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19. 嘘だけど、嘘じゃなかった「本物」

 RE:Genesisのステージが終わり、会場は未だかつてない熱気に包まれていた。

 それは単なる興奮ではない。爽やかで、健康的で、心の底から「楽しかった!」と思えるポジティブな余韻。

 その空気を切り裂くように禍々しいギター音が響き渡った。


「さあさあ、お待たせしました! 続いては太陽の化身、セクシーの象徴……マッスルプリンス・エリオの登場だァーッ!」


 司会担当者が、声を張り上げる。

 ステージが毒々しい紫色のライトに染まり、スモークが焚かれる。その中から現れたのは、ビキニパンツに拘束具のようなベルトを身体中に巻き付けた衣装を身にまとったエリオだった。


「ひれ伏せ子猫ちゃんたち! このオレちゃんが支配してやるぜ~!」


 いつもの決め台詞。

 本来なら、ここで黄色い悲鳴が上がるはずだった。

 しかし──


「んー……なんか、違うな」

「RE:Genesisの方が筋肉すごくなかった?」

「ちょっと安っぽく見えるね」


 観客の反応は今ひとつ。比較対象ができてしまったのだ。

 本物の魔王が放つ桁外れのエネルギーと、エリオが演じる作られた支配者。直前に本物のパワーを見てしまった観客にとって、彼のパフォーマンスはただのコスプレにしか見えなかった。


(……チッ。空気が重いな)


 ステージ上のエリオは、その差を肌で感じていた。視線が痛い。

 お前じゃない、さっきの方が良かったという無言の圧力が全身に突き刺さる。


(わかってる。偽物だってことくらい、自分が一番よくわかってるんだよ!)


 焦りが募る。

 エリオは曲を歌いながら必死に腰を振り、ウインクを飛ばし、煽り立てる。


「ほらほら~! もっと声出して! オレちゃんの筋肉、見たいっしょ~!?」


 声が上滑りする。

 ダンスのキレがなくなり、歌声もブレる。焦れば焦るほど、パフォーマンスは空回りしていく。


「ふわぁ~……」


 エリオが舞台袖にチラリと目を向けると、リカルドは興味なさそうに欠伸をしていた。ああ、もうステージがどうなろうと構わないのか。

 それでもやらなきゃいけない。生き残るために。

 媚びて、売って、しがみついて──


(見てろよ、オレは……!)


 エリオは挽回しようと、激しいターンを決めるステップを踏んだ。


 ズルッ。


 汗と焦りで足元が狂った。

 踏ん張りが効かず、身体が大きく傾く。


 ドンッ!


 受け身も取れず、派手に転倒した。

 今までのようにあざとく転んでみせる演技ではない。無様な本当のミス。マイクが床に叩きつけられ、キーン……とハウリングの不快な音が会場に響き渡る。


「……」


 一瞬の静寂。そして──


「あっちゃー……」

「何あれ、転んだ?」

「あんなミスしちゃうとか、ないわー」


 会場から失笑が漏れた。嘲笑。侮蔑。憐れみ。それらが混ざり合った、冷たい笑い声。エリオは地面に倒れたまま動けなかった。膝が震えて力が入らない。

 今、この場面で必要な「マッスルプリンス」の演技は何だ? 何が求められている? ダメだ。どんな顔で立ち上がればいいのか、わからない。


(ああ……もう、いいかな)


 何かがプツンと切れる音がした。

 これ以上、恥を晒して何になる。どうせまた捨てられるんだ。天才子役として持て囃され、成長と共に見放されたあの時のように。

 狐耳と尻尾が、ゆっくりと項垂れていく。


(疲れた……ここで、全部終わりに……)


 エリオが目を閉じかけた、その時。


「エリオくーんッ!!」

「立って! 頑張ってーッ!!」


 悲鳴のような声が、静寂を破る。

 ハッとして顔を上げると、最前列にいた女性ファンたちが身を乗り出していた。

 彼女たちは笑っていなかった。エリオの失敗を馬鹿にしていなかった。本気で心配し、涙ぐみながら声を枯らしている。


「大丈夫ー! まだ終わってないよーッ!」

「エリオくんのすごいとこ、見せてー!」

「私たち、ちゃんと見届けるからー!!」


 エリオは呆然とした。

 媚びを売って金を巻き上げる。ファンなんて、ただの金蔓だと思っていた。

 その相手が、必死に叫んでいる。


(は? なんで泣いてんだよ。こんなにカッコ悪いのに……)


 馬鹿な連中だと見下していた。

 なのに、どうして。


(前と同じだぞ? こんなダサいオレなのに、なんで誰も帰らないんだよ)


 どうして、そんな顔で名前を呼ぶんだ。


「……」


 立ち上がりたいのに、足がすくむ。恐怖と混乱で、エリオは動けない。


 ダンッ!


 突然、ステージが大きく揺れた。

 誰かが飛び乗ってきたのだ。


「え?」


 エリオが見上げると、逆光の中に巨大な影が立っていた。アロハシャツを着た魔王──ヴァルガンだ。

 そのまま悠然と歩み寄り、エリオの前に立つ。


「なっ……! 何しに来たんだよ!?」

「乱入だ! 止めろ!」


 リカルドが叫ぶが、警備員たちはヴァルガンの迫力に気圧されて動けない。何かトラブルが起きたのかと、会場がざわめく。

 不穏な空気が流れかけた、その瞬間。


「あーっと! こ、これはまさかーッ!?」


 裏方をしていたノノが、機転を利かせてマイクで叫んだ。

 彼女は顔面蒼白になりながらも、必死に明るい声を張り上げる。


「前代未聞のハプニングか、それともサプライズ演出か!? RE:Genesis、まさかのステージ乱入です! これは……夢のコラボレーションの予感ーッ!?」


 ノノの実況により、観客の動揺が期待へとすり替わる。

 きっとこれは、何か予定していたイベントなのかもしれないと。


(ナイスフォロー、ノノさん!)


 舞台袖で見ていたタケルは、心の中で彼女に合掌した。

 ヴァルガンはノノの実況など意に介さず、うずくまるエリオの腕を乱暴に掴んで引き立たせた。


「ぐっ……!」

「見ろ」


 ヴァルガンは顎で客席をしゃくる。

 そこには、泣きながらエリオの名前を呼び続けるファンの姿があった。マイクを通さず、二人だけに聞こえる声で魔王は言葉を続ける。


「貴様が『偽物』として振る舞おうとも……受け取った民にとっては、それが『本物』だったということだ」


 エリオの目が見開かれた。

 ヴァルガンの言葉が、彼の胸に深く突き刺さる。


(本物? オレが演じてきた嘘が? 金のために作った虚像が?)


 自分は嘘つきだ。どうしようもない汚れ役だ。でも、その嘘を信じて笑顔になって、明日への力にしてくれている人たちがいる。


「「「ファイトーッ! エリオくーんッ!!」」」


 かつて自分が捨てられた時、誰も助けてくれなかった。

 でも今、目の前のファンたちは。失敗して、無様で、惨めな自分を見ても、見捨てずに名前を呼んでくれている。


「……なんで、こんなオレを応援してくれんだよ……」


 エリオの目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。

 ボロボロとこぼれ落ちる雫が、凍りついていた心を溶かしていく。


(オレは……オレはまだ、歌ってもいいのか?)


 社長のためじゃない。金のためじゃない。

 ただ、自分を信じてくれているファンのために。


「さあ、決めるのは貴様だ」

「……はっ。余計なお世話だよ、本家さん」


 エリオは鼻をすすり、腕で乱暴に顔を拭った。

 その顔はぐしゃぐしゃだったが、瞳の奥には光が戻っていた。


「貸しにしといてやるよ。……あーあ、せっかくのイケメンが台無しじゃん」


 エリオはヴァルガンの手を振りほどき、自分の足で立った。

 膝の震えはもう止まっている。


「ふぅー……ショーの続きといこうか」


 ヴァルガンは満足そうに笑い、一歩下がって場所を譲った。

 その様子を見ていたノノが空気を読んで叫ぶ。


「おおーっ! RE:Genesisからの熱いエールを受け取って、マッスルプリンス復活ー!? みなさん、エリオさんに大きな声援をお願いします!」

「エリオ! エリオ!」

「頑張れーっ!!」


 会場中から湧き上がるコール。

 エリオは深く息を吸い込み、マイクを握り直した。

 もう迷いはない。仮面の下にある魂が、今まさに覚醒しようとしていた。

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