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20. そこに立つのは、最高の二流アイドル

 涙を乱暴に拭い去ったエリオは、憑き物が落ちたような顔で笑う。

 てへ! という表情をしながら、客席に向かって話しかける。


「みんな、ごめーん! 流す曲間違えちゃってさ。無理やり続けたけど、練習してなくて思いっきりミスっちゃったー!」

「「「ええーっ!?」」」

「今すぐ音源変えてくるから、ちょっと待っててー! あ、場の繋ぎはRE:Genesisさんよろしく☆」

「フン、よかろう。ならば、サザンクロス島の美味かった店を語るとするか」


 ヴァルガンの返事に、ドッと笑いが起きる。

 そのままエリオはノノの元へ向かい、マイクを通さず声をかける。


「ごめーん、スタッフちゃん! ちょっとお願いがあるんだけどさ」

「えっ、はい! なんでしょうエリオさん?」

「オレちゃんが持ち込んだ予備の音源あるっしょ? 『No.4』ってやつ。あれ、流して」

「今、確認します。……はい、大丈夫です! でも、あの、事務所さんのチェックは……」

「いいから。責任は全部オレちゃんが取る。……頼むよ、この空気を変えるには『あれ』しかないんだ」


 エリオの瞳は真剣そのものだった。

 ノノは他のスタッフと目を合わせ──そして、力強く頷いた。


「……わかりました! 任せてくださいっ!」


 ノノは音響ブースへ合図を送ると、マイクに向かって叫んだ。


「みなさん、お待たせしましたっ! 準備ができたので、気を取り直して本当の勝負曲を披露していただきましょう! エリオさん、準備はいいですかー!?」

「オッケー! サンキュー、ノノちゃん!」


 エリオはステージ中央に戻り、客席に向かって手を振りながら笑顔を振りまく。


「はいはーい、場繋ぎありがとー♪ んじゃ、歌うのでご退場くださーい☆」

「む、まだ話足りんのだが。まあよい、次のネタに取っておいてやる」


 ヴァルガンは若干不服そうにステージを降りる。

 それからエリオは、ノノに視線を向けて頷いた。ステージの光が落ちて、暗くなっていく。彼の立ち姿には先ほどまでの卑屈さは微塵もない。背筋が伸び、指先まで神経が行き届いている。


(まさか、この曲を歌う日が来るなんてな)


 それは、かつて劇団を追い出された後に作った一曲。

 いつか芸能の道でこんなふうになりたいという、憧れと願いを込めたもの。その時に描いた理想からは遠ざかってしまったかもしれない。だけど。


(最前席のみんなにオレの底力、見せてあげるよ)


 エリオが指を鳴らすと、イントロが流れ始めた。

 ヴァルガンをパクっていた曲とは全く違う、どこか優しく柔らかなメロディ。ピアノとストリングスが徐々に折り重なり、リズムセクションが入ってくる。


「♪見つけ出して 僕の手に宿る、たった一つの宝石ジュエル


 出てきた歌声は予想外のもの。

 これまでのステージで披露した、わざと潰していた喉声ではない。かつてのボーイソプラノを彷彿とさせるような透き通る音色。

 観客席のレオンがヒュウと口笛を吹く。音楽家の彼から見ても、今のエリオは素晴らしい楽器として曲に混ざり合っている。


「♪曇った輝き どうすればいい? 持っていた魔法は こぼれ落ちていった」


 エリオがステップを踏み始める。

 その初動を見た瞬間、舞台袖にいたタケルは息を呑んだ。


「速い……!」


 これまでとキレが違う。エリオは水を得た魚のようにステージを舞った。

 ターンの軸はブレず、手足の先まで計算された美しさ。かつて天才子役として徹底的に叩き込まれた、バレエダンスの基礎に裏打ちされた技術。

 だが、それだけではない。美しい動きの中に、今の彼が武器にしている艶めかしさと力強さが融合している。


「♪でも、物語は終わらない だから今日も明日も、探すんだずっと」


 華麗な足さばきに合わせて、観客に向けて自然と肉体美をアピール。腰をグラインドさせながら挑発的な視線をファンたちに送る。

 下品になりがちな動きが、確かな技術のおかげで「セクシーなアート」へと昇華されていた。


「すげぇ……! カッコよさとエロさが、完全に融合してる!」


 タケルは思わず唸った。

 正統派の技術と、邪道の愛嬌。相反する二つの要素を、「エリオ」というフィルターを通して完璧に混ぜ合わせている。


「♪考えて、迷って、苦しんで その先の世界に、君を連れていきたい」


 過去を、これまでの痛みを否定するのではない。

 天使の歌声を失ったことも、エロ売りをしたことも、そして今ここに立つ自分も。嘘も演出もすべて重ねて、何層にも光り輝くたった一つの結晶。


「♪きっと見せられるから 僕の手で光る、新しい宝石ジュエル


 サビを歌い上げたエリオはステージの端まで走り、そのまま客席へと飛び込んだ。


「「「キャアアアアーッ!?」」」


 悲鳴に近い歓声が上がる。

 エリオはもみくちゃになりながら、ファンの手を取る。

 金を巻き上げるためじゃない。媚びるためでもない。ただ、自分を信じて名前を呼んでくれた彼女たちに、感謝を伝えるために。


「愛してるぜ、お前ら!」


 至近距離でのウィンク。汗だくの笑顔。

 作り物めいた営業スマイルではなく、心からの喜びにあふれていた。


「エリオくん! エリオくーん!」

「カッコいい! 素敵ーッ!」

「最高ー!!」


 会場は先ほどのRE:Genesisの時とは違う、黄色い歓声と熱狂的なコールに満ちていた。そこにはもう、さっきまでの嘲笑も落ち目アイドルへの同情もない。ただ一人のスター、エリオに魅了されたファンたちの姿があった。


 曲がクライマックスを迎える。エリオはステージに戻り、最後の力を振り絞って激しく踊り続ける。汗が飛び散り、筋肉が躍動し、そして──


 ジャァァァァンッ……。


 最後の音が鳴り止むと同時にエリオはステージ中央で膝をつき、天を仰いでポーズを決めた。荒い呼吸。全身から立ち上る湯気。やりきった。すべて出し切った。


「ハァ、ハァ……見たかよ、みんな!」


 エリオはマイクを握りしめ、震える声で叫んだ。


「これがオレちゃんの……『本気』だ!」


 ワアァァァァァァァァッ!!!!


 鼓膜が痺れそうなほどの喝采が、彼を包み込んだ。


 *


「それでは! 運命の判定に移りましょう!」


 司会者が興奮気味にステージに上がった。

 二人のパフォーマンスが終了し、勝敗を決める時が来た。ルールは観客の拍手の大きさだ。


「まずは、先攻! 熱いパフォーマンスを見せつけた、RE:Genesis!」


 ワアアアァァァァッ!!


 会場全体が揺れるような、重く、力強い拍手と歓声。老若男女問わず、リゾートを楽しんでいるすべての人々からの支持だ。


「続いて、後攻! 復活のマッスルプリンス、エリオ!」


 キャァァァァァァッ!!


 耳をつんざくような、鋭く熱狂的な歓声。特に女性エリアからの音圧が凄まじい。


「こ、これは……!? 勝者は~……」


 司会者が測定用の魔導端末を確認し、溜めを作る。

 結果は──


「僅差で、RE:Genesisです!」

「いよっしゃああああっ!」


 判定が下された瞬間、タケルは大声を出しながらヴァルガンにハイタッチした。

 勝てた。会場全体を巻き込む一体感は、魔王のステージに軍配が上がったのだ。

 しかし、エリオへの拍手も凄まじいものだった。本当に紙一重。もしターゲットが女性客限定のイベントだったら、結果は逆転していたかもしれない。


「素晴らしいステージを見せてくれたマッスルプリンスにも、今一度盛大な拍手を!」


 会場から、惜しみない拍手が送られる。

 エリオは肩で息をしながら悔しそうに、でもどこか晴れやかに笑った。


「はー、負けちゃった。……でも、スッキリした」


 自分のすべてを出し切り、ファンと心を繋げた実感。それは勝利以上に価値のあるものだった。

 かつての栄光にしがみついていた亡霊はもういない。ここにあるのは泥臭く這い上がり、自ら立ち上がることを決意した一人のアイドルの姿。

 ヴァルガンがゆっくりと近づき、エリオを見下ろした。


「見事だったぞ、道化よ。貴様の輝き、しかと届いた」

「……へっ、上から目線だな~。ま、本家さんのお墨付きってことで貰っとくよ。次は負けねぇから!」

「望むところだ。何度でも叩き潰してやる」


 ガッチリと握手を交わす二人。

 そこには、敵味方を超えた奇妙な友情──あるいは、ライバルとしての絆が生まれていた。


「では、勝者として我が命ずる! 観客よ、サザンクロス・フェスティバルはまだまだ続くぞ! よって、このイベントを全力で盛り上げろ、よいな!」

「おーっと、こりゃ大変だ! みんな、オレちゃんと一緒に盛り上がってくれるかなー!?」


 ワアアアアアアアッ!


 ヴァルガンたちの声に応えるように、観客席から大声が響き渡った。

 リカルドから提案された勝者としての命令を、このフェス参加者全員に告げることでエリオを守ったのだ。


「フェスはここからさらに楽しくなります! 全力で味わってくださいね!」


 司会者の言葉と同時に、空に色とりどりの花火が打ち上がる。

 常夏に相応しい、二人の熱く激しい対決は終わりを迎えた。

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