8. ポロリの代償、お説教タイムスタート
氷魔法による冷房が効いているはずなのに、室内には淀んだ空気が漂っている。
観光協会のオフィス、長机を挟んで向かい合うのは観光協会担当者のノノとRE:Genesisの一行。ただし、タケルとヴァルガンの二人は椅子に座っておらず、床に正座させられていた。
「……まずは感謝を述べさせていただきます」
ノノがこめかみを指で押さえながら深く、深ーくため息をついた。
いつもの明るい笑顔はどこへやら、今の彼女はやらかした生徒を叱る先生のような顔をしている。
「大型魔獣ギガント・クラーケンの撃退、お見事でした。おかげで警報も解除され、フェス中止という最悪の事態は免れました。観光協会を代表して心からお礼申し上げます」
ノノは丁寧に頭を下げた。
島の危機を救った英雄。本来ならここで拍手喝采、金一封でも贈呈されてしかるべき場面。しかし、頭を上げたノノの目は笑っていなかった。
「……で、す、がっ!」
ドンッ!
ノノが机を叩く音が響き、タケルがビクリと肩を震わせる。
「なんで脱いじゃったんですか!? しかも下半身!!」
「いや、あれは意図的じゃなく弾け飛んだというか……不可抗力で……」
「結果は同じですよっ! あんな大勢の前で、フルオープンで仁王立ち! しかも、見ろと言わんばかりに腰に手を当てて決めポーズしてましたよね!?」
彼女の顔は真っ赤になっている。羞恥と怒りのブレンドだ。
恥ずかしさを隠すためか、バンバンと机を叩きながら言葉を続ける。
「子供だって見てたんですよ!? 『ママ! あの人すっごいバナナついてる!』って言われた親御さんの気持ち、考えたことありますか!?」
「ぐふっ……! ご、ごもっともです……」
「討伐をプロモ活動にしてヴァルガンさんをアピールすると言ってましたけど! 完全にマイナス方向に作用しちゃいましたよっ!!」
タケルはぐうの音も出ず、床の絨毯に額を擦り付けた。
弁解の余地はない。あの光景は、公序良俗という概念を物理的に破壊するものだった。
「フン。大げさな奴だ」
隣に座る張本人は全く反省していなかった。
なぜ怒られているのだと不満げな顔のまま、腕を組んでいる。今は観光協会で借りた予備のズボンを履いているが、サイズが合わずパツパツだ。
「我は特に困っていないが? 恥じることなく、王としての威厳を見せつけられたではないか」
「少しは恥ずかしがれよ!!」
堂々と宣言する魔王に、タケルが食い気味にツッコミを入れた。
「威厳じゃなくて、あれはただの露出狂だ! 騎士団のお世話になる一歩手前……いや、現行犯だよ!」
「何を言う。鍛え上げた肉体は芸術品と同じであろう、隠す必要などあるまい」
「芸術って言えば許されると思ってんじゃねーぞ!」
漫才のような言い合いをする二人。後ろで見守っていたガルドが「ブフォッ」と思わず吹き出し、セレイナが彼の足をヒールで踏みつけて注意した。
「……はぁ。とにかく!」
パンパンと手を叩き、話を戻すノノ。
「今回は、私がなんとか誤魔化しました。『あれは島の豊穣を祈る古代の儀式であり、魔獣を鎮めるための神聖なパフォーマンスです』とアナウンスして!」
「うわぁ……無理がある……」
「無理を通したんですっ! 上層部も『魔獣を倒してくれた恩人だし、今回だけは……』って渋々納得してくれましたけど、カンカンだったんですよ!?」
彼女は身を乗り出し、ヴァルガンの顔を覗き込んだ。
その表情にいつもの明るさはなく、ちゃんと反省してくれますよね? という圧に満ちている。
「いいですか? 次、ああいうことになったら止められませんよ。RE:Genesisの一時活動停止、最悪の場合は島からの追放処分もありえます!」
「ぬぅ……。融通の利かん島だ」
「貴方が自由すぎるんですっ!」
ヴァルガンは渋い顔をしたが、これ以上ノノを困らせるのは本意ではないと判断したのか「善処する」と短く答えた。
「こういうことがないよう、気をつけますんで……本当にすみませんでした……」
「……わかってくださればいいんです。魔獣退治の件は、改めて正式に感謝状を出しますから」
ノノは大きく息を吐き、ようやく椅子の背もたれに体を預けた。
彼女にとっても胃の痛い数時間だったに違いない。タケルは心の中で「ごめん、ノノさん……」と手を合わせた。
*
観光協会を出た一行は、重い足取りでコテージへの道を歩いていた。
夕日が海に沈みかけ、空が茜色に染まっている。本来ならロマンチックな散歩道だが、今のタケルにはそんなことを楽しむ余裕がなかった。
「……参ったな」
「なぜだ? 魔獣はいなくなったし、イベントも開催される。万々歳ではないか」
「お前のせいで『条件付き』になったからだよ! 今回の件で、この島でヴァルガンの知名度は爆発的に上がっちゃったよ、『露出狂アイドル』として!」
「なるほど、恐れ慄いているわけだな」
「警戒されてんだよ! また脱ぐんじゃないか、やべー奴じゃないかって!」
そう。今回のポロリ事件は諸刃の剣だった。
インパクトは絶大だったが、同時に「危険人物」というレッテルを貼られてしまったのである。
「これからのプロモーション活動、どうするんだよ。迂闊に動けば『あ、変質者だ』って通報されかねないぞ」
「む……」
「ノノさんから釘を刺された以上、慎重にやらなきゃいけない。もしライブ中に興奮して服が破けたりしたら、その時点でアウトだ」
RE:Genesisの売りであるワイルドさや規格外のパワーが、コンプライアンスという鎖で封じられてしまった形になる。
エリオに対抗するためにはインパクトが必要だが、それが観客にどう受け止められるかわからないというリスクがある以上、慎重にならざるを得ない。
「我の手足を縛るとは、中々に高度な封印術だな」
「自業自得じゃい!!」
「ま、ドンマイだタケル。ある意味、注目度はエリオを超えたかもしれねぇしな」
「方向性が最悪なんですってば~……!」
「そうですね。残念ながら、状況は深刻です」
頭を抱えて呻くタケルの隣で、セレイナが冷静に補足する。
「エリオ側は恐らく、この件を利用したネガティブキャンペーンを仕掛けるでしょう。そうなった場合、どちらが観光客に受け入れられるかは明白です」
「うぐっ……!」
ただでさえエリオの過激なファンサに押されているのに、こちらは「公然猥褻」という特大の弱点を抱えてしまった。
イベントはなんとか繋いだが、プロモ活動期間はまだまだある。だというのに、いきなりピンチに追い込まれてしまった。
「フン。起きてしまったことは仕方あるまい。要は、脱がずに魅了すればよいのだろう? 衣服を纏ったままでも、我の覇気は隠しきれんからな」
「その自信はどこから来るんだ……」
「それにタケルよ。貴様なら、この程度の逆境をひっくり返す策の一つや二つ持っているのではないか?」
笑みを浮かべながらトン、と肘で突いてくる魔王。
その無駄に信頼を寄せた眼差しに、タケルは天を仰いだ。
「……はぁ。わかったよ、考えるよ。考えりゃいいんだろ!」
タケルはヤケクソ気味に叫んだ。
もう後戻りはできない。魔王がうっかり露出したせいで詰むなんて、プロデューサーとしてあってはならない汚点だ。これで活動停止になったらアホすぎる。
「脱がずに勝つ。品位を保ち、エリオより目立つ。ああもう、ハードル高すぎだろ!」
頭を抱えるタケルと、どこ吹く風のヴァルガン。
サザンクロス島での戦いは予想外のルール追加により、さらに混迷を極めようとしていた。




