第15話:ゴミ屑たちの『価値基準(レート)』
錆びついた鉄の臭い。
焦げた油と、安酒の混ざった饐えた臭気。
それが、下層空域『スラム・ベルト』の空気だった。
ドウン……ドウン……プシューッ。
リベルタ号は、廃棄された鉄塔が林立する『第3番浮遊島』の末端、崩れかけた桟橋へと巨体を横付けした。
着陸脚代わりの巨大な流木が、ギシギシと地面を噛む。
「……酷い場所だな」
タラップ(倒しただけの木の板だ)を降りたガイウスが、眉間に深い皺を刻んだ。
無理もない。
目の前に広がるのは、トタンと廃材で違法建築された家々の山。
道端には痩せこけた犬が寝そべり、通り過ぎる住人たちの目は例外なく濁っている。
だが、俺は深く息を吸い込み、ニヤリと笑った。
「そうか? 俺には『宝の山』に見えるがな」
俺の視界には、無数の情報が踊っていた。
捨てられた歯車、折れたパイプ、謎の魔導ジャンク。
ここには、深淵とはまた違った種類の「素材」が無限に転がっている。
「それに、ここなら王国の追手もそう簡単には入ってこれない。潜伏するには最高の場所だ」
「レンさん、あそこ……人が集まってきます」
リアが俺の袖を引く。
彼女が指差した先、路地の陰から、薄汚れた革鎧を着た男たちがゾロゾロと姿を現していた。
手には鉄パイプや、刃のこぼれたナイフが握られている。
歓迎委員会のお出ましだ。
「おいおい、見ねえ顔だなあ」
先頭に立つ、一際ガタイのいい男が下卑た笑いを浮かべて近づいてきた。
禿げ上がった頭に、入れ墨だらけの腕。典型的なゴロツキだ。
「ここは『鉄錆会』のシマだ。勝手にゴミ船を停めてもらっちゃ困るなあ?」
男がリベルタ号の船体をコンコンと鉄パイプで叩く。
「なんだこりゃ? 流木に、カビた板切れ……ハッ、本当のゴミじゃねえか! よくこんなガラクタで空を飛べたもんだ」
ドッと下品な笑い声が上がる。
ガイウスがピクリと反応し、剣の柄に手をかけた。
殺気だけで周囲の温度が下がる。
「……レン殿。掃除するか?」
「待て。無駄な体力を使うな」
俺は片手でガイウスを制し、ゴロツキの前に進み出た。
「停泊料なら払う。いくらだ?」
「あぁ? ……そうだなあ」
男は俺たちの身なり――ボロボロの服と、ツギハギの船――を値踏みするように舐め回し、鼻を鳴らした。
「金貨10枚だ」
周囲がざわつく。
法外だ。この辺りの相場なら、銅貨数枚がいいところだろう。
明らかに、カモから毟り取れるだけ毟り取るつもりだ。
「……金貨、か」
俺はポケットを探った。
残念ながら、通貨の持ち合わせはない。深淵にはATMなんてなかったからな。
「悪いが、現生は持ってないんだ」
「ああん? なら身ぐるみ置いて失せろ! その姉ちゃんは置いてってもいいぞ!」
男が俺の胸倉を掴もうと手を伸ばす。
その指先が俺の服に触れる寸前。
「現物支給で頼む」
俺はポケットに入っていた『小石』を、男の掌にチャリと落とした。
「……は?」
男が固まる。
手の中にあるのは、小指の先ほどの、黒ずんだ欠片だ。
「お前、舐めてんのか!? こんな石ころで……!」
男が激昂し、石を投げ捨てようとした時だ。
雲間から差し込んだ太陽の光が、その『石』を照らした。
キラリ。
黒ずんで見えた表面が、光を受けた瞬間、深遠な蒼色の輝きを放った。
「……あ?」
男の動きが止まる。
ただのガラス玉ではない。
その輝きの中に、まるで星空を閉じ込めたような複雑な魔力の紋様が浮かび上がっている。
背後にいた、鑑定スキル持ちらしき細身の男が、目玉が飛び出るほどの勢いで駆け寄ってきた。
「ア、アニキ! そ、それっ……!」
「あぁ? なんだよ」
「『深淵結晶』だ!! しかも純度SS!? ま、魔力含有量が測定不能になってやがる!!」
「は、はあ!?」
その場にいた全員の呼吸が止まった。
深淵結晶。
最下層の深淵でのみ生成される、魔力の超高密度結晶体。
通常は米粒ほどの大きさでも、家が一軒建つほどの値がつく。
それが、飴玉サイズ。
「こ、これ一個で……城が買えるぞ……?」
鑑定役の男が、腰を抜かして震えだした。
ゴロツキのアニキの手が、ガクガクと痙攣し始める。
投げ捨てようとした石が、急に灼熱の爆弾に見えてきたらしい。
「あ、あの……これは……?」
「ただの燃料の燃えカスだ。動力炉の掃除をした時に出てきたゴミだよ」
俺は欠伸を噛み殺しながら言った。
「足りないか? なら、もう何個かあるが」
俺がジャラジャラとポケットから同じような石を掴み出すと、ゴロツキたちは「ひぃっ!?」と悲鳴を上げて後ずさった。
国宝級の宝石を、砂利のように扱う少年。
その異常性が、ようやく彼らの脳髄に浸透したのだ。
こいつらは、ただの貧乏人じゃない。
とんでもない『怪物』だ。
「た、た、足りますぅぅぅっ!!」
男は地面に額を擦り付ける勢いで土下座した。
「へ、へい! 最高級の停泊スペースを用意しやす! 誰にも指一本触れさせません! で、ですからどうか……!」
「わかればいい」
俺は残りの結晶をポケットに戻し、ガイウスとリアに向かって顎をしゃくった。
「行くぞ。久しぶりの街だ。飯でも食いに行こうぜ」
「……船長。お主、性格が悪いな」
ガイウスが呆れたように笑い、リアは「すごい……レンさんのゴミは、宝物なんですね……」と妙な感心の仕方をしていた。
俺たちが歩き出すと、スラムの住人たちがモーゼの海割れのように道を開けた。
その視線は、もはや獲物を見る目ではない。
理解不能な上位存在に対する、畏怖と恐怖の眼差しだった。
リベルタ号が落とした影が、スラムの街を覆っていく。
Fランクの『筏』は、今やこの空域で最も価値のある、空飛ぶ宝物庫となっていた。
俺たちの快進撃は、ここから加速する。
世界が俺たちにひれ伏すまで、あと少しだ。
「おい、見てくれたか?
Fランク? ゴミ拾い? 言わせておけばいい。
俺はこれから、世界中が『無価値』だと捨てたものを拾い集めて、最強の船を造り上げる。
エリート気取りの連中が、俺たちの排気ガスにむせ返るのを見るのが楽しみだ」
「……だが、巨大な船を動かすには『燃料』が必要だ。
あんたの応援が、俺の船のエンジンの出力になる。
このふざけた世界をひっくり返す旅、一緒に来てくれるよな?」
改めてお読み頂きありがとうございます。
ここから、捨てられた男による、痛快な「ざまぁ」と「成り上がり」の航海が始まります。
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「エリートを見返す展開に期待!」
「リベルタ号に乗ってやってもいいぞ!」
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