6. リゾート価格+自腹=破産確定
「RE:Genesisです! フェスで歌います! よろしくお願いしまーす!」
サザンクロス島のメインストリート。
タケルは声を張り上げ、道行く観光客にチラシを配っていた。だが、反応は芳しくない。
「あ、結構でーす」
「暑いからパス」
リゾート気分で浮かれている人々にとって、筋肉アイドルの宣伝などノイズでしかないようだ。チラシを受け取ってもらえても、すぐに扇代わりに使われるのが関の山。
「くっ……やっぱり厳しいか」
タケルは額の汗を拭った。隣ではヴァルガンがアロハシャツの裾をパタパタさせながら、不機嫌そうに立っている。
「受け取れ。損はさせん」
「ひいっ!」
ドスの効いた声でチラシを突き出す魔王、その迫力に怯えて逃げ出す観光客たち。どう見ても逆効果である。
「こらヴァルガン、もっと笑顔! あとサングラス外せよ、完全にカツアゲだから!」
「この日差しの下で笑えるわけがなかろう」
「タケルさーん! ヴァルガンさーん!」
前途多難なプロモーション活動。
そんな中、人ごみをかき分けてこちらに向かってくる人影があった。観光協会のノノだ。いつも元気な彼女だが、今日はいささか顔色が悪い。
「あ、ノノさん。どうしました?」
「実はその~……ちょっと、急ぎの共有がありまして」
ノノは二人の前まで来ると、周囲を警戒するように声を潜めた。
「……フェス開催が危うくなりました。中止になるかもしれません」
予想外の言葉に、タケルは目を見開いた。
フェス中止? ここまで来て?
「えっ、どういうことですか? 何かトラブルでも?」
「はい。ついさっき、魔獣警報が観光協会に届いて……」
彼女は深刻な顔で、一枚の紙を取り出した。
そこには『サザンクロス島沿岸部にて、大型水棲魔獣の反応あり。警戒レベル大』と記されている。
「大型魔獣……? そんなの出るのに観光シーズンなんて、危なすぎませんか?」
「いえ、普段このシーズンではまずありませんっ! 島の周りには結界もありますし、定期的に騎士団が見回りもしてますから」
困惑したように首を振りながら、ノノは別の資料を見せる。
そこには『サザンクロス島を楽しむなら、魔獣の影響がない観光シーズンが狙い目!』と書かれている。
「でも、観測所から『異常な魔力反応がある』って連絡があって……。もし本当に魔獣が出たら、みなさんの安全第一なのでイベントは中止せざるを得ません」
「そんな……」
中止になれば、これまでの準備がすべて水の泡だ。エリオに対抗して『筋肉アイドルの本家はこっちだ!』とアピールするチャンスも失われてしまう。
「で、大変申し上げにくいのですが~……イベント中止だと『仕事』の契約は解除になります。つまり、出演料や宿泊費などの補助もなくなりすべて自費払いになるかな~と……」
「え゛っ」
タケルの顔から血の気が引いた。
旅費、宿泊費、それらはすべて観光協会持ちという条件だったはずだ。それが無効になる、これまでの滞在費や帰りの船代がすべて自腹。おまけにギャラなし。
(待て待て待て! 音楽祭の賞金じゃ全然足りないぞ!? 俺たちの今の財政状況で、リゾートの請求書なんか来たら……破産だ!)
脳裏に浮かぶ、借金取りに追われる未来。
蟹工船に乗せられ、極寒の海で地獄のような生活をする自分の姿。
「そ、それは困ります! 何とかならないんですか!?」
「私も何とかしたいんですけど、規定が……。もちろん、まだ確定じゃありませんっ! ただの誤報かもしれませんし、魔獣が来なければ大丈夫ですっ!」
ノノは明るくフォローするが、不安は拭えない。
タケルがうんうん唸って悩んでいると、それまで黙っていたヴァルガンがぐい、と前に出た。
「フン。くだらんことを気にするな」
魔王はサングラスの奥から鋭い眼光を覗かせ、ノノを見下ろした。
「魔獣が出たらどうする、だと? 愚問だな」
「へっ?」
「叩き潰し、イベントを開催する。それだけだ」
あまりにもシンプルで暴力的すぎる解決策。
ノノがポカンとする中、ヴァルガンは胸を張って傲然と言い放つ。
「我の晴れ舞台を邪魔するなら、一匹残らず海に沈めてやる。貴様らは安心して準備を進めればいい」
「いやいやいや! またそうやって力技で解決しようとする! 相手は大型魔獣だぞ? しかも海の中だ! お前、泳げるのかよ!?」
「海ごと蒸発させればよかろう」
「環境破壊だっつーの! 観光地を焦土にしてどうすんだ!」
「ならば一点集中で凍らせるか」
「氷河期もダメだ! 極端なんだよお前は!」
この魔王に任せたら、魔獣より被害が大きくなる未来しか見えない。
タケルの肩をポンと叩き、ヴァルガンはニヤリと笑った。
「なあ、タケルよ。イベントがなくなったら、宿代も何もかも吹き飛ぶぞ? 貴様の財布は耐えられるのか?」
「うぐっ……」
痛いところを突かれた。
物理的な脅威よりも、経済的な脅威の方が今のタケルには恐ろしい。
「我ならば魔獣を排除し、イベントを開催させ、貴様の財布も守ってやれる。……どうだ? 完璧な筋書きだろう」
自分に任せればすべて解決できるぞという悪魔の囁き。
タケルは数秒間葛藤し──ガシッとヴァルガンの手を握った。
「……頼りにしてるぞ、ヴァルガン! お前が希望の星だ!」
「ククク、そうであろう。任せておくがよい」
「そういうわけなんで、ノノさん。魔獣は俺たちがなんとかします! もし何か出たら、RE:Genesisが責任を持って『演出』として処理しますから!」
「えぇ……? ほ、本当に大丈夫なんですか……?」
「はい! 上手くいけばヴァルガンをアピールするプロモ活動になるはずです。ビシッと決めますよ!」
ノノは若干不安そうな顔をしたが、二人が自信満々に頷く様子を見て少しだけ安心したようだ。再び笑顔を浮かべ、タケルの手を握る。
「わかりました……! そう言ってもらえるなら心強いです。フェスを開催できるよう、何かあったらよろしくお願いします!」
「任せてください! 島の平和と俺の財布は死守してみせます!」
タケルは拳を突き上げた。
新たな火種が生まれたが、やることは変わらない。目の前の敵、魔獣と借金の危機を倒し、ステージに立つ。それだけだ。
「そうと決まれば腹ごしらえだ。戦の前に精をつけねばならん」
「さっき昼飯食ったばっかりだろ!」
「おやつは別腹だ。あそこの屋台が気になっていてな」
ヴァルガンはそのまま屋台の方へと歩き出す。ある意味、この魔王は魔獣より厄介だなと思いながら、タケルは財布を取り出した。




