。
鈍い音がして、俺は振り返った。
「……はぁ、はぁ……。ごめ、んなさい……」
リアが甲板に膝をついていた。
マストにしがみつく細い指が、白くなるほど震えている。
額には脂汗が滲み、呼吸が浅い。
魔眼の使用は、精神力(MP)をごっそりと削る。
彼女は自分の価値を証明しようと、限界を超えて『視』続けていたのだ。
「休憩だ。リア、無理をするな」
「で、でも……私、これくらいしか役に立てませんから……」
彼女の瞳が揺れる。
また捨てられるかもしれない、という恐怖。
その必死さは痛いほど伝わってくるが、これでは非効率だ。
優秀なレーダーがガス欠でダウンしては、肝心な時に動けない。
俺はため息を一つつくと、腰に下げていた工具袋をチャラリと鳴らした。
(……やるか。資材は貯まったしな)
俺はしゃがみ込み、リアの目線に合わせて告げた。
「リア。お前のその目、俺が『改造』してもいいか?」
「え……?」
「安心しろ。メスを入れるわけじゃない。お前の負担をゼロにするための『座席』を作るだけだ」
◇
俺が目をつけたのは、船の中央にある『馬車小屋』の屋根の上だ。
ここなら視界を遮るものがない。
俺はハンマーを振るい、拾ってきた『古代の強化ガラス板』と『導魔管』を組み合わせていく。
カン! カン! ジュッ……。
はんだごての代わりにした熱したナイフで、配線を溶接する。
焦げた油の匂いと、甘い松ヤニの匂いが混ざる。
半日かけて完成したのは、ガラス張りの小さなドーム状の空間だ。
その中心には、深淵鮫の革を張った特製の椅子と、無骨なケーブルが何本も伸びる『ヘルメット型の魔導具』が鎮座している。
「名付けて『魔女のコックピット』だ」
俺は煤で汚れた手で、ヘルメットを撫でた。
「リア、お前の魔眼は高性能だが、情報の処理を全部自分の脳ミソでやってるから疲れるんだ。だから、その負荷を船のシステムに肩代わりさせる」
「船に……肩代わり?」
「とりあえず座って、これを被ってみろ」
言われるがまま、リアが椅子に座る。
ヘルメットを被せると、少し大きかったのか、彼女はカクンと首を傾げた。
俺はすかさず、ヘルメットから伸びる太いケーブルを、足元にある『動力炉』への直結端子へとねじ込んだ。
準備はいいか。
俺は手元のスイッチに指をかけた。
「リンク開始。……多少、ビリっとくるぞ」
バチンッ!!
スイッチを入れた瞬間、青白い火花が散り、リアの背中がのけぞった。
「あぐっ……!?」
血管に氷水を流し込まれたような衝撃。
だが、その直後。
「えっ……!?」
彼女の口から、驚愕の声が漏れた。
視界が、爆発的に広がっていた。
これまでは自分の魔力をすり減らして無理やり見ていた景色が、今は船の動力炉から供給される膨大なエネルギーによって、鮮明に、かつどこまでも遠く映し出されている。
泥の海の底にある小石ひとつ。
数キロ先を泳ぐ魚の鱗の枚数。
まるで、自分の視神経が海全体に張り巡らされたような感覚。
それなのに、頭の重みは全くない。
クリアだ。
恐ろしいほどに。
「すごいです……! 海の、向こう側まで見えます……!」
「動力炉のエネルギーを増幅器に使ったんだ。これでMP消費は十分の一以下になる。24時間稼働しても平気だぞ」
俺は満足げに鼻を鳴らした。
これで、この船は『超長距離レーダー』を手に入れた。
「……レン殿の発想には、毎度肝が冷えるな」
下で見ていたガイウスが、呆れ半分、感心半分といった様子で梯子を登ってきた。
「魔女の呪いを、科学技術で『システムの一部』に組み込むとは。……これでは、彼女はもう人間というより、船の部品だな」
「人聞きが悪いな。最高の『パートナー』と言ってくれ」
俺はリアの肩を叩いた。
「よしリア、早速その強化された目で探してほしいものがある」
俺は真剣な表情になり、前方の闇を指差した。
「この深淵エリアのどこかに、異常に魔力濃度が高い『特異点』があるはずだ。そこを探してくれ」
「特異点……ですか?」
「ああ。俺たちがこの雲海を抜けて、上の世界へ帰るための『鍵』がある場所だ」
リアはコックピットの中で深く集中した。
ヘルメットのバイザー越しに、黄金の瞳が激しく明滅する。
深淵の闇を、光の速さで走査していく。
数秒後。
彼女が息を飲んだ。
喉が、ゴクリと鳴る音が聞こえた。
「……見つけました。北北東、距離5000。……信じられない大きさの魔力の塊があります」
「どんな形だ?」
「建物……いえ、『神殿』です。海底に、巨大な神殿が沈んでいます。そして、その周りに……」
リアの声が震えた。
恐怖か、あるいは畏敬か。
「……山のように巨大な『何か』が、とぐろを巻いています」
「ビンゴだ」
俺は拳を握りしめた。
予想通りだ。
このエリアには、ゲーム時代と同じ『深淵の主』が存在する。
奴を倒せば、ドロップアイテムとして『浮遊機関』が手に入る。
それさえあれば、この重いガラクタ船を空高く飛ばすことができる。
「行くぞ、野郎ども!」
俺は操舵輪を北北東へ向けた。
「目標、深淵神殿。エリアボスを叩き潰して、俺たちの翼をもぎ取るぞ!」
ガイウスが剣を鳴らし、リアがコックピットでしっかりと前を見据える。
最強の布陣が整った。
いよいよ、深淵脱出のための大一番が始まる。




