3. 数字さえ取ればいい。過激ファンサの甘い罠
「RE:Genesisさん、お願いしまーす!」
スタッフの声がかかり、ヴァルガンは特設ステージへと上がった。
先ほどまでエリオが立っていた場所。まだ熱気が残っているが、その種類はタケルたちが求めているものとは違う。どこか粘着質で、甘ったるい匂いが漂っていた。
「前にもやった曲で、この場所に合うのは……『灼夏の夢火』だ。本気を見せてやれ、ヴァルガン!」
タケルは自分に言い聞かせるように叫び、音響スタッフに音源を渡して合図を送る。ここで圧倒的なパフォーマンスを見せつければ、エリオの薄っぺらい空気を塗り替えられるはずだ。
「いくぞ。……ハァッ!」
曲が流れ始め、ヴァルガンが声を出す。
それだけでスピーカーが震え、空気がビリビリと振動した。この桁外れの音圧に誰もが振り返る──はずだった。
「キャーッ! エリオ様ーっ!」
「近い、近いよぉ!」
しかし、観客の反応は鈍い。いや、反応すらしていない。
彼女たちの視線はステージ上ではなく、ステージ袖の通路に向けられていた。
「……は?」
タケルが視線を向けると、そこでは信じられない光景が繰り広げられていた。
ステージを終えたエリオが、即席の握手会を始めていたのだ。しかも、ただの握手ではない。
「どーも、ありがとね~♡」
エリオは感謝の言葉を伝えながら女性客の手を両手で包み込み、顔を至近距離まで近づけて囁く。
「君の手、すっごく柔らかいね。……ドキッとしちゃったよ」
「きゃああああ!!」
耳元での甘い囁き。
さらに、別の客には背後から抱きつくようなハグをしたり、希望者をお姫様抱っこしてその場で一回転したりしている。
「おいおいおい! 距離感おかしいだろ!?」
タケルは絶句した。アイドルとファンの距離感ではない。ホストクラブか何かの営業だ。しかし、その過激なサービスに観客たちはメロメロになっている。
リゾートという非日常空間が理性のタガを外させ、より直接的な快楽を求めてしまっているのだ。
「次、オレちゃんにお小遣いくれる子は誰かな~♡」
「はーい! 私、私払う!」
「私も! ハグして!」
エリオの元にお金が飛ぶように集まっていく。
歌を聴かせず、身体のアピールと接触を売りにする露骨な営業で稼ぐ。それは、タケルが信じてきたアイドルの感動とは対極にある光景だった。
ヴァルガンはかつてのステージと同じ、いや、その時よりも成長したパフォーマンスで歌いこなしている。だというのに、反応してもらえない。
「なんなんだよこれ、歌も聴かずに……!」
ヴァルガンがどれだけ良い声を出しても、視線さえ向けてもらえない。見てもらえなければ届かない。
アイドルにとって無視されることは、嫌われることよりも残酷な仕打ちだ。
「……悔しいが、あっちの方がわかりやすいってことだな」
顎髭をザリザリと擦りながら、ガルドが苦々しげに呟く。
「リゾートに来て浮かれた客が求めるのは『楽しい』だ。手っ取り早い快楽、自分だけを見てくれる錯覚。そっちの方が、需要があるっつーわけか」
「ええ。数字にも表れています」
冷静に魔導端末を操作していたセレイナが、画面を見せてきた。
そこには、今回のイベントで集まったであろう集客数とグッズ売上の速報値が表示されている。
「エリオさんの数値はずば抜けていて、他の参加者と比べ物になりません。……下品だ、安っぽいと批判しても、数字を出している事実は覆せません」
「くそっ……! これが芸能界の闇かよ……!」
正しい努力が報われるとは限らない。勝つために手段を選ばない者が強い。そんな理不尽をまざまざと見せつけられている気分だった。
ヴァルガンは、力強くパフォーマンスを続けていた。
客の反応がどうなろうが手を抜くことはない。プロとして、そして王として逃げたりはしない。ステージを見ようともしない客席に向かって、全力で歌った。
*
ライブを終えたヴァルガンと、タケルたちが合流したその時。エリオがヘラヘラと笑いながら近づいてきた。
その手には、ファンから貢がれたのであろうトロピカルジュースを持っている。
「お疲れ~! さっすが本家さん、迫力あったね! 誰も聴いてなかったけど」
「……っ!」
直球の嫌味。
思わず掴みかかってしまいそうになるタケルを、ガルドが止める。それでも悔しさを抑えられないタケルは、エリオに感情をぶつけた。
「歌を聴かせないで、そんな接触営業ばかりしてて虚しくないのかよ! アイドルなら、ステージで勝負しろよ!」
「虚しい? なんで? オレちゃんは客が欲しいものをあげて、対価として愛をもらってるだけ。Win-Winじゃん」
キョトンとした顔で首を傾げるエリオ。
それで売れるとわかりきっているのに、なんでやらないんだ? と心から不思議に思っている様子だ。
「そんなの愛じゃない、ただの依存だろ!」
「もー、堅苦しいなぁ。みんな幸せなんだからいいじゃん」
エリオは自身の鍛え上げられた腹筋をポンと叩いた。
「大体さぁ。ルックスも、筋肉も、エロさも、サービス精神も……全部オレちゃんが上でしょ? お客さんは正直だよ。欲しいものをくれる人のとこに行くんだよ」
その言葉には歪んだ自信があった。自分の肉体を、笑顔を、魂を切り売りすることに何の躊躇いもない。
自分が商品であることを受け入れ、最大限に利用している。ある意味で、彼もまたプロフェッショナルなのだ。
「……」
ヴァルガンは反論せず、じっとエリオを見下ろしている。
怒りではない。侮蔑でもない。戦場で傷だらけになりながら戦う兵士を見るような、奇妙な静けさだった。
(こやつの目、笑っていないな)
口では軽薄なことを言っているが、その奥底にある感情は凍りついている。
自分自身すら道具として使い捨てようとする、冷徹な覚悟。それは王として生きるヴァルガンにとって、理解できなくはない領域だった。
「ま、フェスまで頑張りなよ。本番はオレちゃんの前座として、盛り上げ役くらいには期待してるからさ♪」
エリオはジュースを飲みながら、振り返ることすらなく会場の外に向かう。
残されたタケルたちは、南国の熱気の中で冷たい敗北感を味わっていた。
*
控室に戻ると、観光協会の担当者であるノノが申し訳なさそうな顔で待っていた。
「みなさん、お疲れ様でした。その、大変そうでしたね……」
「あはは……まあ、アウェー感はありました」
「でも、すっごいパフォーマンスでしたよ! それは私が保証しますっ!」
ノノはテンション高く、ヴァルガンのステージを褒めてくれた。その言葉で少しだけタケルの気持ちは楽になったが、だからこそ観客たちの反応の薄さが歯がゆく感じてしまう。
「観光協会としては、エリオさんのことを黙認しているのですか? 正直、あまり褒められたやり方ではないと思いますが」
セレイナが質問すると、それまで明るく振る舞っていたノノの表情が曇った。
「実は、今回のイベント……オフィス・グリードさんが、かなりの協賛金を出してくれてるんです。だから、彼らの活動を止めるわけにもいかなくて……」
「げっ、あいつらの事務所がスポンサーになってやがんのかよ?」
「はい……。私たちとしても、島の風紀が乱れるような行為は困るんですけど、お客さんの反応が良いのも事実で……」
ノノは致し方なく、といった様子でため息をつく。
リゾート観光を盛り上げたい気持ちと、刺激を求め続ける客層との板挟み。彼女もまた、中間管理職の辛さを味わっていたのだ。
「でも、まだ本番まで時間はあります! フェスまでのプロモーションで、RE:Genesisさんの良さをアピールして、お客さんの心を掴んでほしいんですっ!」
ノノは手を合わせ、頼み込むようにタケルたちを見つめた。
「エリオさんのやり方がすべてじゃないって、証明してください! 私もできる限りの協力はしますっ!」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると心強いです」
「うむ。時間はあるのだ、必ず我が頂点に立ってみせるぞ」
ヴァルガンは頷き、気合を入れるように手を叩く。
でも、タケルの胸のモヤモヤは晴れなかった。正攻法で、あの過激な刺激に勝てるのか? 「歌」という武器だけで、あの熱狂を奪い返せるのか?
リゾートを楽しむはずが、プロデューサーとしてどう戦うべきか新しい悩みのタネができてしまった。




