1話
自分が読んでみたいジャンルで初めて書いてます。
「――追放だ。消えろ、Fランク」
その宣告は、意外なほど事務的だった。 衛兵の鉄の手甲が、二の腕に食い込む。骨がきしむ音と、自分の心臓の早鐘だけが、やけにクリアに聞こえる。
「ちょ、離せよ! 俺はまだ……!」
抵抗しようとした足が、石畳の上を無様に滑る。 視界の端で、白い紙切れがヒラヒラと舞い落ちていくのが見えた。婚約破棄の書類だ。元婚約者のリサは、こちらを見ようともしない。ただ、隣にいる嫌味な貴族・バリスの袖を掴み、汚いものを見るように鼻にハンカチを当てている。
(ああ、そうか。俺はゴミ(エラー)として処理されるのか)
その事実が、言葉よりも鋭く胸を抉った。 ここは天空都市アイギス。俺の目の前に浮かんでいるのは、数本の丸太を蔦で縛っただけのボロ船――Fランクの『筏』。魂の形を具現化する儀式で、俺が出力したのはこれだった。
場所は都市の端、処刑台と呼ばれる断崖絶壁。 衛兵が俺の体を廃棄物のように担ぎ上げ、虚空へと放り投げた。
「あ――」
浮遊感。 直後、全身をハンマーで叩かれたような暴風。 遠ざかる都市の喧騒が、風の音にかき消されていく。
俺は落ちていく。 眼下に広がる、鉛色の雲海へ向かって。
◇
ドッパァァァァァン!!
冷たい衝撃が全身を貫いた。 鼻と口に水が入り込み、強烈な腐臭が喉を焼く。カビと、錆びた鉄を煮詰めたような、最悪の匂い。これが『死の雲海』の空気か。
「げほっ、ごほっ……! はぁ、はぁ……」
必死に水をかき、近くに浮いていた『筏』によじ登る。 濡れた服が肌に張り付いて重い。指先がかじかんで、うまく力が入らない。丸太の表面はヌルヌルしていて、今にも滑り落ちそうだった。
「……生き、てる……」
仰向けに倒れ込み、曇った空を見上げる。 静かだ。風の音と、筏が軋む音しか聞こえない。絶望してもおかしくない状況だ。なのに、不思議と頭の芯だけが冷えていた。心臓のドラムが落ち着きを取り戻し、代わりに前世の記憶――ゲーマーとしての思考回路が、カチリと音を立てて起動した。
「……スペックを確認するぞ」
震える指で空をなぞり、ステータス画面を呼び出す。青白い光が、薄暗い雲海を照らした。
【船名:なし】 クラス:F(筏) 耐久値:50/50 装備スロット:なし
簡素すぎる表示。だが、俺の目はある一点を探して、血走ったように文字を追った。
「ない……。どこにも、ない」
俺はゴクリと唾を飲み込む。
「やっぱり、書いてない。『コスト』の欄が、どこにもないぞ」
通常、船には『装備コスト』がある。重い大砲を積めば、それだけコストを食う。限界を超えれば船は沈む。それがこの世界の物理法則だ。 だが、このFランクのゴミには、そもそも『コスト』というパラメータ自体が設定されていない。
0(ゼロ)じゃない。 該当なし(Null)だ。
「……試してみるか」
俺は這いつくばり、雲海に漂っていた太い流木を引き寄せた。 表面は水苔で緑色に変色し、腐ったような酸っぱい臭いがする。触りたくもないが、贅沢は言っていられない。筏の隙間に生えていた『粘着樹』の幹をナイフで傷つける。ドロリとした、琥珀色の樹液が垂れてきた。
指ですくう。糸を引き、指紋の溝に入り込んでくる不快な感触。
「うわ、ベタベタする……。これ、一生取れないやつだろ」
俺は顔をしかめながら、樹液を流木に塗りたくり、筏の縁に強引に押し付けた。ロープなんて上等なものはない。ただ、樹液でくっつけただけ。物理的に考えれば、波が来れば一発で剥がれるはずだ。
数秒待つ。 波が筏を揺らす。
「……外れない」
ガッチリと、まるで最初から一つのオブジェクトだったかのように同化している。 俺は慌ててステータス画面を再確認した。
《耐久値:55/55》
「ははっ……マジかよ」
乾いた笑いが漏れた。 バグだ。完全に、判定が死んでる。装備スロットがないから、システムが『装備』として認識できず、強制的に『船体の一部』として処理してやがる。
俺は周囲を見渡した。 ここは『深淵』と呼ばれるゴミ捨て場。上空から捨てられた壊れた家具、錆びた剣、正体不明の骨。ありとあらゆるガラクタが、波間にプカプカと浮いている。普通の人間には、ただの不気味なゴミの海に見えるだろう。カビ臭くて、暗くて、冷たい地獄だ。
だが、今の俺には――ここが『宝の山』に見えた。
「全部、俺の素材だ」
指についた樹液をズボンで拭いながら、俺はニヤリと笑った。 お前らが捨てたこのゴミで、空のテッペンまで登り詰めてやる。




