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9. 路上デビューで知る文化の違い

 数日後、決戦の朝。タケルと魔王ヴァルガンは、ルミナ・シティの中央広場に向かっていた。タケルはリュックを背負い、中には生活費を切り詰めて購入した音響魔石で機能する魔導ラジカセと手書きの看板が入っている。

 ヴァルガンはパーカーと革パンツ、首元にはチョーカーという出で立ち。周囲の通行人を無意識に威圧しながら歩いていた。


「作戦を確認します」


 タケルは緊張で少し声を震わせながら言った。


「いきなりオリジナル曲を歌っても、誰も足を止めません。無名の新人が注目を集めるには、誰もが知っている『流行りの曲』をカバーするのが定石です」

「他人の褌で相撲を取るわけか。気に食わんが、まあよかろう」


 ヴァルガンは不満そうだが、タケルの戦略には従う構えだ。タケルは選曲した楽曲の魔石を取り出した。


「今回歌っていただくのはステラの曲、『恋の魔法はシュビドゥバ♡』です!」

「……本気か? あの小娘の、しかも軟弱の極みのような歌を我が?」


 ヴァルガンの顔が引きつった。

 無理もない。この曲は、先日タケルたちが見たライブ映像でも披露されていた、超王道のアイドルポップだ。歌詞は「大好きだよ♡」「魔法かけちゃうぞ☆」といった糖分過多なワードで埋め尽くされている。


「本気です! これは『ネタバズ』という高等戦術なんです。強面の男が、あえて可愛い曲を歌う……。その意外性が見る者に衝撃を与え、親近感を抱かせるのです! 俺は知っています、筋肉隆々の男が全力でアイドル曲を踊る動画がバズったりしたことを。だから、ここでも通用するはずです!」

「ばず……? 意味がわからんぞ。我はどうにもしっくりこないが……」

「ご安心ください、一見意味のわからない組み合わせがとんでもない爆発を起こすという事例はあります! アイドルの現場を見続けてきた俺だからこそわかる、この感覚と視点を信じてください」


 そう、現代日本には『ネタ消費』という文化があった。アイドルソングが全く似合わない人物が動画サイトに投稿した結果、とんでもない再生数を叩き出すケースもある。タケルはその成功体験を、異世界でも再現しようとしていた。


(事前にある程度調べたが、この曲は一般層の間でも認知度が高い。ステラの知名度を借りることになるのは不本意だが……これならネタ方面で掴みになるはず!)

「……貴様がそこまで言うなら信じてやろう。民衆の度肝を抜けばいいのだな?」

「ええ! 堂々とやりきって、爆笑と喝采をさらいましょう!」


 二人は意気揚々と広場の一角に陣取った。


 *


 休日の広場は、多くの人々で賑わっている。タケルは魔導ラジカセをセットし、看板を掲げた。

『新人アイドル RE:Genesis 路上ライブ開催中!』

 文字が震えているのはご愛嬌だ。


 ヴァルガンは覚えたてのイケオジポーズで待機していた。街灯の柱に背を預け、アンニュイに流し目を送る。その姿は確かにカッコいい。威圧感と色気が入り混じった、独特のオーラがある。しかし、通行人の反応は芳しくなかった。


「……おい、見ろよあれ」

「うわ、怖……。何あの人、殺し屋?」

「遠回りしようぜ、目が合っただけで因縁つけられそう」


 人々は遠巻きにするだけで、誰も近づこうとしない。広場の真ん中、ヴァルガンを中心とした半径五メートルの真空地帯ができあがっていた。


(くっ、やはり見た目のハードルが高いか……だが、これは想定内! 歌い始めれば、キュートな曲と強面魔王の組み合わせがシュールな中毒性を生むはずだ!)


 タケルは冷や汗を拭った。今はまだ怖い人だが曲が始まり、あの渋い声で可愛い歌詞を歌い出せば空気は一変するに違いない。「なんだあの人、面白いじゃん!」「ギャップすご、ウケる」という笑いが起き、人が集まってくる!


「行きますよ、魔王様!」


 タケルは再生ボタンを押した。軽快でポップなイントロが、広場に響き渡る。


 チャラララ〜ン♪ パッパッパラッパ〜♪


 あまりにも場違いなBGM。聞き覚えのある楽曲を聞いた通行人たちが「ん?」と足を止めた。ヴァルガンは深く息を吸い、特訓した発声を意識しつつマイクを握った。


「♪こーいーのー……まほうは〜……」

(低ッッッ!?)


 地を這うような重低音。まるで演歌の大御所か、あるいは洋画の吹き替え声優が朗読しているかのような渋さ。音程は完璧だ。声量も適切にコントロールされている。だが、それが決定的な間違いを生んでいた。


「♪シュビドゥバ〜……。君に……届け……この想い……」


 ヴァルガンは一切ふざけず真剣だった。タケルの教え通り丁寧に、一音一音を大切に歌っている。真顔で。眉間に皺を寄せた、いつもの厳つい顔で。

 その結果、軽快なアイドルポップス+超真剣な顔+バリトンボイス+丁寧に歌うという最悪の化学反応を起こし、広場に生まれたのは笑いではなかった。


「……うわ、何あれ」

「いや、怖いでしょ……」

「ステラちゃんの曲を歌って、何がしたいんだ……?」

(あれ……? なんだ、この反応……!?)


 通行人たちの顔が引きつっている。ギャップ萌え? とんでもない。彼らの目には、強面のおっさんがなぜかアイドルの真似事をしている不気味な光景、見てはいけないものとして映っていた。


「♪魔法かけちゃうぞ……☆」

「ひっ……ひんっ……!」

「しっ、大きな声を出しちゃダメ……! 早く行くわよ……!」


 キメのハートマークを見た子供が泣き出し、母親が子供の手を引いて逃げ出した。若い女性たちは危険人物と判断したのか、足早に通り過ぎていく。男性たちは関わったらヤバい奴だと目を逸らす。


(……そうか、感覚が違うんだ! 日本なら怖そうな人がいてもパフォーマンスしていれば『ネタ』だとわかる。でも、この世界の人はモンスターや戦いが身近なもの。よく知らない怖い人がふざけても、笑っていいものなのか判断できるわけがない……!)


 現代日本のように『ネタ』を楽しむ土壌がないこの世界において、これは単なる奇行であり変質者の所業だったのだ。拍手はおろか、笑いすら起きない。凍りついたような静寂と、突き刺さるような冷たい視線だけが残された。


「……」


 一曲が終わった広場には、気まずい沈黙が漂っていた。ヴァルガンはマイクを下ろし、タケルの方を見る。怒りでも悲しみでもなく……ただ困惑していた。「なぜだ? 我は完璧に歌ったはずだが?」と。


(クソッ、俺のせいだ……現代感覚で考えすぎたせいで、文化の違いを正しく理解できていなかった……!)


 タケルは青ざめていた。自分のミスだ、完全に読み違えた。

 ヴァルガンのポテンシャルを活かすどころか安易なウケ狙いに走ったせいで、こんな結果にしてしまうなんて。あれだけ練習してくれたのに、その努力を台無しにしてしまった。もっとこの街のことや背景を調べた上で最適解を考えるべきだった。今回のは、一番やってはいけないプロデュースだ。


「軍師よ。これが貴様の言う『ばずる』という現象か? ……我には、民衆が恐怖と嫌悪で逃げ惑っているようにしか見えんが」


 その声には静かな怒りが滲んでいた。王としての威厳を損なわれたことへの屈辱と、タケルを信じた結果がこれだったことへの失望。


「……すみません」


 タケルはヴァルガンに向かって頭を下げた、弁解の余地はない。


「俺の……俺の采配ミスです。撤収しましょう」


 タケルは逃げるように機材を片付け始めた。ヴァルガンは何も言わず、パーカーのフードを深く被り、顔を隠した。二人は誰とも目を合わせず、広場を去った。


 背中に浴びる「変な人たちだったね」というヒソヒソ話が、ナイフのように心に突き刺さる。最強の魔王とプロデューサーの一歩目は、あまりにも苦いデビュー戦となってしまった。

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