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14. 裏をかけ! 夏全開ポップス魔王様

 薄ぼんやりとした間接照明が灯ったコテージのリビングには、作戦会議特有のピリピリとした熱気が漂っていた。テーブルの上にはレオンが作ったいくつかのデモ曲と、タケルが書き殴った膨大なメモが散乱している。


「さて。本番で俺たちが勝つための『最強の一手』について決めましょう」


 タケルが真剣な眼差しで切り出した。

 その向かいにはヴァルガン、ウクレレを抱えたレオン、そして資料を手にしたセレイナとガルドが座っている。


「まずは現状分析から。セレイナさん、エリオのファン層について解説をお願いします」

「はい。こちらをご覧ください」


 セレイナはテーブルの上に資料を広げ始めた。

 男女比率、年齢層、イベント参加割合など多様な情報が示されている。


「彼の支持層は、若い女性が中心です。そして彼女たちの行動履歴を解析すると、ある共通点が見えてきました」

「共通点?」

「はい。『交流イベント』への参加率が異常に高いこと。そして、掲示板など外部への発信頻度が高いことです」


 タケルは深く頷いた。

 そのデータは、現場で感じたものと一致していた。


「やっぱり。予想していた通り、エリオのファン層は……『自分を見て欲しい』という欲求がすごく強いんです」


 正面に置いていた黒板に、タケルは『承認欲求』と大きく書いた。


「エリオのやり方は、そこを徹底的に突いている。来たファンにハグをし、甘い言葉を囁くことで『私は特別なんだ』という強烈な満足感を与える。だからこそ、あそこまで熱狂するとわかります」


 それは極めて強力な「個」へのアプローチだ。

 ヴァルガンのような「全」を支配するカリスマとは対極にある。


「なるほど、そうやって囲い込むってわけか。でも、それをヴァルガンに真似させるのは無理だろ? どう考えてもキャラに合わねぇぞ」

「ええ。だからこそ、俺たちは全く別の角度から攻める必要があります」


 ガルドの疑問に力強く返事をしつつ、タケルは黒板に『参加型・巻き込み戦略』と力強く大きな文字で書き加えた。


「エリオが一対一の濃密な関係を提供するなら、俺たちは『会場全体』を巻き込む巨大な渦を作るんです!」


 タケルはバン! と黒板を叩きながら熱弁を振るう。


「ただ見るだけじゃない。観客自身が声を出して、体を動かして、ライブの一部になる。そうすることで、一緒にステージを作るという当事者意識を持たせます」

「ふむ……。民草に役割を与えるということか」

「ああ、そうだ。そのために使うのがこの曲、『サマー・スプラッシュ』だ!」


 待ってましたと言いたげな笑みを浮かべ、レオンが再生ボタンを押す。

 流れ出したのは、これまでのRE:Genesisの重厚なイメージとは真逆で底抜けに明るく軽快な曲だった。

 南国の太陽を思わせる陽気さ、思わず身体が動き出しそうになるビート。ホイッスルなどの合いの手も入り、ハイテンションそのものだ。


「うわ、軽っ! これをヴァルガンが歌うのかよ?」

「ええ。これが俺たちの切り札です! ただ明るいだけじゃありません。この曲には、観客を強制的に参加させるギミックを詰め込みます」


 タケルはタオルを手に持ち、イメージしている振り付けをやってみせながら説明を続ける。


「まず、サビでは全員でタオルを回します! 右、左、右! そしてジャンプ! 会場中が同じ動きをすることで、強烈な一体感を生み出します」

「へー、文字通りお祭り騒ぎってわけか」

「さらに、間奏ではコール&レスポンスを入れます。ヴァルガンが煽り、客が叫ぶ。その声が大きければ大きいほど、ライブに参加してる実感が湧くはずです!」


 エリオに対抗するために計算し尽くされた、プロデューサーとしての戦略。

 フェスという舞台を活かしつつ、自分たちらしさで突破するための作戦。


「個別のファンサで『自分だけ』を満たすエリオに対し、俺たちは観客を一つの塊にして『みんなで』熱狂する空間を作る。その渦に巻き込んでしまえば、個人の承認欲求なんて吹き飛びますよ!」


 タケルのプレゼンが終わり、室内には一瞬の静寂が流れた。

 そして──


「ククッ、面白い」


 最初に反応したのはヴァルガンだった。

 魔王は不敵な笑みを浮かべ、アロハシャツの襟を正す。


「民衆を扇動し、一つの方向へ導く。それこそ王の在り方というものだ。個々の欲望を束ね、巨大な力へと変える見事な提案だ。しかし……」


 途中までは褒めていたヴァルガンだったが、何か気になっていることがあるような素振りで顎に手を当てた。


「我に、このような浮かれた曲を歌えと言うのか? 威厳が損なわれそうだが」


 確かに戦略として合っているのは理解できるが、これまでの孤高、威圧、重厚といった魔王ブランドとは真逆の路線。

 マイナスに作用するリスクもありそうだとヴァルガンは捉えていた。


「大丈夫だ。むしろ、そこが最大の武器になる! あのヴァルガンが、リゾートでだけ見せる陽気な一面……これぞ究極のギャップ萌え! 普段との落差があるほど、新鮮な魅力として惹きつけられるんだ!」

「ぎゃっぷもえ? 何だそれは」

「つまり『意外とノリいいじゃん』とか『面白いな』って思わせたら勝ちってこと。カリスマ性はそのまま活かして、親しみやすさを足す。これぞ最強のハイブリッド!」


 勢いに押され、ヴァルガンは「むぅ……」と唸った。

 魔王としてのプライドと、アイドルとしての新境地。その狭間で揺れ動いているようだ。


「俺からもいいか」


 助け舟を出すように、レオンが口を開いた。


「アレンジは任せろ、ただ軽いだけの曲にはしねぇよ。そのバリトンボイスが一番映えるように、ベースラインを強化して重厚感は残してやる」

「ほう」

「テメェの声なら、どんな曲でも染め上げられんだろ? それとも、曲調ごときで揺らぐと思っちまうくらい自信がねーのか?」


 挑発するように、ヴァルガンの胸板をトントンと叩くレオン。

 試すような言葉を聞き、ヴァルガンの目がギラリと光った。


「抜かせ。我が歌えば、童歌(わらべうた)であろうと鎮魂歌に変わるわ」

「へっ、なら問題ねーな」

「……よかろう。乗ってやる。この『サマー・スプラッシュ!』とやらで、サザンクロス島を支配してやろうではないか」

「よし! 時間が惜しいからな、そうと決まれば即レッスンだ!」


 *


 深夜のコテージ。

 リビングの家具を端に寄せ、即席のレッスンスタジオが作られた。


「いいかヴァルガン。この曲の肝は『楽しそうにする』だ。サビの動きはこう!」


 タケルは『サマー・スプラッシュ!』のデモ曲を流しつつ、実演しながら一つずつ説明していく。


「みんなに『回せー!』と叫んだら、頭上でタオルをブンブン回す。行くぞ! 右、左、右! ジャンプ!」

「ぬ、む、おっと……ええい、動きが忙しいぞ!」


 巨体を揺らしてタオルを回すヴァルガン。

 最初はリズムに遅れていたが、持ち前の身体能力と戦闘センスで少しずつ動きを自分のものにしていく。

 豪快なタオルの旋回は、風圧が発生するほどの迫力だ。


「おおっ、いいじゃねぇか! 見てて楽しくなってくるぜ!」

「この動きなら、後ろの席からでも真似しやすいですね。視覚的なインパクトも十分です」

「よし、次は一番重要なパートいくぞ。間奏の煽り! ここで客席に向かって『盛り上がっているかー!?』と叫ぶ!」

「……軟弱な」


 ヴァルガンが渋い顔をする。

 やはり、こういった台詞には抵抗があるようだ。


「ヴァルガン、これは『民への宣言』と考えるんだ。観客は参加したがってる。でも、やり方がわからない。だから、ステージの王様が『お前らも来いよ!』って手を差し伸べてやる必要がある」

「……」

「お前が楽しんでなきゃ、みんなもついてこない。先頭に立って、馬鹿騒ぎを指揮してくれ。頼む!」


 タケルの言葉に、ヴァルガンはふっと息を吐いた。

 鏡の中の自分を見つめる。アロハシャツを着た、陽気な格好の男。かつての恐怖の象徴とは程遠い姿。なのに、不思議と悪い気はしなかった。


「フン。よかろう」


 ヴァルガンは大きく息を吸い込み──


「盛り上がって……いるかァッ!!」


 ズゥゥゥゥゥゥンッ!!


 コテージが震えるほどの咆哮。だが、そこには殺気はない。

 太陽のような、迸るエネルギーが込められていた。そして、その顔には快活な、それでいて野性味あふれる笑顔が浮かんでいる。


「最高だ……! それだよヴァルガン!」


 イメージしていた以上の演出になりそうで、タケルは鳥肌が立った。

 これならいける。エリオの計算された媚びなんて吹き飛ばす、本物の「熱」がここにある。


「よし、通しでやるぞ! ガルドさん、セレイナさん、レオンさんも! 観客役でタオル回してください!」

「おうよ! 任せとけ!」

「仕方ありませんね、付き合いましょう」

「へいへい」


 深夜のリビングで、大人たちが汗だくになってタオルを回しながらレッスンを続ける。奇妙な光景だが、確かな一体感があった。


 *


 同じ時間、豪華なホテルの一室。

 リカルドから呼び出されたエリオの前に、ポイと音源が投げ渡された。


「エリオ、フェスの曲はこれだ。これまでのRE:Genesisの曲調を真似ているから予習しておけ。振り付けの動画も撮り終わってる」

「はいは~い。特に新しいことはせず、そのまんまやればオッケー?」

「ああ。余計なコストをかける必要はない。いつも通り、パクって適当にやっておけ」

「りょーかい! それじゃ、確認しておきまーす♪」


 チャラ男としての完璧なスマイル。

 その内側で、エリオが何を考えているのか。鉄壁とも言えるその演技で覆われた本音が漏れ出ることはなかった。

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