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11. 深夜の対話、現実を見たからこその歪み

 サザンクロス島の夜は、昼間の喧騒が嘘のように静けさに包まれていた。

 波の音がザザァ……と響き、道に並ぶ木が風で揺れる音が聞こえる。頭上には満天の星空。そして一人、夜道を散歩するタケル。


「ああ言ったものの、どうしたもんかなぁ」


 チームで一丸となってエリオに勝つ。そう改めて決意したのはいいが、じゃあ具体的にどうするかというアイデアは今のところ浮かんでいない。

 こういう時は気分転換をするに限ると考え、コテージからそっと抜け出したタケル。魔導販売機(氷魔法式)で缶ジュースを買い、額に当てて熱を冷ます。

 目的地もないまま歩き続け、フェス会場の裏手に来た。このあたりはスタッフ用のエリアで、機材の搬入口や簡易的な休憩スペースがある。深夜の今は誰もいないはず──そう思っていた。


「……ふぅー」


 その時、暗がりから煙が立ち昇っているのが見えた。

 搬入口の陰、積み上げられたコンテナに隠れるようにして誰かが座り込んでいる。


(あれ、スタッフさんか? こんな遅くまで大変だな)


 タケルは邪魔をしないよう、足音を忍ばせて通り過ぎようとした。

 だが、月明かりに照らされたその横顔を見て、足が止まった。


 金色の髪。狐耳と尻尾。鍛え上げられた体。派手なアクセサリーの類は外しているが、特徴的なその姿は見間違えようがない。


「……エリオ?」


 そこにいたのはエリオだった。彼はコンテナに背中を預け、虚ろな目でシガレットをふかしている。

 昼間に見せていた、弾けるような笑顔はない。挑発的なチャラさもない。深く沈んだ疲労の色だけが張り付いている。

 まるで、電池が切れた人形のような姿だった。


「……あ?」


 タケルの視線に気づき、エリオが顔を上げた。

 死んだような目と視線が合う。気まずい沈黙が流れるかと思った、その瞬間。


「おっ! 本家さんじゃ~ん! やっほー☆」


 パッ! と音がしそうなほどの早業で「マッスルプリンス・エリオ」に切り替わった。口角を上げ、軽薄で明るい笑顔を作る。そのあまりの速さに、タケルは背筋が寒くなるのを感じた。


「こんなとこで何してんの? まさかオレちゃんの偵察? 残念だけど、このフェロモンは盗めないよ~」

「……お前」


 タケルは彼に歩み寄った。

 今の笑顔は完璧だ。だが、直前に見た表情が脳裏から離れない。


「さっきまであんな顔してたのに、よく笑えるな」

「あんな顔って? オレちゃんはいつだってスマイル全開だよ♪」

「嘘つけ。……なぁ、エリオ。お前、本当にそれでいいのか」


 単刀直入に切り込んだ。

 セレイナに調べてもらった情報を聞いてからずっと、胸につかえていた疑問をぶつけるために。


「ん~? 何が?」

「あんなパクリみたいなことして、身体触らせて、色恋営業して……。自分を安売りして、恥ずかしくないのかよ」


 タケルの言葉に、エリオの狐耳がピクリと反応した。

 彼は返事をせずシガレットを口に咥え、煙を吸い込む。


「昔は天才って呼ばれてたんだろ? 歌や演技で勝負してた頃のプライドは、まだあるんじゃないのか?」


 過去の映像で見た清らかな少年の面影は、目の前の男には欠片も残っていない。タケルの問いかけは純粋な疑問であり、ある種の悲しみを含んでいた。

 エリオはゆっくりとシガレットを口から離し、煙を夜空に吐き出す。そして、ケラケラと笑った。


「恥ずかしい? プライド? あははっ、ウケる~!」


 乾いた笑い声が、二人きりの空間に響く。


「なんで恥ずかしいの? オレちゃんは客が欲しいものをあげて、対価を貰ってるだけだよ。ビジネスだよ、ビ・ジ・ネ・ス!」

「ビジネスだからって、魂まで売る必要はないだろ!」

「魂ねぇ……」


 シガレットの火を見つめ、エリオはフッと冷たい笑みを浮かべる。

 その瞬間、彼の纏っていたチャラ男の空気が剥がれ落ちた。


「いいこと教えてやるよ、本家さん」


 声のトーンが下がる。

 いつもの明るさが消え失せた、凍りついた音色。


「オレはな、一度『終わった』人間なんだよ」


 エリオは自分の喉を、爪を立てるように触れる。

 そこには「これさえ失わなければ」という憎しみが詰まっていた。


「天才子役? 天使の歌声? そんなもん、声変わりと一緒に捨てたよ。大人たちは残酷だぜ? もう可愛くない、劣化したねって……ゴミを見るような目でオレから離れていった」


 淡々と語られる過去。

 言葉の端々には煮えたぎるような怨嗟が滲んでいる。


「仕事がなくなって、劇団からも見放されて……。昨日までチヤホヤしてくれた連中が、掌を返してくあの顔と言ったらさぁ」


 エリオはタケルと目を合わせた。

 彼の瞳は、深淵のように暗い。


「才能も若さも新鮮味も消えた。そんな出がらしの搾りカスが、この芸能界セカイに残るにはどうすりゃいいと思う? 答えは簡単。わかりやすい刺激でコーティングすりゃオッケー!」


 満面の笑みを浮かべながら皮肉たっぷりに答えるエリオ。

 その言葉の重みに、タケルは息を呑んだ。


「笑われたっていい、バカにされたっていい、プライドがないと言われたっていい。泥水を飲むハメになっても、オレはこの世界にしがみつくんだよ」


 エリオが言う泥水とは比喩ではない。屈辱、嘲笑、自己嫌悪。それらすべてを飲み込み、笑顔というフィルターを通して金に変えている。


「チャンスがあるなら、どんな手を使ってでも掴む。社長に靴を舐めろと言われりゃ舐めるし、客に脱げと言われりゃいくらでも見せてやる」


 そう言って、彼は自身のビキニパンツをパチンと弾いた。

 客が自分に求めているのは、どうせこれだけだとでも言いたげに。


「それが、持たざる者が生き残る唯一の道だ。『王道』とか『正々堂々』なんてのはな、持ってる奴の贅沢なんだよ」


 強烈なカウンターパンチだった。

 タケルたちが掲げる理想。ヴァルガンの実力、仲間のサポート、そして「魔王」という強力な個性。それらを持っているからこそ、綺麗な戦い方ができるのだと突きつけられた気がした。


「……でも! そんなやり方じゃ、ファンだって本当の笑顔にはなれないだろ!」


 タケルは必死に反論した。

 この道を選んだのはエリオ自身だという、ヴァルガンの言葉。それはわかっている。でも、どうしても言わずにはいられなかった。


「その場限りの刺激を楽しんでるだけで、お前を見てるわけじゃない! そんな関係、いつか壊れる! そんなの、辛いだろ……!」

「あー、説教なら結構結構! オレちゃん、難しい話わかんな~い☆」


 再び、パッと軽い調子に戻った。

 拒絶だ。これ以上、自分の領域に踏み込ませないという意思表示。


「壊れるなんて知ってるよ。だからオレちゃんは一回ポイされたわけだし? その場限りでいいじゃん、ファンなんか飽き性だしそんなもんだって」


 エリオは携帯灰皿にシガレットを入れ、立ち上がった。

 ふぅー……とタケルに向かって煙を吹きかける。その香りは、彼の痛みを表すような苦みに満ちていた。


「ま、せいぜい綺麗なままで頑張ってよ、プロデューサーさん♪」


 タケルの横を通り過ぎざま、ポンと肩を叩く。

 それから耳元で、悪魔のように囁いた。


「……フェスの客も話題も、全部頂くけどね。泥の味を知らない奴に、オレは負けない」


 そのままエリオは闇の中へと消えていった。

 誰にも理解を求めず、誰にも頼らず、たった一人で世界と戦っている男。


「……くそっ」


 遠ざかる足音を聞きながら、タケルはその場に立ち尽くすしかなかった。

 言い返せなかった。エリオのやり方は倫理的にも、アイドルとしても歪んでいる。それは確かなはずだ。

 だが、彼の言葉には「生きる」ということへの執念が宿っていた。なりふり構わぬ覚悟は、ある種のプロと言えるのかもしれない。


(でも、負けられない。俺とヴァルガンだって、俺たちなりの泥を被ってここに来た)


 エリオの根源に「痛み」があることは理解した。

 だけど、だからと言って手加減をするわけにもいかない。


(俺たちが積み上げてきたものを信じよう。ヴァルガンを、みんなを、そして俺自身を)


 小細工はいらない。自分たちが一番楽しめる、一番熱くなれるステージを作る。それが、エリオへの最大のカウンターになるはずだ。

 自分たちのスタイルで、真っ向からぶつかる。それだけだ。

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