表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/33

第17話:Fランクの捕鼠り


 金属が擦れる微かな音。


 獣のような、独特の呼吸音。



 レンとガイウスは足音を殺し、船内通路を進んでいた。


 リアの報告通りなら、侵入者は第2デッキ――資材置き場にいる。そこには、先日スラムのゴロツキどもから巻き上げた鉄クズや、深淵で拾ったガラクタが山積みになっていた。



 盗むなら金目の物にしろよ。なんでゴミ捨て場を漁ってやがる。



 レンは内心で毒づきながら、通路の角からそっと中の様子を覗き込んだ。



 いた。


 月明かりが差し込む窓枠の上に、小さな影が蹲っている。


 身長は150センチほどか。ボロボロのフードを目深に被っているが、その隙間からピンと立った三角形の耳と、腰元で揺れるしなやかな尻尾が見えた。



 猫人族。


 亜人の中でもトップクラスの俊敏性を誇る種族だ。



 影は、レンが分類用にとっておいた深淵蟹の甲殻を、興味深そうに爪で突っついている。



「……硬いニャ。でも、これなら良い値がつきそう……」



 鈴を転がすような声で独り言を漏らす。


 レンはガイウスに目配せを送った。


 ガイウスが頷き、音もなく剣の柄に手をかける。



 3、2、1。



「動くな!」



 ガイウスが踏み込み、一気に距離を詰める。


 元騎士団長の踏み込みは、鎧の重さを感じさせないほど鋭い。普通の盗賊なら、反応する間もなく取り押さえられていたはずだ。



 だが。



「ニャッ!?」



 侵入者は、弾かれたように天井へと跳ねた。


 まるで重力がないかのような挙動。彼女はそのまま天井の梁に爪を立て、逆さまの状態で二人を見下ろした。



「危ないニャあ……。いきなり斬りかかってくるなんて、野蛮人かニャ?」



 フードがずり落ち、露わになったのは、褐色の肌に金色の瞳を持つ少女の顔だった。


 生意気そうな八重歯が覗いている。



「人の家で勝手に品定めしてる泥棒猫が、何言ってやがる」



 レンが冷たく言い放つと、少女はケラケラと笑った。



「泥棒じゃないニャ。私はキリル。ただの通りすがりのトレジャーハンターだニャ!」



「それを泥棒と言うんだ」



「うるさいニャ! ここはもう用済みだ、あばよ!」



 キリルと名乗った少女が、梁を蹴った。


 速い。


 視界から消えるほどの加速。彼女は開いていた天窓へ向かって、一直線に飛び出した。



「逃がすか!」



 ガイウスが剣を振るうが、空を切る。


 機動力が違いすぎる。重戦士のガイウスでは、あの猫には追いつけない。



 だが、レンは動かなかった。


 ただ、ニヤリと口の端を吊り上げ、指先でパチンと音を鳴らしただけだ。



 そこは、俺の腹の中だぞ。



 キリルが天窓を抜けようとした、その瞬間。



 バチンッ!!



 窓枠に塗られていた琥珀色の液体が、強烈な粘着性を発揮した。


 レンが補修用に使っていた粘着樹液だ。


 まだ乾いていないそれを、レンはわざと窓枠に残しておいたのだ。



「ニャアアアッ!?」



 悲鳴が上がる。


 キリルの手足が窓枠に張り付き、動けなくなる。


 焦って暴れれば暴れるほど、蜘蛛の巣にかかった蝶のように、樹液が全身に絡みついていく。



「な、なんニャこれ!? 取れないニャ!? ベタベタして気持ち悪いニャアアア!」



「強力な接着剤だ。深淵の波にも耐えるシロモノだぞ。水で洗ったくらいじゃ落ちない」



 レンはゆっくりと、窓枠でもがいている猫娘の下へと歩み寄った。



「くっ、放せ! この変態! ネバネバ男!」



「人聞きが悪いな。勝手に引っかかったのはお前だろ」



 レンは彼女の目の前で立ち止まり、その顔を覗き込んだ。


 近くで見ると、痩せているのがわかる。頬はこけ、腕も細い。


 スラムの過酷な生活が滲み出ていた。



「……目的はなんだ。金か? それとも食い物か?」



「ふん! 誰が教えるかニャ!」



 キリルは威勢よく睨み返してくる。


 だが、その言葉とは裏腹に、彼女の腹の虫がグゥゥゥゥと盛大に鳴り響いた。



 沈黙が落ちる。


 キリルの顔が、褐色肌でもわかるほど真っ赤に染まった。



「……腹、減ってんのか」



「う、うるさいニャ! 武士は食わねど高楊枝だニャ!」



「武士ってなんだよ」



 レンは呆れてため息をついた。


 どうやらこのこそ泥、思った以上にポンコツらしい。



 だが、その機動力は本物だ。


 ガイウスですら反応できない速度。そして、垂直な壁や天井を足場にする身軽さ。


 もしこいつが味方になれば、今のリベルタ号に足りない手足になる。



 レンはポケットから、非常食として持っていた干し肉を取り出した。


 深淵鮫の肉を燻製にしたものだ。見た目は悪いが、栄養価と味は保証する。



 ヒクヒク。


 キリルの鼻が動いた。


 金色の瞳が、干し肉に釘付けになる。



「……なんだニャ、それ。すっごく良い匂いがするニャ……」



「食うか?」



 レンが目の前で振ってみせると、彼女の目が猫のように細まった。


 唾を飲み込む音が聞こえる。



「……毒入りじゃないだろうニャ?」



「さっきのスラムのスープよりはマシだろ」



 レンは干し肉をちぎり、彼女の口元へ差し出した。


 キリルは一瞬躊躇したが、空腹には勝てなかったらしい。


 ガブッ、とレンの指ごと食いついた。



「んむッ……!?」



 咀嚼する。


 その瞬間、彼女の瞳が見開かれた。



「んまーーーいッ!!」



 キリルが叫んだ。



「ニャんだこれ!? 脂が甘いニャ! 噛めば噛むほど味が染み出してくるニャ!」



「深淵産の高級食材だ。そこらへんのドブネズミとはわけが違う」



 レンは樹液を溶かすための中和液を布に染み込ませ、彼女の手足を拭いてやった。


 拘束が解ける。


 だがキリルは逃げようとせず、レンの手にある残りの干し肉を物欲しそうに見つめていた。



 落ちたな。



 レンはニヤリと笑い、干し肉を高く掲げた。



「もっと食いたいか?」



「く、食いたいニャ! よこすニャ!」



「なら、働け」



 レンは冷徹な雇用主の顔で告げた。



「俺の船には、ただ飯食らいを置く余裕はない。この肉が食いたきゃ、その自慢の足で俺の役に立て」



 キリルは一瞬、迷うように視線を泳がせた。


 自由を愛する野良猫としてのプライド。


 だが、目の前の極上の肉と、この奇妙な船の居心地の良さが、彼女の本能を揺さぶっていた。



「……わかったニャ」



 キリルはふてくされたように、しかし力強く頷いた。



「契約成立だニャ。でも勘違いするなよ、私は雇われだニャ。嫌になったらすぐに逃げ出すからニャ!」



「構わん。逃げられるもんならな」



 レンは残りの肉を彼女に放り投げた。


 キリルはそれを空中で華麗にキャッチし、大事そうに抱え込んだ。



 こうして、リベルタ号に新しい手足が加わった。


 ただし、今のところは餌付けされた野良猫に過ぎない。


 彼女が本当の仲間になるには、まだ少し時間がかかりそうだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ