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17. ねじ込まれた罠! 悪意に立ち向かう覚悟

 サザンクロス・フェスティバル当日。会場となる広場は、これまでのプロモーション期間とは比べ物にならないほどの熱気に包まれていた。

 島中から集まった観光客、地元住民、そしてわざわざ船でやってきた熱心なファンたち。数千人の観衆が今か今かと開演を待ちわびている。


「すげぇ人だ……! いよいよだな!」


 ステージ袖の控室前で、タケルは武者震いをした。

 準備は万全だ。連日の特訓で『サマー・スプラッシュ!』の完成度は上がっている。衣装のアロハシャツもバッチリ。今回はパンツが弾け飛ばないよう、頑丈な生地を選定済みだ。


「行くぞ、タケル。我の歌で南国の空気を支配してやる」

「おう! 頼んだぞヴァルガン!」


 二人が気合を入れてステージに向かおうとした、その時だった。


「おーっと、ちょっと待ってくれ」


 行く手を阻むように、数人の男たちが現れた。

 先頭に立つのは、葉巻をくわえた下品な笑みを浮かべたリカルドだ。その後ろには、いつものチャラい笑顔を貼り付けたエリオと、困った顔をしたノノがいる。


「……? どうしたんですか、今から本番なのに」

「いやぁ、その本番について少し『変更』があってな」


 リカルドは葉巻の煙を吐き出しながら、一枚の紙をヒラつかせた。


「RE:Genesisとマッスルプリンスのステージだが……急遽、『対決企画』に変更してもらうことになった」

「はあ!? 対決!?」


 タケルが声を荒らげる。

 本来のスケジュールではRE:Genesisが先に歌い、他の出演者を何名か挟んでからエリオが登場する順序だったはずだ。それを対決にするなど聞いていない。


「ノノさん、これは一体……!」

「急な変更で、本当にごめんなさいっ! さっき事務局から通達があって……」


 ノノは泣きそうな顔で、深々と頭を下げた。

 いつも元気な彼女が、今は小さく縮こまっている。


「話題性があるから対決にしろと、急に指示されたんです。反対したんですけど、『オフィス・グリード』さんからの要望だし、注目度が上がるからって……」

「そんな……」


 彼女は現場の担当者として、RE:Genesisを応援してくれていた。しかし、組織の論理と大人の事情には勝てなかったのだ。リカルドは勝ち誇ったように鼻先で笑った。


「ビジネスだよ、ビジネス。客だって、ただ歌うよりバチバチにやり合った方が盛り上がるだろう?」

「ふざけるな……! アイドルをなんだと思ってる!」

「金を生む道具だ。違うか?」


 悪びれもせず言い放つ。

 そして、リカルドは横にいるエリオの肩を乱暴に抱いた。


「ルールは簡単だ。互いにパフォーマンスを行い、観客の拍手の大きさで勝敗を決める。魔導機器で測定するから内容は誤魔化せない。負けた方は勝者の言うことを一つ聞く。どうだ、面白い見世物だろ?」


 リカルドの目は悪意で濁っていた。これは提案ではない、罠だ。

 エリオには既に熱狂的な固定ファンがついている。対決という構図で煽れば、ファンの対抗意識に火がつき、組織票のような形でエリオが有利になるのは目に見えている。

 仮にRE:Genesisが勝ったとしても、リカルドにとっては痛くも痒くもない。「勝負に負けて惨めな姿を晒すエリオ」を演出し、同情と笑いを誘って話題にするだけだ。


「おい、エリオ! お前もそれでいいのかよ!」


 思わず、タケルは問いかけた。

 エリオはヘラヘラと笑いながら気だるげに肩をすくめる。


「いいんじゃない? 盛り上がるならさ。オレちゃんは社長の言う通りにするだけだし~」


 その態度は軽薄だが、目の奥は死んでいた。

 自分の意思など最初からない、ただ流されるだけの操り人形のような虚無感。


「さあ、返事を聞こうか。まさか、怖気づいて逃げるわけじゃないだろうな?」


 タケルは深呼吸をして、沸き立つ怒りを抑え込んだ。

 ここで感情的になって断れば、それは「逃げた」ことになる。それこそ相手の思う壺だ。


「タケル」


 ヴァルガンが静かに名を呼んだ。

 サングラスを外し、露わになった真紅の瞳がタケルを見つめている。


「どうする?」


 試すような問いかけ。

 タケルはエリオを見た。かつての天才子役、今は汚れ役のアイドル。彼が抱える闇、絶望、そして諦め。

 同情するのは簡単だ。『こんな勝負は無効だ』『エリオを利用するな』と叫んで、彼を庇うこともできる。でも。


(それじゃ、何も変わらない)


 ここで手を差し伸べても、エリオの心には届かない。そうタケルは察していた。

 彼は同情される惨めな自分すらも売り物にして、嘲笑いながら生きていくだけだ。その在り方を変えられるとしたら、それは言葉でも優しさでもない。


「……受けますよ、その勝負」


 タケルはリカルドを睨みつけ、一歩前に出て宣言した。

 その瞳には、これまでにないほど強い覚悟の光が宿っていた。


「俺たちはアイドルです。ステージの上で、負けるつもりはありません」


 そして、エリオに向き直る。

 これからステージで競い合う、ライバルに向けた想いを伝えるために。


「エリオ。お前がどんな事情を抱えてようが関係ない。俺たちは絶対、勝つ」

「……へぇ?」


 エリオの表情が僅かに動いた。予想外の言葉だったのだろう。

 同情されると思っていたのに、真っ向からの宣戦布告。


「手加減も遠慮もしない。俺たちの『最高』をぶつけて、会場の全員を……お前も含めて、RE:Genesisの虜にしてみせる」


 救いたいなんておこがましい。でも、もし「歌」に力があるなら。ヴァルガンのステージで生み出す熱量が、凍りついたエリオの心を溶かせるかもしれない。

 中途半端な優しさではない。魂を削り合うような本気のぶつかり合いだけが、彼に届く唯一の手段なのだと信じて。

 その言葉を聞いたヴァルガンは口元を歪め、満足げに笑った。


「フッ。よく言った、タケル。そうでなくてはな」


 タケルの肩に魔王の大きな手が乗った。

 そこから伝わる熱が、タケルの覚悟をより強固なものにする。


「侮るなよ、下郎ども。売られた喧嘩を買うどころでは済まさん、貴様らの想定ごと消し飛ばしてやる」


 ヴァルガンから放たれる覇気。

 圧に一瞬ひるんだが、リカルドはすぐに虚勢を張って笑みを浮かべる。


「はっ、威勢だけはいいようだ。精々吠えてろ、結果は見えてるんだからな」

「じゃ、ステージで待ってるよ~ん。お手柔らかにね、本家さん☆」


 エリオはヘラヘラと手を振り、社長と共に去っていく。

 その姿には、これから始まる戦いへの微かな期待を含んでいるようにも見えた。


「安心してください、ノノさん。俺たち、思いっきり盛り上げてみせますんで!」

「……! ありがとうございます! 私も、フェスの裏方として頑張りますっ!」


 二人はノノに向かって力強く頷いた。

 会場からは司会者の興奮した声と、爆発的な歓声が聞こえてくる。


『さあ、緊急決定! 夢のアイドル対決、RE:Genesis対マッスルプリンス! まもなくスタートです!』

「よーし、行くぞヴァルガン!」

「うむ。全軍突撃だ!」


 タケルとヴァルガンは、光の射すステージへと足を踏み出した。

 仕組まれた罠も、悪意も、すべてを飲み込んで輝くために。


 *


 会場の熱狂から少し離れた、広場を見下ろす大きな木の陰。

 女神ルミナスは、手にした水晶玉──魔力測定器の反応を見つめ、深いため息をついた。


「うわっ、一気に強まってるじゃない……!」


 水晶の中では、禍々しいほどの魔力反応が赤く明滅している。その波形は、ステージに向かうヴァルガンの興奮と完全にシンクロしていた。


「この島の『魔力溜まり』の原因、やっぱりあいつの影響ってこと……?」


 ルミナスは測定器を隠すように握りしめ、ステージを見つめる。


「お願いだから、実は何もありませんでしたってオチになってよ。もし、あいつが原因なんて確定したらタケルは……」


 サボり魔の女神が漏らした、珍しく真剣な願い。だが無情にも、歓声が高まるにつれて測定器の光は強まるばかりだった。

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