21. アイドルの元気の源はファンの声
サザンクロス・フェスティバルは、目玉ゲストである聖女マリアンヌたち『ホーリー・エンジェルス』のステージをもって大盛況のうちに幕を閉じた。
フィナーレの花火が夜空を彩り、観客たちが名残惜しそうに家路につき始める頃。ステージ裏の機材搬出口付近では、熱戦を繰り広げた当事者たちが顔を合わせていた。
「いやー、完敗完敗! 今日の勝利は素直に譲ってあげるよ、本家さん」
開口一番、そう言ったのはエリオだった。
彼は汗をタオルで拭きながら笑っている。負けた悔しさはあるはずだが、その表情は以前のような張り付けた笑顔ではなかった。
「強がりを言うな。貴様の足、まだ震えているぞ」
「うるさいな~。全力を出し切った勲章だっての」
魔王の指摘に、エリオは悪態をつきつつも自身の太腿をパンと叩く。
限界まで肉体を酷使し、魂を削ってパフォーマンスをした証拠だ。
「でもまぁ、楽しかったよ。久しぶりに『生きてる』って感じがした」
ヴァルガンは呆れたように鼻を鳴らしたが、その目には敵意はない。あるのは、同じ戦場を駆けた戦友に向けるような静かな敬意の色だった。
「エリオくん……」
そこへ、数人の女性たちが恐る恐る近づいてきた。
彼女たちはフェスの間、最前列でエリオを応援し続けていた熱心なファンたちだ。手にはマッスルプリンスのグッズや、差し入れの袋が握られている。
「お疲れ様でした! あの……ステージ、すっごく良かったです!」
「感動して、泣いちゃいました……!」
以前のエリオなら、即座に営業スマイルで「ありがとう、プレゼントはあっちに置いておいてね~」と事務的に処理していただろう。金にならない感傷など不要だと思っていたからだ。
だが、今の彼は違った。
「ありがとね、子猫ちゃんたち」
エリオはファンたちに向き直り、ふわりと微笑んだ。
計算された角度でも媚びた表情でもない。自然と溢れ出た、心からの感謝の笑顔。
「みんなの応援があったから、オレちゃん最後まで立っていられたよ。……マジで感謝してる」
彼は自然な動作で、来てくれたファンの手を一人ずつ両手で包み込んだ。
その接触に、以前のような金を巻き上げるための作業感はない。
「また会いに来てね、次はもっといい夢見せるからさ。約束!」
「……! はいっ、絶対来ます!」
「これからも応援します!」
ファンたちは感極まって涙ぐみ、何度も頷いて去っていった。
「……ファンへの接し方も変わったな」
その様子を少し離れた場所から見ていたタケルが、感慨深そうに呟く。
「よかった、あいつが変わるきっかけになって」
「感心してばかりではいられませんよ、タケルさん」
セレイナが魔導端末を操作しながら声をかけてきた。
イベントで勝ったというのに、どこか悩んでいるような様子だ。
「今回のフェス、驚くべき分析結果が出ました。フェス全体の動員数、および会場の拍手判定ではRE:Genesisの勝利。ですが、グッズ売上などで発生した利益はダントツでエリオさんがトップです」
「えっ、マジですか!?」
タケルは目を丸くした。
セレイナの端末に表示されている円グラフは、エリオだけがとんでもない割合になっている。あのホーリー・エンジェルスの倍近い大きさだ。
「エリオさんのファン層は、非常に熱量が高い。つまり『太客』が多いんです。彼を支えようとする購買意欲が凄まじいですね」
「なるほど……。会場で広くウケた俺たちに対して、狭く深く刺さったのがエリオなんですね」
「ちっ、金儲けの才能は認めざるを得ねぇな」
悔しそうにガルドは舌打ちするが、その顔は笑っている。エリオが自分自身の力で立ち上がったステージを見て、印象が変わったようだ。
タケルは自分の端末を取り出し、『ルミナ地下掲示板』にアクセスした。
フェスの感想スレは、勢いよく伸び続けている。
【感想】サザンクロス・フェスティバル、対決ステージ
15:名無しの魔導師
現地に居たが、会場の熱が異常だった。
RE:Genesisのアピールも凄まじかったが、マッスルプリンスの覚醒も脅威。
途中までは変な奴と認識していたんだが、
後半の歌声とダンスのキレが完全に別物だった。
16:名無しの魔導師
同意だ。ただの色物枠と侮っていたが、基礎能力が段違いだ。
あの発声と身のこなし、訓練されたプロのそれだろう。
噂の「元天才子役」という経歴は伊達じゃなかったということか。
17:名無しの魔導師
ホーリー・エンジェルスのような清廉潔白さも美しいが、
ああいった生存本能全開のスタイルも悪くない。
なりふり構わない執念に、不覚にも魂が共鳴した。
18:名無しの魔導師
>>17
綺麗さだけが魅力になるのではない。
光と闇、清濁併せ呑む姿もアイドルなのかもしれん。
「話題になってる……! しかも好意的な意見が多い!」
掲示板の反応を見てタケルは確信した。
エリオのスタイルは正統派ではないかもしれない。だが、確実に誰かの心を打ち、新たなアイドルの形として受け入れられ始めている。
「はー、また手強いライバルが出ちゃったな」
「フン。望むところだ。それに、貴様も嬉しそうではないか」
「……まあな」
*
「さて、と……」
ファンたちとの交流を終えたエリオはふと、視線を遠くに投げた。
そこには、誰かと通話しながら怒鳴っているリカルドがいた。
「これだとネタがない!? なんとかしろ! チッ、あいつめ。勝手なことを……! 負けた上に撮れ高もないとはふざけやがって!」
相変わらずの剣幕で、誰かに向かって当たり散らしている。
エリオはその姿を冷ややかな目で見つめながら、小さい声で呟いた。
「……そろそろ『精算』の時間かな」
その目に宿っていたのは、先ほどファンに見せた温かな光ではない。
獲物の喉笛を狙う獣のような、したたかで鋭い瞳。
「おーい、エリオ。そろそろ打ち上げ行くらしいぞ。何やってんだー?」
「ん? なーんでもないよ!」
タケルに声をかけられ、エリオは瞬時にいつもの軽い調子に戻った。
「観光協会の予算で奢ってくれるんでしょ? いやー、オレちゃん楽しみ☆」
「ええ、もちろんですっ! 美味しい料理をたっぷり揃えてますよ!」
ノノに案内され、一行は夜の街へと繰り出す。
敵も味方も関係ない。今日という日を全力で駆け抜けた者同士の、ささやかな宴が始まろうとしていた。




