第2話:ゴミの山か、宝の山か
寒さが、濡れた服を通して骨まで染みてくる。 『深淵』の空気はよどんでいて、どこか鉄錆のような味がした。
俺は、樹液で無理やり流木をくっつけただけの『拡張筏』の上に座り込んでいた。広さは畳二畳分ほど。波が来るたびに、ギシギシと頼りない音を立てる。
「……まずは、拠点の確保だ。このままじゃ凍え死ぬ」
俺は震える手で、再びステータス画面を操作する。確認したいのは、このバグまみれであるFランク『筏』の仕様の限界だ。
「さっきは『流木』をくっつけた。じゃあ、これはどうだ?」
俺が目をつけたのは、すぐ近くを漂っていた『半壊した木造馬車の荷台』だった。どこかの空島から落ちてきたのだろう。車輪は外れ、屋根も半分砕けているが、箱の形状は保っている。
俺は持っていたナイフを口にくわえ、冷たい雲海へ飛び込んだ。 バシャバシャと泳ぎ、馬車の残骸に取り付く。重い。水を含んだ木材は鉛のようだった。
「くっ、そ……重てぇ……!」
息が切れる。腕の筋肉が悲鳴を上げる。ゲームならボタン一つで回収できる素材も、現実では命がけの重労働だ。だが、俺の口元は笑っていた。だって、これは『俺だけの素材』だからだ。誰にも文句は言わせない。
なんとか筏の縁まで馬車を引きずり寄せる。そして、採取しておいた『粘着樹液』を、筏と馬車の接合面にたっぷりと塗りたくった。
「――ドッキング(接続)!」
俺はスキル名を叫び、全身全霊で馬車を押し付けた。通常の物理法則なら、波の力で引き剥がされるはずだ。 だが。
ジュワァッ……。
低い音と共に、樹液が光を帯びた。木材の繊維同士が、まるで生き物のように絡み合い、硬化していく。
《システム:『筏』と『破損した馬車』が結合しました》 《船体機能が拡張されました:【簡易船室】が使用可能です》
「ははっ……! 成功だ!」
俺は濡れた体のまま、馬車の中へと転がり込んだ。狭いし、カビ臭い。天井の隙間から隙間風も入ってくる。けれど、風を遮る壁がある。それだけで、体感温度が劇的に変わった。
「よし、次は検証だ」
一息ついた俺は、さらに思考を加速させる。ただ闇雲にくっつければいいわけじゃない。俺が知る『スカイ・フロンティア』の造船システムには、【形状ボーナス】という隠しパラメータがある。
「船体のバランスを左右対称に近づけることで、機動力が10%向上する……はずだ」
俺は筏の反対側に、同じくらいの重さの『浮遊石』を接着してみた。普通なら船が重くなって沈む。だが、Fランク船には『積載コスト上限』がない。コストは Null だ。重さのデメリットを無視して、素材のステータスだけが加算されていく。
《システム:船体バランスが最適化されました》
《ボーナス発動:機動力+10%》
《ボーナス発動:安定性+15%》
「やっぱりな。物理法則なんてクソ食らえだ。ここにあるのはデータだけだ」
俺は馬車の壁にもたれかかり、ニヤリと笑った。 周囲を見渡せば、無限に広がるガラクタの海。壊れた剣、家具、モンスターの骨、魔道具の残骸。王国の連中にとって、これらはただのゴミだろう。だが、コスト Null の俺にとっては、すべてが強化パーツだ。
「……忙しくなるぞ」
俺は、馬車の床に落ちていたボロボロの毛布を拾い上げる。これも乾かせば使えるはずだ。 追放された絶望感なんて、とっくに消えていた。今の俺にあるのは、新しいゲームを始めた直後の、あのどうしようもないワクワク感だけだった。




