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第18話:魔女への召集令状

 ジューッ、パチパチ。


 脂が爆ぜる音が、夜のスラムに響く。

 レンは、リベルタ号の甲板に設置した即席の鉄板の上で、肉厚な切り身を焼いていた。


 深淵鮫の切り身だ。

 味付けは、深淵の岩塩のみ。

 料理と呼ぶにはあまりに無骨な、ただの焼き肉である。



「……焼けたぞ。食え」



 レンがトングで肉を挟み、皿代わりの木の板に放り投げる。



「待ってましたニャアアアッ!」



 新入りのキリルが、残像が見えるほどの速度で飛びついた。

 フーフーと息を吹きかけ、熱々の肉にかぶりつく。



「んぐっ、んん~っ! 美味いニャ! やっぱり旦那の肉は最高だニャ!」



 口の周りを脂だらけにして、キリルが至福の表情を浮かべる。

 スラムの毒スープに比べれば、ただ焼いただけの肉でも御馳走なのだろう。



「……ふむ。悪くない」



 ガイウスもナイフで切り分け、一口食べて頷いた。

 素材が良い分、味は保証されている。だが、それだけだ。

 旨味を引き出すソースもなければ、付け合わせの野菜もない。ただタンパク質を摂取しているだけの作業。


 レンは自分の分の肉を噛み切りながら、眉をひそめた。

 ボチボチだ。不味くはないが、感動もない。これでは、明日への活力は生まれない。



 ザザッ……ザザザッ……。



 その時、甲板に置いていた即席の通信機が、不快なノイズを吐き出し始めた。

 レンがスラムのジャンクパーツで組み上げた、上層空域の情報を拾うためのアンテナだ。

 流れてきたのは、予想以上に鮮明で、そして不愉快な音声だった。



『……こちら、王宮魔導師団……筆頭、オズワルドである……』



 その名前が出た瞬間、肉を頬張っていたリアの背中が、ビクリと跳ねた。


 カラン、と乾いた音が響く。

 彼女の手から、食べかけの肉が板ごと滑り落ちていた。



『聞こえているか、忌み子リアよ。貴様の魔力波長を探知した』



 無機質で、傲慢な老人の声。

 それは、リアが何年も聞き続け、そして心を砕かれた師匠の声だった。


 リアの顔から血の気が引いていく。

 震える膝が自身の体重を支えきれず、その場に崩れ落ちる。



『現在、王都の防衛結界は深刻な魔力不足にある。……貴様のその呪われた眼、魔力を乱すだけの欠陥品を、再利用してやる慈悲を与えよう』



 通信機の向こうで、何かが崩れるような轟音が混じる。

 王都は相当追い詰められているようだ。だが、オズワルドの声色に焦りはない。あるのは、道具に対する苛立ちだけだ。



『直ちに帰還し、結界の生体中枢となれ。貴様の暴走する魔力をすべて吸い上げ、結界の燃料とする。……そうすれば、貴様の存在価値も少しは生まれるだろう』



「……あ……ぅ……」



 リアの喉から、空気の漏れるような音がした。

 呼吸が浅くなる。

 黄金の瞳が、極限の恐怖で見開かれている。


 生体中枢。

 それは、死ぬまで魔力を搾り取られ続ける、生きた部品になれという宣告だ。

 拒否権などない。彼らにとってリアは人間ではなく、廃棄処分になった失敗作の魔道具でしかないのだから。



「……行かなきゃ……」



 リアが掠れた声で呟く。

 焦点の合わない目で、ふらりと立ち上がる。



「私が戻れば……みんな助かる……。先生も、認めてくれるかも……」



 それは、洗脳に近い思考だった。

 長年否定され続けた精神は、自分を犠牲にすることでしか肯定感を得られないほどに摩耗している。


 リアがよろめきながら、タラップへ向かおうとする。

 まるで、見えない鎖に引かれているかのようだ。



 その細い肩を、ガシリと掴む手があった。



「どこへ行く気だ、航海士」



 レンだ。

 その声は低く、地獄の底のように冷え切っていた。



「レンさん……離してください。私が行かないと、国が……」



「あの老いぼれの話を聞いてなかったのか? あいつは言ったぞ。再利用だの燃料だのとな」



 レンは通信機のスイッチを乱暴に叩き切り、オズワルドの声を遮断した。

 不快なノイズが消え、スラムの風の音だけが残る。



「あいつらは無能だ。自分たちで維持できなくなった結界のツケを、お前に払わせようとしているだけだ。……そんな安っぽい特攻で、俺の船のクルーを辞めるつもりか?」



「でもっ! 私は呪われてるから! 役に立たないから!」



 リアが叫ぶ。

 瞳から大粒の涙が溢れ落ちる。



「ここにいたら、また迷惑をかけます……! レンさんの船も、私のせいで壊れちゃう……!」



 レンは深い溜息をついた。

 そして、リアの濡れた頬を両手で挟み、無理やり顔を上げさせた。



「リア。俺の目は節穴か?」



「え……?」



「俺はFランクだ。ゴミと宝の区別に関しては、王国のどんな鑑定士よりもうるさい自信がある」



 レンの黒い瞳が、リアの黄金の瞳を真っ直ぐに射抜く。

 そこには、同情も憐れみもない。あるのは、確固たる信頼と、職人のような熱量だけだ。



「俺は、お前を最高のレーダーだと言った。その評価は変わってない。……変わる必要があるのは、お前のその卑屈な自己評価だけだ」



「レン、さん……」



「証明してやる」



 レンはリアから手を離し、ガイウスとキリルに向かって指を鳴らした。



「ガイウス、出航準備だ。キリル、スラムで一番精密なレンズ加工機を盗んでこい」



「レンズ……ですかニャ?」



 キリルが首を傾げる。



「ああ。リアのその目を、ただ垂れ流すだけのスピーカーから、狙った敵を焼き切る指向性レーザーに改造してやる」



 レンはニヤリと笑った。

 その凶悪な笑みに、リアの涙が引っ込んだ。



「呪い? 上等だ。その呪いを極限まで研ぎ澄ませて、あの老害の自慢の魔法を、根こそぎスクラップにしてやる」



 レンの指先が、北の空――天空都市アイギスを指し示した。



「喧嘩を売られたんだ。買いに行くぞ。……ただし、代金は向こうの全財産だがな」



 リベルタ号のエンジンが唸りを上げる。

 恐怖に震えていた魔女は、まだ知らない。

 自分のその瞳が、やがて国を落とす最強の兵器へと変貌することを。


 Fランクの海賊団は、魔導師団という巨大な権力へ牙を剥く。


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