18. ハジけろ! サマー・スプラッシュ!
「さあ、緊急開催となったアイドル対決! 先攻でステージに立つのは、話題の筋肉アイドル──RE:Genesis!!」
司会者の煽りが響き渡ると、ステージがまばゆい光に包まれた。
会場を埋め尽くすのは数千人の観衆。これまでの活動で地元民などファン層を増やせてはいるが、その多くはエリオ目当てなので反応が薄い。そんなアウェーの空気を一瞬で粉砕する男が、ステージ中央に堂々と立っていた。
派手なアロハシャツはボタン全開で、褐色の肌と鋼のような腹筋を見せつけている。サングラスは頭にかけ、手には真っ赤なタオル。
観客席を見渡してから、ヴァルガンは大きく息を吸い込んだ。
「盛り上がって……いるかァーッ!!」
ドォォォォン!!
マイクを通した咆哮が、物理的な衝撃波となって広場を駆け巡った。
いつもの威圧的な怒鳴り声ではない。底抜けに明るく、太陽のようなエネルギーに満ちた叫びだ。
「うわぁっ!?」
「すっごい声……!」
度肝を抜かれた観客たちがざわめく隙を与えず、軽快なドラムのビートが鳴り響いた。 レオンが仕上げた『サマー・スプラッシュ!』のイントロだ。島に来て着想を得たリズミカルなパーカッションが、明るい祭りの雰囲気を作りあげる。
合間に細かく挟まる心地よい三連符。突き抜けるブラスセクションの音色。一気に場の空気をフェスのテンションへと導いた。
「いくぞ貴様らァァァァァァッ!!」
ブンッ! ブンッ!
ヴァルガンが右手のタオルを掲げ、豪快に旋回させた。
そのタイミングに合わせて、タケルがステージ袖から飛び出して叫ぶ。
「みんなも一緒に! タオルがなければハンカチでも手でもいい、回せ回せーっ!」
タケルが先導し、客席の最前列に陣取っていたガルドやセレイナ、リザたち応援団が一斉にタオルを回し始める。
その熱量は、さざ波のように周囲へ伝播していった。
「♪真っ赤な太陽、馬鹿が熱唱! オイそれイイじゃん、飛び込めオーシャン!」
重厚なバリトンボイスで歌われる、テンション最優先の歌詞。普通ならミスマッチで笑ってしまいそうな組み合わせ。
それをヴァルガンの声量とリズム感、そして何より「本人がノリノリである」という事実が、会場を巻き込むエンターテインメントへと昇華させていた。
「何これ、楽しい!」
「身体が勝手に動いちゃう!」
「意外と曲がいい……!」
エリオのファンたちが次々とヴァルガンの歌にノっていく。
彼女たちがこれまで味わってきたのは耳元で甘く囁かれ、抱きしめられる密室的な快感だった。だが、今このステージにあるのは真逆だ。青空の下、大声を出して騒ぐ開放的な熱狂。
「♪どいつもこいつももういいの! すべては熱さが悪いのさ!」
ヴァルガンがステージ狭しと走り回る。
巨体を揺らしてジャンプし、ニカッと笑う。その笑顔に裏表はない。ただ純粋に、この場の空気を楽しんでいる。
「……すげぇ。本当に空気を変えちまった」
舞台袖に戻ったタケルにさえ、ステージの熱が伝わっていた。アウェーだったはずの会場が、いつの間にかRE:Genesisの色に染まっている。
観客たちが釣られるように手を挙げ、タオルを回し始めているのだ。
「♪飛んで、飛んで! 飲んで、飲んで! ふざけるハジけるスプラッシュ!」
タンッ、タンッ!
リズムに合わせて、軽快なステップと共にジャンプするヴァルガン。
ステラとの特訓で身につけた、アクセントを付ける瞬間だけ力を強める動き。逞しい巨体の重さを感じさせないノリの良さでさらに観客を煽っていく。
「ヴァルガン! 見せ場だっ!」
「回せェェェェッ!!」
間奏に入った瞬間、タオルを豪快に回し始めるヴァルガン。
右、左、右、そしてジャンプ。ヴァルガンの動きを真似て、観客のテンションもどんどん高まっていく。
「さぁ、サービスタイムだッ!」
そう叫ぶと、ヴァルガンはステージから飛び降りて客席に乱入した。
警備スタッフが慌てて止めようとするが、魔王は勢いよく突撃していく。
「ぬんっ!」
「わあっ!?」
最前列の男性客とハイタッチ。
バチンッ! といい音がするが、痛くはない。絶妙な力加減だ。
「貴様! 楽しんでいるか!?」
「は、はーいっ!」
女性客に向かってピースサイン。その迫力に一瞬怯むが、すぐに彼女たちの顔がほころぶ。スポーツの試合後のような、爽やかなスキンシップ。
「わーっ! タッチしてー!」
「こっちも!」
手が伸びる。笑顔が広がる。次々とみんなが声を出す。
そこには、ただこのイベントを全力で楽しみたいという喜びだけがあった。
「フン。我に相応しい熱気になったな!」
ステージに戻ったヴァルガンは、汗だくになりながら会場を見渡した。
何千人もの観客が、自分を見て笑っている。タオルを回している。初めての体験だったが、こういった勢いに身を任せるのも胸が高鳴るものだった。
「さあ、叫ぶがよい! サマー……」
「「「「「スプラーッシュ!!!!」」」」」
ドォォォォォォォンッ!!
最後の決めポーズと同時に、会場中が叫んだ。
曲が終わり、一瞬の静寂の後──拍手と歓声が爆発した。
「RE:Genesis! RE:Genesis!」
「アンコール! ……あ、対決だからダメか」
「最高だったぞー!」
大成功。タケルはガッツポーズで喜んだ。
アウェーの環境すら覆す、勢いと熱さ。ヴァルガンの新しい個性がフェスという環境で炸裂した。計算通り、いや、それ以上の勝利だ。
*
その熱狂を、エリオはステージ反対側の舞台袖から見つめていた。
出番を控えた彼の表情から、ヘラヘラとしたチャラ男の笑みは消えている。
「……すげ-な。本物は」
ポツリと呟く。悔しいほどに、圧倒的だった。
小手先のテクニックや、客の欲求につけ込むような計算など必要ない。ステージの上で全力で歌い、人を巻き込んで楽しませていくあの魅力。
あれはかつて、自分が捨てることになってしまった光。
「あーあ。オレちゃんのファンまで持ってかれちゃったよ」
客席にいるエリオのうちわを持ったファンたちが、楽しそうにヴァルガンの名前を叫んでいるのが見える。
裏切り? いや、当然だ。彼女たちは「楽しいこと」に正直なだけ。より強い光があれば、そちらに惹かれるのはわかりきっていたこと。
「おいエリオ。何やってる、ボサッとするな」
社長のリカルドが、苛立たしそうな足音と共にやってきた。
「お前の出番だ、いつも以上に過激にやれ。あの空気をぶっ壊してこい。ああ、負けても別に構わん。撮れ高さえ作れればいいから、気負わずに行け」
「……へいへい、わかってますよ」
エリオは気だるげに返事をした。
どうせ勝てるわけがないから、適当に負けて笑われてこいというリカルドの反応。そんなことは、自分が一番理解している。
今の会場の空気は、完全にRE:Genesisのものだ。ここに自分が今までの通りの「マッスルプリンス」として出ていっても、滑稽なピエロにしかならないだろう。
(はは……やっぱり、オレはこうなるのか)
エリオは自嘲気味に笑った。
かつて天才子役として頂点から落ちた時と同じ感覚。自分がどれだけ足掻いても、手の中から輝きが消えてなくなってしまう絶望。
(……ま、いいさ。オレはオレの仕事をするだけだよ)
エリオは鏡を見ることなく髪をかき上げた。
寂しげな瞳を一瞬だけ伏せ、次に開いた時には──完璧なチャラ男に切り替えていた。
「よっしゃあ! 次はオレちゃんの番だね! 待っててよ子猫ちゃんたち~!」
明るい声を張り上げ、エリオはステージへと向かっていく。きっと、この先には「偽物」の自分を裁く断頭台が待っているのだろうと思いながら。




