1. 南国リゾート上陸! 魔王様、アロハシャツを着る
眩しい日差し。澄み渡る青い空。視界いっぱいに広がるエメラルドグリーンの海。
その波間には、マナの粒子がきらきらと光を散らしている。夜になると海全体が星空のように淡く発光する現象が、この島が『星降る楽園』と呼ばれる理由。
「海だあああああああああっ!!」
タケルの絶叫が南国の空に木霊した。
ルミナ・シティを離れ、船に揺られること数日。彼らが降り立ったのは、世界屈指のリゾート地『サザンクロス島』の港だった。
新人音楽祭から一ヶ月。サザンクロス島観光協会に仕事を受けると返事をしてから、諸々のスケジュールを調整。しばらく島で過ごしても問題ないよう、一通り済ませてようやくのバカンスだ。
「これだ……俺が求めていたのはこれなんだ! 書類の山でも胃薬の味でもない、トロピカルな風! 開放感! これぞご褒美!」
「ガッハッハ! 違げぇねぇ! 見ろよこの太陽。俺のこのボディを焼いて、大人の色気を見せつけるにはうってつけだな!」
「二人とも、そんなにはしゃがないでください。品位が疑われます」
大騒ぎするタケルとガルドを見て、呆れ声を上げるセレイナ。
彼らの格好はいつもの服装ではない、いつでも常夏の場所で過ごしやすいように半袖の動きやすいものに変えていた。
セレイナもいつもの事務的な制服ではなく、オフィスカジュアルの涼しげなワンピース。その手には観光ガイドブックがしっかりと握られており、リゾートを満喫する気満々のスタイルである。
「あ~……眩しい。酒が抜けね~……」
二日酔いなのか、サングラスをかけたレオンがふらふらと船から降りてくる。手にはウクレレのような現地の楽器を持っていた。
「それ、船の中で買ったやつですよね? 酔いが残ってるわりに、楽器弾く余裕はあるんですね……」
「うるせーな、音楽家なんだから当然だろ。ポロン、ポロン……うん、次の曲のイメージが湧いてきそうだ」
「あのー、それより荷物運び手伝ってください」
「悪いが俺は楽器より重いものは持てねーんだ。例外は酒」
タケルの言葉を右から左に聞き流し、フラフラと歩いていくレオン。その後ろから、巨体がぬらりと姿を見せた。
「むぅ……」
ヴァルガンは苛立たしそうに空を睨みつけていた。
その額からは滝のような汗が流れている。他の面々が南国気分に浸る中、一人だけいつものパーカーに革パンツ姿だ。
「不愉快だ……。この地の太陽は、なぜこれほどまでに傲慢で暑苦しい!」
ジリジリと肌を焼く日差しと湿気を帯びた熱風。魔王にとって、南国の陽気さは属性的な意味でも相性が最悪だった。
「我を見下すかのように照りつけおって……。こうなれば、極大氷結魔法で凍らせて──」
「いきなり台無しにしようとするんじゃない!」
指先に冷気を溜めようとしたヴァルガンを、タケルが必死に止める。
リゾート初日に氷河期を招来されてはたまらない。
「あのな、この熱気こそがバカンスの醍醐味なんだぞ? 思いっきり楽しまないと!」
「楽しむ? この灼熱地獄をか? 正気とは思えんな……」
「後で冷たいもの飲ませてやるから。とりあえず観光協会に行こう、まずは仕事の話を聞かないと」
タケルは文句を言う魔王の背中を押し、港の出口へと向かった。
*
港から少し歩いたところにある、サザンクロス島観光協会のオフィス。
木造の風通しの良い建物に入ると、一人の少女が元気よく飛び出してきた。
「あっ、RE:Genesisさんですね? お待ちしてました! ようこそ、サザンクロス島へっ!」
健康的な肌に、鮮やかな花の髪飾りを付けたポニーテール。前結びの半袖シアーブラウスと、へそ出しのクロップドタンクトップ。動きやすいショートパンツにサンダル、活発そうな格好にピッタリの弾けるような笑顔と底抜けに明るい声。
「はじめまして、観光協会イベント担当のノノです。どうぞよろしくお願いしますっ!」
「ど、どうも。プロデューサーのタケルです」
あまりのテンションの高さにたじろぐタケル。
ノノはヴァルガンを見て目を輝かせ、パチパチと手を叩きながら喜んだ。
「おおっ、すごーい! 動画で見た通り、ムキムキで強そうですね。これならインパクト抜群、期待できそうですっ!」
「フン。小娘、我を誰だと思っている? 気軽に見世物扱いするな」
「あはは、すみません! でも、本当に困ってたんですよ~。あ、こちらにどうぞ」
ノノはテキパキと席を勧め、ウェルカムドリンクのフルーツジュースを配りながら説明を始めた。
「この島、リゾート地として盛り上がってはいるんですけどね。ただ、『綺麗な海と美味しい食事』だけじゃ、マンネリ化してるって言われちゃうんです」
「贅沢な悩みだな。俺からすりゃ天国みてぇな場所だが」
ガルドがジュースを一気に飲み干して言うと、ノノは困ったように眉を下げた。
「別の刺激が欲しいそうなんです。だから今年の『サザンクロス・フェスティバル』は、ガツン! とインパクトのあるゲストを呼ぼうと決まったんですよ」
「なるほど、だからヴァルガンにオファーが来たんですか」
「はいっ! ライブしながらワイバーンと戦うアイドルなんて、どこを探してもいませんから。マンネリなんて言わせないよう、ドカーンと思いっきりやっちゃってください!」
ノノは拳を突き上げて力説する。盛り上がる一同を横目に、セレイナが冷静に契約書を確認していく。
「内容は事前に伺った通り、『フェス開催までのプロモーション』と『フェス出演』ですね。旅費と宿泊費、そしてフェスの出演料。申し分ない条件です、問題ありません」
「確認ありがとうございます! では、今日は簡単に街と会場の案内をしますね。それが終われば、後は自由時間ですのでっ!」
「やった! 聞いたかヴァルガン、リゾート満喫タイムだぞ!」
「ぬぅ……またあの熱気を浴びるのか……」
*
ノノの案内で、一行はフェス会場となる広場へ向かって歩き出した。
メインストリートは観光客で溢れかえっている。通りには色とりどりのフルーツを山積みにした屋台が並び、陽気な音楽を奏でる現地の楽団が練り歩いている。
(へぇ~……なんていうか、沖縄と海外が混ざったような雰囲気だな)
タケルはキョロキョロと周囲を見回し、珍しい串焼きやスイーツに目を輝かせていた。色鮮やかに光る巨大な花が咲いていたり、まんまるな体型をした謎の鳥がうろついていたりと異世界であることを実感する。
どこからともなく流れてくる、リゾートの空気を感じさせる音楽も特徴的だ。
「面白いリズムだ。三拍子と四拍子が入り混じってるのに、不思議と心地いい。この音階はこっちの地方特有のものか? おいタケル、メモっとけ」
「自分でやってくださいよ。俺は今、この空気を楽しむので忙しいんです」
「この暑さで……何を楽しめというのだ……」
「そんなヴァルガンさんに~……はい、これどうぞっ!」
屋台から何かを買ってきたノノが、ヴァルガンに差し出した。
茶色くて毛むくじゃらの、砲弾のような物体。
「……なんだこれは。新手の爆弾か?」
「違いますよ、ジュースです! ここ、ストロー差してあるので飲んでみてください」
ヴァルガンは警戒心全開で毛むくじゃらの玉を睨みつけたが、ノノの笑顔に押されて渋々ストローを口に含んだ。
チュゥ……。
「……む? ほのかに甘い。悪くないな」
「でしょう? 冷やしてあるので飲みやすくて、栄養たっぷり。熱中症対策にもなるんです!」
「フン。供物としては認めてやろう」
ヴァルガンはズズズと音を立ててココナッツジュースらしきものを飲み干した。どうやら気に入ったらしい。
だが、水分補給をしたところで熱気に耐えられるわけがなかった。
「ぐ……むうぅ……」
歩き続けて数十分。ヴァルガンの足取りが目に見えて重くなっていた。
直射日光を浴び続け、パーカーの中はサウナ状態になっていることは想像に難くない。
「はぁ、はぁ……鎧が、重い……」
「おいヴァルガン!? 大丈夫か!?」
タケルが慌てて駆け寄った。
ヴァルガンの顔色が悪い……というか、茹でダコのように赤い。パーカーの前を開けているが、全身ダラダラと汗を垂れ流し続けている。
「限界だ……。このままでは、溶けてスライムになってしまう……」
「そんな面白い最期迎えてどうする!」
周囲を見渡し、タケルの目に飛び込んできたのは派手な看板の土産物屋。ヴァルガンを引っ張り、そのまま店内へ飛び込む。
「おーい店員さん! 涼しく過ごせる一番デカい服をください! 急ぎで!」
*
数分後。
店の試着室から、着替え終えたヴァルガンが出てきた。
「どうだ、タケル?」
「おおっ……!」
髪色に合わせた燃えるような赤をベースに、極彩色の花とドラゴンが乱舞する柄の派手なアロハシャツ。サイズは限界ギリギリなので閉じられず、前は開けっ放し。下は膝丈のハーフパンツとグラディエーターサンダル。
そして、目元には強面を隠す……どころか強調するゴツいサングラス。
「ガッハッハ、似合ってんじゃねぇか! どっかの悪党みてぇだけどな!」
ガルドが腹を抱えて笑った。確かに、堅気の人間には見えない。南国へシノギの回収に来たマフィアのボスと言われても納得してしまう迫力だ。
「サイズもなんとかなってよかったですっ! これなら涼しいですよね?」
「うむ、風通しが良く過ごしやすい。快適だ」
ヴァルガンはパタパタとシャツの裾を仰ぎ、少し涼しそうな顔をした。素材は上質なシルクのような肌触りで汗をかいても張り付かない、機能性は抜群だ。
「いい感じじゃないか。『リゾートの王』って感じで貫禄あるぞ」
「フン。貴様が言うなら信じてやるとしよう」
(より適切に表現するなら『Vシネマの帝王』だけど……)
タケルの褒め言葉に乗せられ、ヴァルガンはサングラスの位置を直して嬉しそうに笑った。
貫禄がありすぎてヤの付く自営業にしか見えないのだが、本人が満足ならそれでいい。
「それじゃ、先に向かいましょうか。会場はもうすぐそこですよっ!」
店から出てノノが指差す先、広場の方角に向かって一同が歩き出すと──
ワァァァァァァァッ!!
キャァァァァァァッ!!
黄色い声援。地響きのようなコール。
明らかに、大勢の人間が熱狂している音が聞こえてきた。
「ん? なんかすごい歓声が聞こえるぞ?」
「ああ、会場で他にもイベントをやってるからですね。フェスまでの間に色んな企画が盛りだくさんなんですよっ!」
「へぇ~。他のアイドルも来てるなら見ておきたいな。共演する人に挨拶もしたいし」
タケルが期待に目を輝かせた。
アイドルという文化自体が好きだからこそ、どんなイベントをやっているのか楽しむ機会だと胸を躍らせている。
「イベントか、ちょうどいい。真のアイドルたる我の姿を見せつけに行くぞ」
「今回は観客なんだから、大人しくしてろよ?」
一同はステージに向かって、意気揚々と歩き出した。
その先に待っているものが「偽物」だとは、まだ知らずに。




