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7. 海より来たる脅威! ポロリもあるよ♡

 波打ち際ではしゃぐ家族連れ、パラソルの下で本を読む老夫婦。

 魔獣警報など知らぬ顔で、観光客たちがビーチを満喫している穏やかな光景。その隅で、RE:Genesis一行は今日もプロモーションに勤しんでいた。


「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 今話題の筋肉アイドル、RE:Genesisだ!」

「サザンクロス・フェスティバルに出演しますので、よろしくお願いします」


 ガルドが即席で作った看板を掲げ、野太い声で客引きをする。

 セレイナは涼しげに佇み、その美貌で通行人の視線を集めている。注目を集める才能はガルドより高いかもしれない。


「ふむ。今日は暑いし、あの二人に任せておくとするか」

「こら、サボってる場合じゃないだろ!」

「サボりではない。魔獣に備えた体力温存だ」

「出るかどうかもわからないのに温存ってお前なぁ……」


 タケルがビーチチェアで寝転ぶヴァルガンにツッコミを入れていると、不意に海の方からザワッ……と空気が変わるような音が聞こえた。

 波の音が乱れ、海面が不自然に盛り上がる。


「……ん? なんだあれ?」


 何か起きたことに気付いた観光客たちが指差す先。沖合の海から巨大な触手が一本、また一本と突き出してきた。

 ヌメりとした質感、吸盤のついた赤黒い触手。その数は十本を超え、最後には巨大なイカ──魔獣の頭部が海面を割って現れた。


「グオオオオオオオッ!!」


 鼓膜を揺さぶる咆哮。

 大型魔獣『ギガント・クラーケン』が出現したのだ。


『緊急警報! 緊急警報! ビーチに大型魔獣が出現しました、直ちに避難してください!』

「キャアアアアアッ!?」

「逃げろォォォッ!」


 緊急事態を伝える音声が鳴り響き、ビーチは一瞬にしてパニックに陥った。水着姿の客たちが悲鳴を上げ、我先にと陸地へ走る。

 だが、逃げ遅れた子供や老人が波打ち際で立ち尽くしている。クラーケンの触手が、獲物を狙って振り上げられた。


「我のイベント、邪魔させんッ! タケルは客を逃がせ、ガルドとセレイナは援護しろ!」

「了解! みんな、こっちだ! 走れ!」


 ヴァルガンの号令に従い、タケルたちは観光客たちの誘導に回る。ガルドは武器の巨大な盾を構え、セレイナは魔導書を構えて詠唱を始めた。


 ビュンッ!!


 クラーケンの触手が、観光客の一人に迫る。

 その間へ割って入る影。


「軟体動物の一撃なんぞ、我には効かぬ!!」


 ズドォォォン!!


 ヴァルガンの拳が、迫りくる触手を正面から迎え撃った。

 肉が弾ける音と共に、太い触手が粉々に粉砕され、肉片となって海に散らばる。


「ギィヤアアアアッ!?」


 痛みにのたうち回るクラーケン。

 しかし、すぐに再生したのか別の触手が四方八方からヴァルガンを襲う。本体が水中から触手攻撃を仕掛ける限り、致命傷を与えられそうにない。

 触手はビーチにも攻撃を仕掛けてくるが、ガルドが大盾でカバーしながら周囲に被害が出ないよう立ち回っている。


「ちぃっ、数が多い! セレイナ!」

「お任せください。『氷結槍アイシクル・ランス』!」


 砂浜から無数の氷の槍が突き出すように現れ、触手を縫い止める。凍りついた触手は動きを鈍らせ、その隙にガルドが盾で殴りつけて破壊していった。


「おらぁっ! イカ刺しにしてやるぜ!」

「よし、これで観光客の避難は──」


 タケルが周囲を確認していると、目に飛び込んできたのは座り込んで動けなくなっている女性。足を手で抑えている様子から察するに、怪我をしてしまったのかもしれない。慌てて女性の元へ向かい、声をかける。


「大丈夫ですか!?」

「ご、ごめんなさい……足をくじいてしまって……」

「俺が支えます、すぐビーチから離れましょう!」


 肩を貸し、早歩きで移動を始めるタケル。

 ビーチスタッフらしき男性が手を振って駆け寄ってくる姿が見えた、後は彼に任せれば──


「グオオオオオッ!」


 その時、タケルたちに触手が迫ってきた。

 このままでは、女性ごと攻撃されてしまう。


「くっ……こっちだ! 来い!」


 女性をその場に座らせ、わざと触手に向かって走り出した。囮になる作戦だ。

 触手は近づいてきたタケルに反応し、矛先を向ける。


(ルミナスが言ってた、俺は『勇者候補』だって。なら、きっと……!)


 そう、タケルが異世界プリズマリアに呼び出された理由は、魔王をなんとかするための勇者候補。ならば、何かしらの力が秘められていてもおかしくはない。


「うおおおおおおおおおッ!」


 タケルは叫びながら突進し──


 ガシッ。

 そのまま触手に巻き付かれて捕まった。


「へっ?」


 ピンチに陥った勇者が覚醒するという王道展開をイメージしていたタケル。

 だが、現実は非情である。触手は力強くタケルに巻き付いたまま、本体の方へと引っ張っていった。


「ぎょええええええええええ!?」

「げっ!? おいタケル! お前何やってんだ!?」


 叫び声に反応したガルドが助けようとする……が、他の触手が攻撃してきて近寄れない。セレイナが氷魔法を放つも、触手の逃げるスピードが早すぎて足止めの効果もない。


「……! 貴様ァッ!!」


 タケルが捕まっているのを見たヴァルガンの動きが変わった。

 応戦していた触手を一撃で吹き飛ばすと、脚力だけで海面を走りクラーケンの元へと向かう。

 すると、クラーケンは海中からぬっと顔を出し口元を膨らませ……どす黒い液体をヴァルガンに向かって噴射した。


「墨か!?」


 ただのイカスミではない、クラーケン特有の強力な酸を含んだ猛毒の墨。

 浴びれば皮膚がただれ、骨まで溶かされてしまうだろう。


「小賢しい真似を……!」


 ヴァルガンは咄嗟に拳を振り上げ──


「ハアアアアアアァッ!!」


 ドバシャアアアアアンッ!!!!


 海面に向かって叩きつけた。波しぶきで盾を作り、迫りくる墨を受け止める。力を活かしたゴリ押し戦法、これぞ魔王の真骨頂。


「ひいいいい! もうイカ焼き食べないから見逃してくれえええええ!」


 タケルを掴んだ触手が、徐々にクラーケンの口元に近づいていく。

 だが、ヴァルガンは墨攻撃を避けて十分に接近しており、既に攻撃の射程圏内。


「そやつに手を出したこと、万死に値するッ!!」


 ヴァルガンは全身に魔力を滾らせる。

 赤いオーラが身体を包み、筋肉が鋼鉄のように硬化していった。魔王としての『覇気』を拳の一点に集中させて息を吐く。


「砕け散れェッ! 覇王粉砕撃ヴァルガン・バスター!!」


 ドゴォォォォォォォォンンンッッッッ!!!!!!


 拳がクラーケンに当たった瞬間、海面が爆発したような水柱が上がった。衝撃波が海水を割り、海底の砂を巻き上げる。

 クラーケンの巨体は紙屑のように吹き飛び、はるか沖合へと弾き飛ばされていった。


「んぎゃあああああああ!?」

「タケルッ!!」


 衝撃の余波で、ビーチに向かって吹き飛ばされるタケル。

 ヴァルガンは一気に飛び上がり、抱え込むように受け止める。水切り石のように海面を何度も跳ねて、二人は浅瀬付近でようやくストップした。


「ふぅ……怪我はないか?」

「し、死ぬかと思ったぁ……助けてくれて、ありがと……」


 タケルを下ろし、そのまま立ち上がるヴァルガン。

 圧倒的な勝利。ビーチから距離を取って様子を見ていた人々から、割れんばかりの歓声が上がる。


「すげええええ!」

「一撃で倒したぞ!」

「あいつ、何者だ!?」


 ふぅ……と安堵の息を吐き、タケルはゆっくりとヴァルガンを見上げた。


「やったなヴァルガン! さすが魔王……様……?」


 タケルの目が点になった。

 ヴァルガンの様子が明らかにおかしい。


「どうしたタケル、勝利のハイタッチか?」


 魔王は強気な笑顔を向けた。

 しかし、タケルが釘付けになっていたのは彼の顔ではなく──


「し、下! 下ーッ!!」

「下?」


 そこには、あるはずのものがなかった。

 先ほどの覇気の解放、全身から放出した魔力の衝撃。アロハシャツは羽織っていただけなので勢いを逃がす余地があった。

 だが、土産物屋で買った安物のハーフパンツはそうはいかず弾け飛び──

 今のヴァルガンの下半身は、生まれたままの姿だった。


「……」


 一瞬の静寂。

 波の音だけが、ザザァ……と虚しく響く。


 だが、ここで終わらないのが魔王たるもの。

 ヴァルガンは慌てる素振りすら見せず、むしろ堂々と胸を張り腰に手を当てて髪をかき上げた。


「フン。見事なものだろう?」

「なんでドヤ顔なんだよ!? 隠せ! 完全にボロンしてるから!!」


 ポロリなんて可愛いものではない。

 魔王級サイズの代物が、太陽の下で雄々しく存在感を主張している。ボロンどころか、ドォォォォンッ! と効果音がつきそうな迫力だ。


「何を恥じらう必要がある。王たる者、隅々まで鍛え上げている。これもまた我の武器の一つだ」

「武器として使うな! 通報されるわ!!」

「キャーッ!? 不審者よーッ!」

「デ、デカすぎる……!」


 女性客からは悲鳴が、男性客からは畏怖の呻き声が上がる。

 セレイナは呆れた様子で眼鏡を外し、そっと目を逸らした。ガルドは腹を抱えて爆笑している。


「ガッハッハ! やりやがったなヴァルガン、伝説残しすぎだろお前!」

「笑ってる場合じゃないですよガルドさん! 何か隠すものを!」


 タケルは自分の上着を脱ぎ、ヴァルガンの腰に巻き付けようとする。が、魔王はそれを手で制した。


「不要だ。我は隠さねばならんような身体はしていない」

「コンプラ的に問題大アリだっつーの!!」


 結局、タケルとガルドが二人がかりで押さえつけ、無理やり服を巻きつけることで事態は収拾した。

 だが、時すでに遅し。ビーチにいた全員の脳裏に「ご立派な魔王様」が焼き付けられてしまったのだ。最悪のプロモーションである。


「……島の平和は守られたけど、俺たちの品位は死んだな」


 タケルは砂浜に膝をつき、項垂れた。

 ヴァルガンは服を腰に巻いたまま、満足げに海を見つめている。


「構わん、些細なことだ。これでまた一つ、我の名声が上がったぞ」

「上がり方が最低だよ!!」


 魔獣を撃退し、サザンクロス島のトラブルは鎮圧した。だが、別の意味でヴァルガンの大きさと凄みが島中に知れ渡ることになってしまった。

 この噂が吉と出るか凶と出るか。それは神のみぞ知る……いや、こんなこと聞かれても主神アイディールは「知らんがな」としか言えないかもしれない。


「……帰ろう。そして服を買おう。頑丈なやつを」

「うむ。次はミスリルのパンツでも用意しておけ」

「そんなもん売っとらんわ!」


 疲労困憊のタケルと、意気揚々とした魔王。

 凸凹コンビのサザンクロス島での戦いは、まだ始まったばかりである。

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