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第41話:鋼鉄の患者と、戦場の執刀医

 ごぅん、という空気を押し潰すような重低音と共に、十メートルの鉄塊が動いた。

 古代の機神兵が振り上げた大剣は、単なる武器ではない。それは建造物を解体するために作られた、質量という名の暴力そのものだった。


「退避だ! 直撃すれば俺の鎧でも蒸発するぞ!」


 ガイウスが喉も裂けよとばかりに叫び、キリルを抱えて横っ飛びに転がる。

 刹那、彼らが立っていた場所を轟音が叩き潰した。

 古代合金の床が粉々に砕け散り、衝撃波だけで周囲の瓦礫が弾丸のように吹き飛ぶ。


 舞い上がる粉塵の中、機神兵の単眼が不気味な深紅の光を明滅させていた。

 ギー、ガガガ。

 関節部から聞こえるのは、錆びついたギアが無理やり噛み合わされ、悲鳴を上げている音だ。


『エラー……排除……排除……』


 壊れたレコードのような機械音声。

 それは殺意の宣言というより、終わらない苦痛にのたうち回るうめき声のように、レンの耳には響いた。


「レンさん! どうするんですか! あんな化け物、近づくことすらできません!」


 リアが瓦礫の陰から悲痛な声を上げる。

 だが、レンは一歩も引かなかった。

 むしろ、暴れ狂う鉄の巨人を前にして、その瞳は冷徹な観察者の色を帯びていた。


「よく見ろ、リア。あいつの動き、右半身にコンマ五秒の遅延がある。冷却パイプが詰まって、右側の駆動系が熱暴走寸前なんだ。人間で言えば、高熱でうなされながら剣を振っているようなものだ」


「そ、そんなこと言われても……!」


「俺が直す」


 レンは短く告げると、着ていたジャケットを脱ぎ捨て、袖を捲り上げた。

 その左腕、義手である銀色の腕が、青白い魔力の燐光を放ち始める。


「ガイウス、キリル。あいつの注意を引け。三十秒だ。それ以上は俺の体が持たん」


「無茶だニャ! あんなのとダンスしたらミンチになるニャ!」


「やるしかないだろう! 船長の命令だ!」


 ガイウスが大剣を構え、決死の形相で飛び出した。

 彼は正面から機神兵に斬りかかるのではなく、足元の瓦礫を蹴り飛ばし、兜を大剣で叩いて高い金属音を鳴らした。


「こっちだ、鉄屑野郎! 元騎士団長の剣技、錆びついてはおらんぞ!」


 機神兵の単眼がガイウスを捉える。

 大剣が薙ぎ払われる。

 その風圧だけでガイウスの巨体が吹き飛ばされそうになるが、彼は歯を食いしばり、盾受けの姿勢で耐えた。


「今だニャ! 目潰しだニャ!」


 キリルが壁を蹴り、天井の配管を利用して機神兵の頭上へと躍り出る。

 彼が投げつけたのは、船から持ち出した発光弾だ。

 強烈な閃光が機神兵のセンサーを焼き、巨体が大きくよろめいた。


 その一瞬の隙。

 レンにとっては、永遠にも等しい好機だった。


「開始する」


 レンが地を蹴った。

 その速度は身体強化の魔法を使った戦士ほどではない。

 だが、その軌道はあまりにも合理的で、無駄がなかった。

 振り回される機神兵の腕を紙一重で潜り抜け、熱波を放つ膝関節の装甲へと滑り込む。


 熱い。

 近づくだけで肌が焼け焦げるような輻射熱。

 だが、レンは躊躇なくその高熱の装甲に義手を押し当てた。


「クラフト・解析」


 脳内に膨大な青図が展開される。

 数千年前の設計思想。

 失われた超古代技術の結晶。

 複雑怪奇な魔力回路の迷宮。

 普通の魔導技師なら情報量だけで脳が焼き切れるほどのデータを、レンは瞬きする間に読み解いていく。


「なるほど。主動力炉の冷却弁が破損して、魔力が逆流しているのか。そのせいで敵味方識別コードがバグり、防衛本能だけが暴走している」


 レンの思考が加速する。

 修理方法は二つ。

 動力炉を破壊して停止させるか、それとも暴走するエネルギーを正しい回路へ繋ぎ直すか。

 前者は簡単だ。

 だが、レンは迷わず後者を選んだ。

 これほどの傑作を、ただのスクラップにする趣味はない。


「少し痛いぞ。我慢しろ」


 レンが義手から魔力の糸を放つ。

 それは物理的な修理ではない。魔力を媒介とした、概念的なバイパス手術だ。

 焼き切れた回路を切断し、自身の魔力で臨時の回路を形成する。

 詰まった冷却パイプに衝撃波を送り込み、強制的に排熱させる。


『ガガッ、ガアアアアッ!』


 機神兵が苦悶の声を上げるように身を捩る。

 全身から蒸気が噴き出し、レンを吹き飛ばそうと暴れる。

 上空から巨大な掌が、蝿を叩き潰すように迫ってくる。


「レン殿!」


 ガイウスの悲鳴。

 間に合わない。

 だが、レンは動かなかった。修理の工程を中断すれば、こいつは本当に爆発する。


「信じてるぜ、リア」


 レンが呟いた瞬間。

 彼の頭上に、黄金色に輝く多重魔法陣が展開された。


「させません!」


 リアの魔眼が極限まで見開かれ、機神兵の腕の関節部分、その一点に重力魔法を集中させたのだ。

 見えない鎖に引かれたように、振り下ろされた腕がわずかに軌道を逸れ、レンの横数センチの地面を粉砕した。

 爆風がレンの髪を乱すが、彼の手元はミリ単位も狂わない。


「ありがとう。……これで、最後だ!」


 レンは機神兵の胸部、最も熱く輝く動力炉の装甲に、直接手を突っ込んだ。

 ジュッ、と皮膚が焼ける音がする。

 肉体的な苦痛。

 だが、レンの指先はついに、暴走の中核である制御クリスタルへと到達した。


「戻れ。お前は破壊兵器じゃない。守るために作られた騎士だろうが」


 レンの魂の叫びと共に、青白い魔力がクリスタルへと注入される。

 クラフト・最適化。

 赤黒く濁っていたクリスタルの光が、レンの魔力に浄化され、本来の澄み渡るような蒼空色へと塗り替えられていく。


 ドクン。

 機神兵の全身を走っていた痙攣が止まった。

 噴き出していた蒸気が収まり、不快な摩擦音が静寂へと変わる。


 レンは火傷を負った手を引き抜き、荒い息を吐きながら後退った。

 全身汗まみれで、スーツはボロボロだ。

 だが、その顔には、最高難度の手術を成功させた名医だけが浮かべる、達成感に満ちた笑みがあった。


「終わったぞ」


 静寂がドームを支配する。

 機神兵はその場に膝をつき、沈黙していた。

 死んだのか。

 キリルがおそるおそる近づこうとした、その時だ。


 フォォォン……。


 クリアで美しい起動音が響き渡った。

 機神兵の単眼が再び灯る。

 だが、そこにあるのは先ほどの狂気じみた深紅ではない。

 理知的で、穏やかな蒼い光だった。


 機神兵はゆっくりと顔を上げ、眼前に立つ小さな人間――レンを見つめた。

 そして、軋みひとつない滑らかな動作で立ち上がると、その巨大な大剣を地面に突き立て、レンの前に恭しく跪いた。

 それは、騎士が主君に対して行う、最上級の礼節だった。


『システム、正常化……。個体名、アイギス・セブン……』


 ノイズの消えた、流暢な合成音声が脳裏に直接響く。


『貴方ガ、私ヲ直シテクレタノデスカ。新シイ、マスター』


 レンは火傷の痛みを堪えながら、機神兵の巨大な指先にそっと触れた。


「マスターじゃない。俺はレンだ。ただの通りすがりのスクラップ屋さ」


『否定シマス。貴方ノ魔力パターンヲ、最優先管理者トシテ登録シマシタ。私ノ剣ハ、貴方ノタメニ。私ノ盾ハ、貴方ノタメニ』


 機神兵――アイギスは、その巨大な頭を垂れた。


『命令ヲ、マスター・レン』


 その光景を見て、ガイウスとキリルは開いた口が塞がらなかった。

 あの凶悪な古代兵器が、まるで忠犬のようにレンに従っている。

 リアだけが、涙ぐみながら安堵の息を漏らしていた。


 レンはため息をつき、ボサボサになった髪を掻き上げた。

 まあいい。これだけの戦力だ、置いていくのは惜しい。


 レンはニヤリと笑い、新しい相棒に最初の命令を下した。


「なら付いてこい、アイギス。俺たちの船は少し狭いが、居心地は悪くないはずだ。……それに、お前のような骨董品が眠るには、この世界はまだ面白すぎるからな」


『了解、マスター』


 最強の機神兵が、リベルタ号のクルーに加わった瞬間だった。

 古代の墓場にて、死にかけていた鉄の魂は、Fランクの職人の手によって新たな命と使命を与えられたのだ。

 リベルタ号の戦力は、この日を境に、一国家の軍事力をすら凌駕する領域へと足を踏み入れた。


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