第22話:空飛ぶ要塞のステルス迷彩
リベルタ号の医務室兼実験室となった区画には、不気味な青い光を放つ薬瓶が所狭しと並んでいた。
ベッドに横たわるリアは、数日前までの青白い顔色が嘘のように、穏やかな寝息を立てている。
その傍らで、ヴァイスは手際よく薬膳スープを煮込みながら、レンが持ち込んだ図面を睨みつけていた。
「なるほど。船全体に魔力伝導率の高い鱗を這わせているのか。実に悪趣味で、効率的な設計だ」
ヴァイスが皮肉げに笑う。
「褒め言葉として受け取っておく。それで、お前の薬とリアの魔眼を組み合わせて、この船を消すことは可能か?」
レンの問いに、ヴァイスはスープの味を確かめてから頷いた。
「理論上は可能だ。私が開発した魔素中和溶剤を煙幕として散布し、そこにリア君の魔眼で特定の波長を干渉させる。そうすれば、あらゆる探知魔法はリベルタ号をただの雲として認識するだろう」
これこそが、王都の厳重な防衛網を突破するための切り札、魔力迷彩の構想だった。
その時、ベッドの上のリアがゆっくりと目を覚ました。
「……ん……レン、さん?」
リアが半身を起こそうとして、ふらりとよろめく。
ヴァイスがすかさずその肩を抑え、熱いスープの入ったカップを押し付けた。
「寝ていろと言ったはずだ、患者。それを飲め。私の特製だ。味は保証しないが、魔力回路の修復には劇的な効果がある」
リアはおそるおそるスープを口に運んだ。
瞬間、彼女の瞳が大きく見開かれる。
「美味しい。……すごく、温かいです」
リアの言葉に、レンは少しだけ意外そうな顔をした。
毒医者の作る料理が、これまでのどんなスラム飯よりもまともだったからだ。
いや、まともなだけではない。一口飲むごとに、身体の奥から力が湧き上がってくる。
「お前、意外と料理の才能があるんじゃないか?」
「心外だな。私は成分を最適化しただけだ。美味いと感じるのは、お前の身体が栄養を渇望している証拠だよ、船長」
ヴァイスはそっけなく答え、再び作業に戻った。
リアは温かいカップを両手で包み込み、窓の外を見つめた。
そこには、決戦を控えて黙々とマストを補強するガイウスと、見張り台で目を光らせるキリルの姿がある。
一人は、呪われた自分を救ってくれた。
一人は、重い罪を背負いながらも、自分を守って戦ってくれる。
一人は、同じ底辺から這い上がってきた仲間。
そして一人は、冷徹ながらも自分の命を繋いでくれた。
孤独だった魔女の周囲には、いつの間にか、奇妙で不器用な家族が集まっていた。
「レンさん」
リアが静かに、だが意志の宿った声で呼びかけた。
黄金の瞳が、今はもう恐怖に揺れることなく、レンを真っ直ぐに見据えている。
「私、準備できています。……もう、逃げません」
レンはニヤリと笑い、彼女の頭に軽く手を置いた。
「ああ。あの老いぼれ共に、本物の魔女の恐ろしさを教えてやろう」
リベルタ号の周囲に、ヴァイスの調合した銀色の煙が広がり始める。
リアが意識を集中させると、船体は鏡のような輝きを帯び、次第に空の色へと溶け込んでいった。
姿を消した死神の要塞。
それは、絶望に燃える天空都市アイギスへと、静かに、しかし確実に狙いを定めた。




