第3話:空から堕ちてきた
ズドォォォォォンッ!!
凄まじい轟音が、静寂な深淵を叩き割った。水柱が高く上がり、俺の作ったばかりの『馬車小屋』に冷たい飛沫が降り注ぐ。
「うわっ、なんだ!?」
俺は慌てて小屋から飛び出した。筏が激しく揺れている。バランスを崩しかけながら、俺は衝撃の中心地――増築したばかりのガラクタ置き場へと走った。
そこには、俺が苦労して集めた鉄クズの山に埋もれるようにして、一人の男が倒れていた。
「……人間、か?」
全身を覆う、黒ずんだフルプレートアーマー。あちこちがへこみ、亀裂が入っている。隙間から覗く肌は火傷と切り傷だらけで、流れ出る血が、下の鉄クズを赤黒く濡らしていた。ひどい鉄の臭いが、鼻をつく。
死んでいるのか? 俺は慎重に近づき、男の胸元に手をかざした。ヒュゥ……ヒュゥ……。浅いが、呼吸はある。
だが、それよりも俺の目を奪ったのは、彼の右手に握りしめられた剣だった。男が気絶してもなお離さないその剣は、禍々しい紫色の光を放っている。
「ステータス解析」
俺のゲーマーとしての本能が、生存確認よりも先に情報の取得を優先させた。
【個体名:ガイウス・ヴァン・ロード(瀕死)】 職業:王国騎士団長(元) 状態:出血(重)、呪い(極大)
【装備:魔剣グラム・オルタ】
ランク:S(呪) 効果:攻撃力+5000、所有者のHPを毎秒吸収する
「……ははっ、マジかよ」
俺は思わず口元を押さえた。 ガイウスだって? 王国の英雄にして、最強の騎士と謳われた男じゃないか。雲海に落ちる前、街の広場でパレードをする彼を遠くから見たことがある。あの時は輝くような銀の鎧を着ていたが、今は見る影もない。
「それに、あの剣……Sランクの魔剣かよ」
喉が鳴る。Sランク武器なんて、国家予算レベルの代物だ。 だが、今の俺が注目したのは攻撃力じゃない。その下にあるデメリット表記――『所有者のHPを毎秒吸収する』という部分だ。
俺の脳内で、パズルのピースがカチリとはまる音がした。
「なるほどな。この騎士様、今にも死にそうだが……死因の半分はこの剣の自傷ダメージか」
HP吸収の呪い。普通の人間なら、装備した数分後には干からびて死ぬ。だが、今のここは深淵だ。そして俺の筏には、ある特殊効果が付与されている。
「……おい、生きてるか? 騎士様」
俺は男の頬をペチペチと叩いた。反応がない。 放っておけば、あと数分で彼は魔剣に命を吸い尽くされて死ぬだろう。
見捨てるか? いや、もったいない。英雄クラスの人材に、Sランクの魔剣。こんな極上の素材が空から降ってきたんだ。みすみすロストさせる手はない。
「……返事なしか。なら、俺が勝手に決めるぞ」
俺は近くに転がっていた『深海クラゲの触手』を拾い上げた。粘着質で電気を通しやすい、天然のケーブルだ。 俺はそれを、ガイウスの鎧と、俺の筏の床板へと繋いだ。
「お前のその命、俺が『先行投資』させてもらう」
同意なんて求めている暇はない。 俺は意識のない彼に向かって呟くと、素早く作業に取り掛かった。
「死にたくなきゃ、俺の船にすがれ。……代償は、目が覚めてから払ってもらうからな」
やることは単純。 この魔剣の仕様を、俺の筏の回路で肩代わりさせるだけだ。
◇
「……う、ぐ……」
ガイウスが目を覚ましたのは、それから一時間ほど後のことだった。重い瞼を開けると、そこは見知らぬ木造の小屋の中だった。隙間風が入ってくる粗末な作りだが、不思議と寒くはない。
「気がついたか」
声の方を向くと、黒髪の少年が、焚き火で奇妙な肉を炙っているところだった。
「ここは……地獄、か?」
「半分正解で、半分外れだ。ここは雲海の底。まあ、普通の人間にとっては地獄かもな」
俺は焼けた肉を齧りながら答えた。脂がパチパチと爆ぜる音が、静かな小屋に響く。 ガイウスは跳ね起きた。記憶が蘇る。王の裏切り。押し付けられた呪いの魔剣。そして、雲海への投棄。
「私は……まだ生きて……!?」
自分の体を見下ろし、ガイウスは絶句した。傷が塞がっている。あれほどの重傷が、薄い瘡蓋程度になっている。そして何より――右手に癒着して離れなかった魔剣グラムが、静まり返っているのだ。
「なぜだ!? この剣は、私の命を啜り続けていたはず……!」
「ああ、それな」
俺は串を置き、面倒くさそうに指差した。ガイウスの右腕には、青白く光る細い蔦のようなものが巻き付いていた。その蔦は、床板の下へと伸びている。
「その剣の呪いは『所有者の生命力を吸う』ことだ。だから、お前の腕と俺の船を、魔力伝導率の高い深海蔦でバイパス接続した」
「……は?」
ガイウスは口を開けたまま固まった。言っている意味が理解できないようだ。
「つまり、剣が吸おうとしているエネルギーを、お前の命じゃなくて、このエリアに充満している『深淵の魔素』で肩代わりさせてるんだよ。配線のつなぎ変えみたいなもんだ」
俺は事もなげに言う。だが、それはガイウスの常識を根底から覆す言葉だった。魔剣の呪いをごまかす? そんなことが可能なのか? 大賢者ですら匙を投げたこの呪いを?
「お主……一体、何者なんだ?」
ガイウスの声が震えた。目の前にいる少年は、ただの薄汚れた遭難者ではない。この地獄のような深淵で、平然と肉を焼き、あまつさえ呪いすらも手玉に取る怪物だ。
俺はニッと笑った。焚き火の炎が、黒い瞳に映って揺れている。
「俺はレン。ただの船乗りさ。……ただし、乗ってる船はちょっとばかりバグが多いけどな」
そう言って、俺は足元の床をドンと踏み鳴らした。その瞬間、小屋の外で巨大な水音が響いた。筏が――いや、この『ゴミの島』が、巨大な生物のように唸りを上げている。
「さて、食事の続きだ。冷める前に食えよ、騎士様。働いてもらう分、栄養はつけてもらわないとな」
差し出された串焼き。ガイウスは震える手でそれを受け取り、一口齧った。
……温かい。
深海魚特有の泥臭さはあるが、塩味が効いていて、涙が出るほど美味かった。
ガイウスは無心で肉を貪り食った。忠誠心などという立派なものはまだない。
だが、この少年についていけば、腐りきったあの王国を見返せるかもしれない。
そんな予感が、彼の枯れた心に火を灯していた。




