16. ゲスト出演枠:聖女アイドル来訪
サザンクロス・フェスティバル開催まで、あと二日。
会場となる広場ではリハーサルと最終調整が行われていた。
「ふんッ! ぬッ! はあッ!」
ヴァルガンがリズムを刻みながら、タオルを全力で振り回している。
本番に向けた発声練習とパフォーマンスの確認だ。その声量と迫力に、設営を手伝っていた地元の島民たちが手を止めて拍手を送る。
「兄ちゃん、今日もいい声だねぇ!」
「本番楽しみにしてるぞー!」
「差し入れだ、食ってけ!」
島民たちが次々とフルーツやドリンクを差し出してくる。
コラボ企画を開始してから地道に交流を続けたおかげで、地元の人々はすっかりヴァルガンのファンになっていた。
一方──
「……何あれ。野蛮すぎない?」
「品がないし、エリオ様とは大違いね」
「近寄らないほうがいいよ、あんなの」
観光客たちの反応は冷ややかだった。エリオのファンサに毒された女性たちだけでなく、他の観光客も彼女らの態度に引きずられている様子で、ヴァルガンのイメージは未だに改善できていないようだ。
「く~っ……まだアウェー感は拭えないか」
タケルは唇を噛んだ。地元民の応援は心強いが、フェスに来る大半は観光客だ。
そこで心を掴めなければ、勝利はない。
「──相変わらず、泥臭いことをなさっているんですね」
その時、凛とした声が喧騒を切り裂いた。まるで空気が浄化されたかのように、周囲のざわめきがスッと引いていく。
タケルが振り返ると、そこには──
「マリアンヌさん!? それにみなさんも!」
日傘を差した聖女マリアンヌと、聖歌隊である三人の少女『ホーリー・エンジェルス』が立っていた。
彼女たちの着ている衣装は、常夏仕様の特別製だ。白を基調としたセーラーカラーのワンピース水着に、パレオを合わせた清楚かつ愛らしいデザイン。そこにいるだけで周囲が華やぐようなアイドルオーラを放っている。
「どうしてここに……?」
「ゲスト出演のオファーをいただいたのです。スケジュールが過密だったので、直前の入りになりましたが」
マリアンヌは優雅に日傘をたたみ、呆れたようにヴァルガンを見る。
「ところで、これは一体なんですか? 随分と馬鹿なことをしているようですけれど」
マリアンヌが取り出したのは、ヴァルガンが地元店とコラボしたチラシだ。
そこにはデカデカと『暑さでポロリしちゃった体を冷やそう♪ ヴァルガンお気に入りミルクジェラートセット♡』と書かれている。
「ほう。我のコラボ商品をチェックするとは、良い心がけではないか」
「あまりにも品がなさすぎたので、注意するため持ってきました。アイドルを名乗るのであれば、もう少しまともな活動をすべきでは?」
「立派な宣伝だ。今ならサービスで割引されているぞ、いらんのか?」
「結構です」
バサリと切り捨てるマリアンヌ。
その様子を遠巻きに見ていた観光客たちから、ヒソヒソと囁き合う声が聞こえてきた。
「ねえ、あれってマリアンヌ様よね」
「なんであんな人と話してるの?」
「変質者に絡まれてるんじゃない? 可哀想……」
悪意はないのかもしれないが、無知ゆえの残酷な言葉。
その声を聞いたマリアンヌはチラリ、と横目で観光客の方を見た。
「……」
その瞳に宿っていたのは不満。新人音楽祭で競い合い、奨励賞を受賞した相手。普段の振る舞いはともかく、あの時ステージで見せた力を彼女は評価していた。
そんなヴァルガンを小馬鹿にする観光客たちの話。それは間接的に「お前は見る目がない」と言われているようで、マリアンヌを苛立たせた。
「……タケルさん。もう、貴方がたのリハーサルは終わってますよね? このジェラート店は近くにあるようですし、案内してください」
「えっ? いいですけど、なんで急に……」
「気が変わっただけです。行きますよ、ヴァルガンさんも」
拒否権はない雰囲気だ。
マリアンヌはスタスタと歩き出し、タケルとヴァルガンは顔を見合わせて後を追った。
*
ジェラート店のテラス席に、マリアンヌが優雅に腰掛けている。その対面には、アロハシャツを着た魔王ヴァルガン。
異様すぎる組み合わせに、周囲の観光客たちの視線が釘付けになる。
「え、聖女様があんな店に?」
「同席してる……どういうこと?」
注目が集まる中、マリアンヌは先ほどのチラシを見せながら店主に声をかけた。
「このコラボジェラートをいただけますか。セットの品はお任せします」
「はいはい、少々お待ちください!」
待つこと数分。出てきたのは、ワッフルコーンの上に乗ったジェラートアイス。ヴァルガンのデカさをイメージしているのか、明らかに量が多い。
そしてセットについてきたのはヴァルガンの写真。水着姿でカメラにキメ顔をする魔王が映っている。その写真を見た瞬間、「いらない……」と言いたげにマリアンヌの眉間に皺が寄った。
「……いただきます」
マリアンヌはスプーンでジェラートをすくい、パクリと食べた。
口の中に溶ける甘味を堪能し、ゴクリと飲み込む。
「なるほど、コラボをされるだけのことはありますね。中々、質の良いミルクジェラートだと思います」
彼女はニッコリと微笑んだ。
自分に集まる観客の視線を意識しながら、輝くようなスマイルを見せる。
「ヴァルガンさんもいかがですか? わたくしだけでは食べきれませんし、先ほどリハーサルをして疲れたでしょう」
「ほう、気が利くではないか。貰ってやるとしよう」
「それと、こちらの写真にサインをいただけます? 記念として」
「よかろう。食った後でな」
ヴァルガンが得意げに胸を張り、別のスプーンでジェラートを食べる。
二人が同じスイーツを食べ、感想を言い合う。ただそれだけの光景だが、見ている人々の印象は劇的に変わった。
「マリアンヌ様が、普通に話してる……」
「あの人、変質者と思ってたけど……まともな人だったの? じゃなきゃ一緒に食事しないよね」
「もしかしてRE:Genesisって、実はすごい実力派なのかも……」
ざわざわと広がる肯定的な空気。
聖女マリアンヌという絶対的なブランドと交流することで「彼らは変質者ではない、対等な相手だ」と保証する。これこそが、彼女の狙いだった。
*
「ありがとうございます、マリアンヌさん」
ジェラートを食べ終えてから、タケルは小声で礼を言った。
彼女がわざわざ人目につく場所で食事をした意図を察したからだ。
「何のことですか? わたくしはただ、変なコラボをしていないかチェックしただけです。参加するイベントの格を下げられては困りますから」
(……素直じゃないなぁ)
ツンとした態度で言い放つが、その瞳には信頼の色が見えた。
タケルは胸が熱くなるのを感じた。かつては敵対し、否定された相手。それが今はこうして、背中を押してくれている。
「それと、これをどうぞ。差し上げます」
そう言って、マリアンヌはヴァルガンの写真(サイン入り)を差し出した。
「えっ!? サイン貰ってたのに、何で!?」
「あの場ではそうしたほうが自然だからやっただけです。ハッキリ言いますが、こんな物を貰っても困りますので」
半ば写真を押し付けるように渡してくるマリアンヌ。
タケルは内心「俺が貰ってもなぁ……」と思いつつ、一応ポケットに入れた。
「おーい、タケルー! 来てやったよー!」
その時、港の方から賑やかな声が聞こえてきた。
振り返ると、大荷物を抱えた集団がこちらに向かって走ってくる。
「リザさん!? それにみんなも!」
酒場『赤竜のあくび亭』の女将リザ、そしてかつて合宿で指導した新人冒険者たちだ。今は装備も立派になり、顔つきも精悍になっている。
「遅くなっちゃったね、やっと着いたよ。差し入れ持ってきたからね!」
「教官の晴れ舞台は見逃せないんで、ギルドの依頼を巻きで終わらせてきました!」
「全力で応援しますからね!」
数十人の応援団が、どやどやと広場に流れ込んでくる。
その活気と笑顔がアウェーだった会場の空気をさらに変えていく。
「へー、応援団もいるのね」
「あの人、慕われてるんだ……」
「ただの変な人じゃなさそう」
観光客たちの視線から、警戒心が消えていく。
ヴァルガンは集まってきた冒険者たちを見て、フンと鼻を鳴らした。
「全く、騒がしい連中だ。野次馬が増えただけではないか」
口では悪態をついているが、その表情は隠しきれないほど緩んでいる。
サングラスをずらし、弟子たちを見やる目は優しい。
「賑やかになりましたね。これなら本番も期待できそうです」
「ええ。一緒に盛り上げましょう、マリアンヌさん」
「足を引っ張るような真似だけはしないでくださいね」
二人は視線を交わし、火花を散らす。敵であり、仲間であり、ライバル。
南国の空の下で、新しい熱が生まれ始めていた。
*
そんな光景を、ステージの陰からエリオが見つめていた。
彼は拳を握りしめ、ギリリと歯ぎしりをする。
「……くだらねぇ」
吐き捨てるような声。
仲間と笑い合うタケルたち。彼らを信頼し、応援するために海を越えて駆けつけるファンたちの姿。そして、あの聖女までもが彼らを認めているという事実。
そのすべてが、エリオの心にある古傷をえぐった。
「ファンを信じる? 仲間? ……笑わせるなよ」
脳裏にフラッシュバックするのは、かつての記憶。
天使と呼ばれていた頃、擦り寄ってきた大人たち。そして声変わりと共に、掌を返して去っていったファンたちの冷たい背中。
(あいつらは……客なんてのは、どうせ使い捨てにするだけなんだよ。飽きたらポイだ。信じた分だけ、裏切られた時に痛い目を見る)
エリオにとってファンとは金蔓であり、自分を消費するだけの化け物だ。だからこそ、心を閉ざし、媚びを売り、騙して搾取する。それが唯一の復讐であり、生存戦略だった。
なのに、あいつらは。RE:Genesisは。裏切られることを恐れず、真っ直ぐに向き合って信じている。
それがエリオには眩しくて、羨ましくて……許せなかった。
「おいエリオ、何サボってる」
背後から低い声がかかる。事務所の社長、リカルドだ。
彼はタケルたちの盛り上がりを忌々しげに見つめ、エリオの肩を乱暴に掴んだ。
「あいつら、調子づいてやがるな。いいか、明日の本番、もっと過激にいけよ? 何をやってもいい、客を興奮させちまえばこっちの勝ちだ」
「……」
「お前の価値はそこにあるんだ。身体を使ってでも勝て。それが無理なら撮れ高を作れ。……わかってるな?」
脅しを含んだ声。
エリオは義務のようにチャラ男の笑みを浮かべ、頷いた。
「……了解。わかってるよ」




