第13話:Fランクの筏に、自由という名の翼を
巨大な海蛇の死骸から回収した『古代の浮遊機関』は、まるで生きているかのように脈動していた。
俺はそれを両手で抱え、慎重に筏の中央へと運んだ。
重い。
物理的な重さだけじゃない。この結晶には、かつて天空都市を空に浮かべていたほどの膨大な魔力が圧縮されている。
「レン殿、手伝おう」
ガイウスが手を貸してくれた。
俺たちは機関を、動力炉の直上に設置した台座へと据え付けた。
ここからが本番だ。
ただ置いただけでは動かない。この高度な古代文明の遺物を、木とガラクタでできた俺たちの筏に接続しなければならない。
「リア、配線の準備はいいか?」
「はい。深淵の守護者から剥ぎ取った『導電鱗』を加工して、船全体に這わせました。これなら、機関の魔力を船の隅々まで流せます」
リアが指差した先には、海蛇の青黒い鱗が、まるで血管のように床板や壁を覆っていた。
鉄よりも硬く、電気を通す最高の素材だ。
俺は工具を手に取り、機関の接続端子と、動力炉の出力ケーブルを繋いだ。
「融合開始」
俺はスキルを発動させ、粘着樹液と魔力で強引に回路を焼き付けた。
バチッ、バチチッ……!
激しい火花が散る。
機関が抵抗するように唸りを上げる。
異質なテクノロジー同士の拒絶反応だ。
「暴れるなよ。お前の新しいボディはここだ」
俺はさらに魔力を注ぎ込み、ねじ伏せるように固定した。
Fランクの特性である『コスト無視』がここで火を噴く。
本来なら重量過多で船底が抜けるような超重量級のエンジンも、この筏の上ではただの『素材』の一つとして処理される。
カ……ッ。
機関の脈動が安定し、淡い青色の光が船全体へと広がっていった。
鱗の配線を通り、マストへ、船底へ、そして船尾のスクリューへと力が満ちていく。
次の瞬間。
フワリ……。
足元の感覚が浮いた。
波の音が遠ざかる。
「……浮いた?」
ガイウスが目を見開き、船縁から外を覗き込んだ。
海水が滴り落ちている。
俺たちの筏は、海面から数メートルほどの高さに静止していた。
波に揺られることのない、完全なる浮遊。
「成功だ」
俺は額の汗を拭い、深く息を吐いた。
これで俺たちは、重力の鎖を断ち切った。
もはや海流に流されるだけの漂流者ではない。
空を、自由に飛べるようになったのだ。
「すごい……本当に、空を……」
リアが空を見上げている。
その瞳には、遥か頭上に広がる分厚い雲海が映っていた。
あそこを抜ければ、太陽のある世界だ。
「さて」
俺は操舵輪の前に立ち、二人の顔を見回した。
「こいつはもう、ただの筏じゃない。深淵の素材を食らい、古代の心臓を手に入れた、最強の船だ」
俺は愛着を込めて、足元の床板を踏み鳴らした。
ツギハギだらけで、不格好な船。
だが、俺たちを地獄から守り抜き、ここまで連れてきてくれた最高の相棒。
「名前をつけよう」
「名前、ですか?」
リアが小首を傾げる。
「ああ。海図にも載っていない、どこの国にも属さない、俺たちだけの船だ」
俺の中で、名前はもう決まっていた。
この空で最も自由で、誰にも縛られない存在。
「『リベルタ』だ」
リベルタ。
古代語で『自由』を意味する言葉。
「空飛ぶ要塞、リベルタ……」
ガイウスが噛み締めるように呟いた。
「いい名だ。国を追われ、地位を捨てた我らに相応しい」
「はい! とっても素敵です!」
リアが花が咲いたような笑顔を見せた。
俺はニヤリと笑い、新しい『飛行用スロットル』に手をかけた。
水車を改造したスクリューが、今度は空気を掻くプロペラへと変形する。
「よし、野郎ども。リベルタ号の初フライトだ」
俺はスロットルをゆっくりと押し込んだ。
「目指すは雲の上。俺たちを捨てた連中が住む、あの空だ」
ドゥン、ドゥン、ドゥン……!
浮遊機関と動力炉が共鳴し、重低音が空気を震わせる。
リベルタ号がゆっくりと、しかし力強く上昇を始めた。
眼下に広がるのは、俺たちが這いずり回った深淵の闇。
そして見上げる先には、未知なる光の世界。
Fランクの逆襲が、ここから始まる。




