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第19話:ノイズ・キャンセラー

 カン! カン! ジジジジッ……。


 スラムの片隅に停泊したリベルタ号の甲板で、青白い火花が散っていた。

 レンは、キリルが闇市から掠めてきたレンズ加工機と、魔導杖の残骸を組み合わせていた。


 目的は、リアの魔眼を兵器として運用するための外部演算ユニットの作成だ。

 今のままでは、彼女の目はただ周囲の魔力を乱すだけの壊れた拡声器でしかない。

 だが、その乱れた魔力波形をレンズで収束させ、特定の周波数として撃ち出せば、それはあらゆる魔法を無効化する不可視の刃となる。


「……よし、これで固定できるな」


 レンは、リアが座るコックピットのバイザー部分に、多層式のレンズを接着した。

 深淵結晶の粉末を練り込んだ特殊なガラスだ。


「リア、気分はどうだ」


 レンが問いかけると、コックピットの中でヘルメットを被ったリアが、緊張した面持ちで頷いた。

 彼女の黄金の瞳は、バイザー越しに鈍い光を放っている。


「……少し、頭が熱いです。でも、前より世界がはっきりと見えます」


「そりゃそうだ。お前の脳が処理しきれなかったノイズを、船の動力炉が肩代わりして整理してるからな。……いいかリア、お前の目は呪いなんかじゃない。俺が作ったこの船の、最強の照準器だ」


 レンの声は、確信に満ちていた。

 リアはその言葉を噛みしめるように目を閉じ、深く息を吐いた。


「おい、旦那! 空から変な鳥が飛んできたニャ!」


 監視台にいたキリルが、鋭い声を上げた。

 レンが空を見上げると、煤煙の向こう側から、巨大な翼を広げた灰色の影が数体、急降下してくるのが見えた。


 グリフォン。

 王宮魔導師団が偵察や奇襲に用いる、魔法生物の騎兵部隊だ。

 オズワルドが放った追手だろう。リアを回収するために、早くも動き出したらしい。


「ガイウス、甲板を頼む! 一匹も着艦させるな!」


「承知した!」


 ガイウスが魔剣を抜き放ち、紫色の魔力を立ち昇らせる。


「リア、実戦テストだ。あのグリフォンたちの魔力回路を視認しろ」


「……やってみます!」


 リアがバイザーの出力レバーを握りしめた。

 黄金の瞳が激しく明滅し、船全体が共鳴するように震え出す。


 リアの視界には、グリフォンたちの体内を流れる魔力の奔流が、血管のように浮き上がっていた。

 その流れの一部が、滞っている。


「……見えました。首の付け根にある、魔導具の受信部位。あそこを乱せば、墜ちます!」


「狙え! お前のノイズをあそこに叩き込め!」


 リアが狙いを定めた瞬間、リベルタ号のマスト先端に設置されたアンテナが、不可視の衝撃波を放った。


 キィィィィィィン!!


 空気が歪み、先頭のグリフォンが突然、糸が切れた人形のようにバランスを崩した。

 自慢の翼が硬直し、悲鳴を上げながら雲海へと真っ逆さまに落ちていく。


「ニャハッ! 一丁上がりニャ!」


 キリルが歓声を上げるが、残りのグリフォンたちが分散し、左右から回り込んできた。

 同時に、騎乗している魔導兵たちが、杖を構えて火球を放つ。


「来るぞ、衝撃に備えろ!」


 レンが叫ぶが、リアは動じなかった。

 彼女は迫りくる火球の数々を、ただ見つめる。


「魔法の構成……解読完了。打ち消します」


 リアが意識を集中させると、放たれた火球たちがリベルタ号に触れる直前で、パチンと霧散した。

 ジャミング。

 魔法を魔法として成立させるためのマナの結合を、リアの魔眼が強制的に解除したのだ。


「……嘘、でしょ」


 リア本人が、自分の成したことに絶句していた。

 今まで自分を苦しめ、周囲に迷惑をかけるだけだと思っていた呪いが、今は完璧な盾として機能している。


「ははっ、見たかよ! これがお前の本当の力だ!」


 レンが操舵輪を叩いて笑う。

 だが、その直後だった。


 ドォォォォォン!!


 予期せぬ方向からの衝撃。

 リベルタ号の船尾が大きく揺れ、黒煙が上がった。


「なっ……何事だニャ!?」


「レンさん、後方! 雲の中に、もう一隻います!」


 リアの魔眼が、霧の向こうに隠れていた巨大な影を捉えた。

 グリフォンはただの囮。

 本命は、魔導師団が誇る高速魔導艦だった。


 そこから放たれた第二射が、リベルタ号の側面を掠める。


「クソッ、待ち伏せか!」


 レンは歯を食いしばり、舵を大きく切った。

 訓練の時間は終わったらしい。

 魔女としての覚醒は、あまりに過酷な戦場から始まることになった。


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