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第42話:星を掴む掌、黒き翼の覚醒

 嵐の止んだ天空の墓場に、穏やかな風が吹き抜ける。

 数千年の眠りから覚めた機神兵、アイギス・セブンは、その巨躯を折りたたむようにして地面に座り込んでいた。

 その光景は、巨大な鋼鉄の忠犬が飼い主の指示を待っているようにも見え、どこか滑稽で愛らしさすら漂わせていた。


『マスター・レン。生体スキャンノ結果、心拍数、血圧共ニ正常値デスカ? 火傷ノ深度ハ……』


 アイギスの単眼が、心配そうに明滅する。

 レンは苦笑しながら、ヴァイスに包帯を巻かれた左手を振ってみせた。


「平気だ。ヴァイスの特製軟膏のおかげで、もう痛みは引いている。それよりアイギス、お前の方こそ大丈夫なのか。数千年ぶりの起動で、回路が焼き付いてないか」


『問題アリマセン。マスターノ魔力供給ハ、過去ノどノ管理者ヨリモ高純度デス。システムハ全快。イツデモ殲滅行動ニ移レマス』


「殲滅はしなくていい。とりあえず、そこでお座りしててくれ」


 レンが指示を出すと、アイギスは素直に頷き、巨大な大剣を地面に置いた。

 その周りでは、キリルがおっかなびっくり尻尾を膨らませて近づき、バンバが機体の装甲を指でコンコンと叩いて品定めをしている。


「すげえ装甲だ。ミスリルとオリハルコンの合金かよ。これを鍋にしたら、ドラゴンの骨だって数秒で溶けるスープが作れそうだぜ」


「やめろバンバ。こいつは仲間だ、食材じゃない」


 レンは釘を刺しつつ、視線を墓場の奥へと向けた。

 アイギスという最強の守護者を手に入れたが、ここでの本来の目的はまだ達成されていない。

 この墓場に眠る、古代戦艦の心臓部。

 リベルタ号を次の次元へと進化させるための、ロストテクノロジーの回収だ。


「アイギス。お前が守っていたこの遺跡の最深部には、何がある」


 レンの問いに、アイギスは立ち上がり、巨大な指先でドームのさらに奥、崩落した壁の向こうを指し示した。


『コノ先ハ、古代空中要塞アーク・ノアノ中枢デス。ソコニハ、本艦ノ動力源デアル星核ステラ・コアガ安置サレテイマス』


「星核……?」


 リアが聞き慣れない単語に首をかしげる。

 レンの職人としての勘が、激しく警鐘を鳴らした。

 それは、ただの動力炉ではない。もっと根源的で、強大な何かの予感。


「案内しろ。いただくぞ」


 レンたちはアイギスを先頭に、遺跡の深部へと足を踏み入れた。

 道中、崩れかけた天井をアイギスが支え、道を塞ぐ瓦礫をその怪力で粉砕しながら進む。

 かつては命がけのダンジョン攻略だった道のりが、最強のポーターがいるだけでハイキングのように快適だった。


 そして、たどり着いた最深部。

 分厚い隔壁が開かれた瞬間、全員が息を呑んだ。


 そこには、星があった。


 直径三メートルほどの、透明な結晶球体。

 その内部では、宇宙の縮図のように無数の光の粒子が渦を巻き、ゆっくりと脈動している。

 周囲の空間が歪み、光すらも吸い込まれていくような、圧倒的な質量の存在感。


「これが、星核。……重力制御ユニットの完全体か」


 レンが震える声で呟く。

 現代の飛空艇に使われている浮遊石とは、次元が違う。

 これは魔力で風を起こして飛ぶのではない。

 星が持つ引力そのものを操り、空間を滑るように移動するための、神のエンジンだ。


「綺麗だニャ……。宝石なんて目じゃない輝きだニャ」


 キリルが吸い寄せられるように手を伸ばすが、レンが慌ててその襟首を掴んで引き戻した。


「触るな。生身で触れたら、重力の歪みに巻き込まれて体が捻じ切れるぞ」


 レンは慎重に近づき、義手から解析用の魔力糸を伸ばした。

 接触。

 瞬間、脳内に流れ込んでくる膨大なデータ量に、レンは目眩を覚えた。


「すごい。自己修復機能、慣性制御、さらには空間跳躍の理論値まで入っている。……こいつがあれば、リベルタ号は空だけじゃない。大気圏の外だって行けるぞ」


 レンの言葉に、クルーたちが顔を見合わせる。

 スラムのゴミ拾いから始まった旅が、まさか星の海まで届くかもしれない。

 その壮大すぎるビジョンに、リアは武者震いのような高揚感を覚えた。


「レンさん、やりましょう。この星核を、リベルタ号に」


「ああ。ここからは大仕事だぞ」


 レンは振り返り、全員に指示を飛ばした。


「これより、リベルタ号の大規模改修オーバーホールを開始する。バンバ、キリル、ガイウスは、周囲の残骸から使える装甲板とケーブルをありったけ集めてこい。リアは結界を展開して、作業中の魔力漏れを防げ。アイギスは動力炉の運搬だ」


『了解、マスター』


 作業は三日三晩続いた。

 墓場に眠る数千年分の遺産が、次々とリベルタ号の周囲に積み上げられていく。

 レンは不眠不休で動き続けた。

 彼の目は充血していたが、その輝きは衰えるどころか、作業が進むにつれて狂気的なまでの熱を帯びていった。


 繋ぐ。合わせる。溶かす。再構築する。

 Fランクと嘲笑された彼の『クラフト』能力が、Sランクの遺産たちを意のままに操り、新たな形を与えていく。


 白銀の騎士から奪ったステルス装甲の隠密性。

 古代戦艦のオリハルコン骨格の堅牢さ。

 そして、心臓部となる星核の無限の出力。


 すべてが一つに融合する瞬間、天空の墓場全体が光に包まれた。


「……できたぞ」


 レンがレンチを放り投げ、その場に大の字になって倒れ込む。

 目の前に聳え立つのは、もはやかつてのリベルタ号ではなかった。


 全長は倍以上に拡張され、無骨だった船体は流線型の美しいフォルムへと進化している。

 漆黒の装甲は光を完全に吸収し、夜の闇そのもののように深淵な輝きを放つ。

 船尾には巨大な推進器はなく、代わりに船体全体が淡い重力波を纏って音もなく浮遊していた。

 それは船というより、空を泳ぐ巨大な黒鯨のようだった。


「リベルタ号・改。いや、これからは『神造戦艦リベルタ・アーク』と呼ぶべきか」


 ガイウスが口をあんぐりと開けて見上げる。


「信じられん。これが俺たちの船か。王国の旗艦すら、これに比べれば釣り船のようなものだぞ」


 レンはふらつく足取りで立ち上がり、生まれ変わった愛船の船体を愛おしそうに撫でた。

 指先に伝わる冷たい感触。だが、その内側には、星の鼓動が脈打っている。


「さあ、乗り込むぞ。試運転だ。……この性能、世界に見せつけてやるには、最高の相手が必要だな」


 レンの視線は南の空、王都の方角へと向けられた。

 そこには、彼を捨て、嘲笑った者たちが住む世界がある。



 一方、その頃。

 王都アイギス、王宮の謁見の間。

 張り詰めた空気の中、数人の男女が玉座の前に跪いていた。


 先頭にいるのは、金髪碧眼の美青年。

 白銀の聖鎧を纏い、腰には国宝である聖剣『エクスカリバー』を佩いている。

 王国最強のSランク冒険者にして、かつてレンをパーティから追放した勇者、セドリックだ。


「面を上げよ、勇者セドリック」


 大宰相バルカザールの重々しい声が響く。

 セドリックは優雅な所作で顔を上げた。その表情には、自分こそが世界の主人公であるという、揺るぎない自信と傲慢さが張り付いている。


「此度は何の用件でしょうか、大宰相閣下。我々『光の翼』は多忙です。ドラゴン退治の依頼も山積みですので、雑用ならば他の下級パーティに回していただきたい」


「相変わらず口が減らぬな。……だが、今回の獲物は貴様らにしか任せられん」


 バルカザールは、一枚の手配書をセドリックの前に放り投げた。

 そこに描かれていたのは、黒い船と、不敵に笑う黒髪の男の似顔絵だった。


「空賊『リベルタ』。……その頭目、レン」


 レンの名を聞いた瞬間、セドリックの背後に控えていた魔導師の女と、聖女の女が息を呑んだ。

 だが、セドリックだけは鼻で笑い、手配書を踏みつけた。


「レン? ああ、あの役立たずの荷物持ちですか。まだ野垂れ死んでいなかったとは、ゴキブリのような生命力ですね」


「奴は白銀の騎士部隊を全滅させた。そして今、古代の禁足地『天空の墓場』にて、何かを企んでいるとの情報がある」


「白銀の騎士が全滅? ハッ、所詮は裏通りの掃除屋。我々表舞台の英雄とは格が違いますよ」


 セドリックは立ち上がり、聖剣の柄に手を置いた。


「よろしい。その雑用、引き受けましょう。かつての仲間として、彼に相応しい最期を与えてやるのも慈悲というものです」


 勇者の瞳には、一片の疑いもなかった。

 自分たちが最強であり、Fランクのレンなど、指先一つで捻り潰せる存在であると。


 彼らはまだ知らない。

 自分たちが狩りに行こうとしている相手が、すでに神話級の力を手に入れ、空の王として覚醒したことを。


 舞台は整った。

 偽りの光を纏う勇者と、真実の闇を統べる魔王。

 因縁の再会は、もうすぐそこまで迫っていた。


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