4. 休息と焦燥とダーティな裏事情
広々としたリビングにあるふかふかのソファに沈み込んだ瞬間、これまでの生活とクオリティが何もかも違うことをタケルは痛感した。
観光協会が手配してくれたトロピカルな木に囲まれた一等地に建つコテージ。窓の外にはプライベートビーチと満天の星空。ジャグジー風の風呂場まであり、宿泊施設としてはスイート相当の格に違いない。
テーブルにはルームサービスで運ばれてきた、伊勢海老のような巨大甲殻類のグリルや、色鮮やかなトロピカルフルーツ、そして最高級のドリンクが所狭しと並べられている。
「……美味い。美味いんだけどなぁ」
タケルはフォークでプリプリの身を突き刺しながら、肩を落とした。
本来なら「ヒャッハー! これが成功者の味だぜ!」と小躍りしてもいいシチュエーション。だというのに、喉を通る料理は美味しくてもどこか味気なく感じてしまう。
「しけた面してんなぁ、タケル。ほら飲め飲め、高い酒だぞ?」
ガルドがワインボトルを傾け、タケルのグラスに注ぐ。
リラックスしている様子だが、その瞳の奥には微かな苛立ちが見え隠れしていた。陽気な彼でさえ、昼間の出来事を消化しきれていないのだ。
「フン。味は悪くないが、勝利という名のスパイスが足りん」
ヴァルガンはソファに深々と腰掛け、骨付き肉に齧り付いている。
その態度はいつもの不遜な魔王そのものだが、咀嚼する力がいつもより強い気がするのは気のせいだろうか。
「……やっぱり、気になりますよね。エリオのこと」
タケルが口を開くと、部屋の空気が一段と沈んだ。
あの凄まじい集客力。そして、自分たちのスタイルを模倣し、さらに大衆向けに媚びたパフォーマンス。何より悔しいのは、それが「ウケていた」という事実だ。
「わかりやすい刺激、手っ取り早い接触。色々楽しみたいリゾート客向けなら正しいといえば正しい。俺たちのやり方が、ここではまどろっこしく見えるかもしれません」
「耳が痛い話だ。いい曲を作ろうが、存在すら認識してもらえないんじゃ話にならねー」
「そうなんですよ。入り口で負けてるんです」
ポロン、とレオンが手慰みにウクレレを鳴らした。その音色は哀愁を帯びている。
パクリだ、偽物だと罵るのは簡単だ。だが、「客を呼べたもん勝ち」という残酷な現実を否定することはできない。現状、RE:Genesisはマッスルプリンスに完敗しているのだ。
「それに、敵はエリオさんだけではありません」
セレイナは眼鏡の位置を直し、いくつかの紙をテーブルの上に広げた。
そこに載っていたのは、エリオが所属する事務所『オフィス・グリード』に関する資料だった。
「気になったので少し調べましたが……予想以上に、根が深いようです」
「根が深いって、どういうことだ?」
「彼らのやり口です。オフィス・グリードは、単に流行りに乗るだけの事務所ではありません。競合を意図的に潰すことでシェアを拡大した、かなりダーティな組織です」
セレイナが指し示した資料には、過去にオフィス・グリードと競合したユニットやパフォーマーたちの末路が記されていた。
活動停止、解散、引退。不自然なほど多くのライバルたちが消えている。
「豊富な資金を武器に、イベント主催者に圧をかけます。協賛金を盾に所属タレントを優遇させ、ライバルの出番を削ったり不利な時間帯に回す。ノノさんの反応を見るに、今回も同じ手口でしょう」
「あー……やっぱりか」
タケルは天井を仰いだ。
ノノが話していた、観光協会でもプッシュされていたという言葉。
あれは単に人気があるからというだけではなく、金を積まれたからこそ推されているという意味でもあったのだろう。
「さらに悪質なのは、スケジュールのぶつけ方です。狙った相手と同じイベントに、似たコンセプトのタレントを送り込む。そこで派手な宣伝と過激なサービスで客を奪い、相手の心を折る」
「性格悪ッ!!」
「潰し屋ってわけか。クソみてぇな連中だ、気に食わねぇ。なら、今回の遭遇も偶然じゃねぇってことだな?」
「恐らく。RE:Genesisが新人音楽祭で受賞した直後ですから、次のターゲットとしてロックオンされたのでしょう。潰して、その人気を吸収するために」
セレイナの分析を聞き、タケルは戦慄した。
単なるパクリ騒動ではない。これは組織的なRE:Genesis潰しの包囲網なのだ。
「フン。くだらん真似をしおって」
ヴァルガンが鼻を鳴らし、手にしていた肉の骨をへし折る。
腹が立っている様子ではあるが、闘志は一切折れていない。
「金と権力で舞台を歪めるとはな。実力で勝てぬ雑魚の浅知恵よ」
「そう言って笑い飛ばせればいいんだけどさぁ……現実は厳しいぞ」
タケルは前のめりになって、全員の顔を見回した。
「みなさん、今回の仕事の条件を覚えてますよね? フェス本番のステージはもちろんですが、それまでの期間の『プロモーション活動』も含めての依頼です」
「ああ。街を盛り上げて、観光客にアピールってやつだな」
「そうです。でも現状、その主導権は完全にエリオたちに握られています」
あのイベントの盛り上がりを見るに、エリオ側の話題性は抜群。これから街でのプロモーションも活発化するだろうし、そうなれば話題の中心は常に彼らだ。
もしこのままフェス本番を迎えてしまったらどうなるか。
「俺たちがプロモで負けたまま本番を終えたら、世間からどう見えると思います?」
「……本家よりパクリの方が優れている、か」
レオンが苦々しげに呟く。
数字は他人と比較する上でのわかりやすい指標だ。実際に見てパフォーマンスがどうだったか論ずるより、勝った側が成果をアピールすれば「データとしては事実」だから否定できなくなる。
「その通りです。RE:Genesisより、マッスルプリンスの方がエンタメとして完成されている。筋肉アイドルといえばエリオ。そんな評価が定着しかねません」
「おいおい、それはマズいんじゃねぇか? これから打って出ようって時期に、そんなレッテル貼られたら……」
「活動に急激なブレーキがかかります。最悪、俺たちへのオファーが激減してまたドブさらいの日々に逆戻りです」
その言葉に、全員が息を呑んだ。
これは単なる一イベントの勝敗ではない。今後のRE:Genesisの運命を左右する、分水嶺なのだ。
「だからこそ、負けるわけにはいきません! エリオたちのやり方が汚かろうが何だろうが、結果を出して黙らせなきゃいけない!」
タケルはそれぞれの顔を見ながら熱く語った。
しかし、精神論だけで勝てる相手ではないことも理解している。
「とは言っても、今のところ案はないですが……。あっちの真似をするのは違いますよね、俺たちの良さが死んじゃいます」
「当然だ。我は安売りなんぞせん」
「かといって、これまで通りのやり方じゃ見向きもされない。……どうすりゃいいんだ」
八方塞がりにも思える状況。
部屋に沈黙が落ちる。波の音だけが、やけに大きく響く。
「……なぁ、タケル」
沈黙を破ったのはガルドだった。
彼はワイングラスを回しながら、不敵に笑った。
「俺ら冒険者が未知のダンジョンに挑む時、どうするか知ってるか?」
「え? 地図を用意するとか、準備をするとかですか?」
「それも必要だが、一番大事なのは『試し打ち』だな。いきなり突っ込むのは素人だ。まず小石を投げる、一発軽く殴る、魔法を撃つ。少しずつ反応を見て、何が効くか探るんだ」
「試し打ち……」
「おう。今は『リゾート』っていう特殊なダンジョンに放り込まれた状態だ。今までのやり方が通じねぇなら、一つずつ試して確かめりゃいいんじゃねぇか?」
その言葉に、タケルの中で何かがほどけた。
そうだ。最初から正解を出そうとして悩みすぎていた。
相手はエリオだけじゃない、ここにいる観光客たちだ。彼らが何を求めているのか、何になら心を動かすのか。それを知らずに机上の空論で悩んでいても仕方がない。
「……テスト、ですね」
タケルは顔を上げた。
その瞳に、プロデューサーとしての光が戻る。
「明日からのプロモーション活動、いきなり一発逆転を狙うのはやめましょう。まずは『アピールテスト』です!」
「ほう? 具体的にはどうするのだ」
「何がウケるか試そう! 歌ってみる、筋肉を見せてみる、トークで笑わせてみる、人助けをしてみる……。色んなアプローチをぶつけて、客の反応を見る!」
「なるほど、トライ&エラーですね。データ収集と考えれば合理的です」
手元の紙にメモを起こしていくタケル。
その案で何をチェックするのか、どういった意味でのテストなのか。ただがむしゃらにやるのではなく、テストとしての精度を高めることも重要だ。
「エリオが『エロと接触』の一点張りなら、俺たちは手数を増やして対抗する。RE:Genesisらしく、この島の人たちに刺さる『何か』を見つけ出すんです!」
「面白ぇ! それなら俺らも協力できるぜ!」
「南国風、バラード……曲のアレンジを変えて試すってのもアリだな」
仲間たちの前向きな言葉に、タケルの不安が消えていく。
オフィス・グリードがどれだけ汚い手を使おうと、自分たちにはこのチームがある。そして何より、最強アイドルである魔王がいる。
「よし、決まりだ! 明日は早起きして、島中で実験開始だ!」
「フン。我を実験台にするとはいい度胸だ」
ヴァルガンは楽しそうに笑い、骨付き肉の最後の一片を口に放り込んだ。
「停滞こそが最大の敵。動き、試し、勝ち筋を見出す。戦の基本だな」
「そういうこと。よーし、そうと決まれば腹ごしらえだ! この料理、残さず食い尽くすぞ!」
「おう! 飲むぞー!」
タケルたちは再びグラスを掲げた。
先ほどまでの空気は消え、前向きな意志に満ちている。高級コテージの夜は、作戦会議という名の宴へと変わっていった。
明日からは泥臭く、反撃の狼煙を上げるための「実験」が始まる。魔王軍の夏休みは、ここからが本番だ。




