23. 打ち上げは思い出の公園で
新人音楽祭の興奮と喧騒が、まだ肌に残っているような夜。
会場を出たタケルとヴァルガンは、家に向かって歩いていた。他のメンバー──レオン、セレイナ、ガルドは先にそれぞれの帰路についている。
「ふぅ~……ようやく終わったな」
「ああ。長かったような、あっという間だったような一日だ」
ヴァルガンは夜風に赤い髪をなびかせながら、どこか満足げな横顔を見せている。その手には、審査員特別賞のトロフィーが握られていた。
「なぁ、明日はみんなで祝勝会だけどさ。ちょっとだけ前祝いしないか?」
「悪くない提案だ。ならば、少し寄り道するとしよう」
二人は通りがかりの店に立ち寄り、冷えたエールとジュースの缶を購入。それから向かった先は、雨の中でライブを行ったあの公園だ。
街灯が頼りなく揺れる夜の公園は、静まり返っていた。昼間の喧騒が嘘のように、今は虫の音だけが響いている。タケルとヴァルガンはベンチに腰を下ろし、買ったばかりの飲み物を取り出した。
「お疲れ様、かんぱーい」
「うむ」
カシュッ、という小気味よい音が二つ重なり、缶が軽く触れ合う。
タケルはジュースを一口飲み、大きく息を吐いた。甘酸っぱい炭酸が、叫びすぎて渇いた喉に染み渡る。
「……すごかったよなぁ、今日のライブ」
少し間を置いてから、タケルがポツリと呟いた。
「客席から見てて、鳥肌が止まらなかったよ。お前が出てきた瞬間、空気が変わった。あんな経験、そうそう出来るもんじゃない」
「貴様の顔も見物だったぞ。口をぽかんと開けて、マヌケ面を晒していたな」
「しょうがないだろ! だって、何も知らされてなかったんだから!」
タケルは確信していた。もし事前に何か知らされていたら、あの衝撃はなかったと。蚊帳の外だと思っていたのは事実だが、だからこそ得られた感動なのだと。
「正直言うと、結構寂しかったんだぞ」
「ほう?」
「今まで二人三脚でやってきたのに、オリジナル曲作りでいきなり外野にされてさ。俺、もう用済みなんじゃないかとか、リザさんの店で言っちゃうくらいには凹んでた」
缶を弄りながら、タケルは苦笑いした。
今だから言える本音だ。あの時は、本当に胃が痛くなるほど悩んだ。
「でもさ。お前が俺を裏切るような奴じゃないって思ったら、楽になった」
「……」
「ヴァルガンなら絶対、俺の想像を超えるモノを作ってくれるはずだって。根拠なんてなかったけどな」
魔王はエールの缶を見つめたまま、タケルの言葉を静かに聞いていた。
「結果、大正解だったよ。あんなサプライズ、反則だって」
「フン。貴様を驚かせるためだけに、どれだけ苦労したと思っている」
ヴァルガンは呆れたように息を吐き、ベンチの背もたれに体重を預けた。
「一番苦戦したのが歌詞だ。『血塗られた絆を紡がん』や『首を狩るまで離さない』と、我なりに情熱を込めたが何度も文句を言われてな」
「そりゃ言われるわ! そんなもん呪いの歌だよ!」
思わずツッコミを入れてしまうタケル。
あの感動的な歌詞の裏に、そんな地獄の添削作業があったとは。
「あの衣装も大変であった。貴様にバレぬよう部屋を漁るのは骨が折れたぞ」
「やっぱりあれ、俺が考えたやつだよな。まさかの服でびっくりしたよ」
「貴様が我に抱いている理想、あるいは幻想か? それを形にしてやるのも、王の務めだからな」
その言葉を聞いたタケルの胸に込み上げたのは、温かな気持ち。自分の妄想を、理想を、全部受け止めてくれたこと。そして、それを最高の形で現実に具現化してくれた魔王。
「……ありがとな、ヴァルガン」
タケルは顔を上げ、照れくさそうに笑った。
「あの新曲、『RE:ason』も本当にカッコよかった。レオンさんの曲もお前の歌詞も、全部が噛み合ってて。俺、胸を張って言えるよ。これがヴァルガンの、俺たちの最高のオリジナル曲だって」
「フン、当然であろう」
ヴァルガンはいつもの調子で言ったが、その口元が緩んでいるのをタケルは見逃さなかった。耳の先が少し赤いのは、酔いのせいだけではないのかもしれない。
「世界一アイドルに詳しい貴様が最高と言うなら、その評価を受け入れてやる」
「素直に嬉しいって言えよな」
「抜かせ」
二人は顔を見合わせ、夜の公園に笑い声を響かせた。雨の日に震えていたあの頃とは違う。今は確かな自信と実績と、仲間がいる。
タケルは荷物をごそごそと探り、ライブでも使ったペンライトを取り出す。カチッ、とスイッチを入れると鮮やかな真紅の光が二人を照らし出した。
そのままタケルはペンライトを振り、光の残像で空中に円を描く。
「なぁ、ヴァルガン」
「なんだ」
「いつか、もっとでっかい会場……あのルミナ・ドームを何万人ものお客さんで埋め尽くしてさ」
タケルはペンライトをヴァルガンの前に突き出した。マイクを向けるように。
「この光を振らせてくれよ。今日みたいな、いや、今日以上の景色を俺に見せてくれ」
それは願いであり、プロデューサーとしての野望であり、相棒への挑戦状でもあった。
ヴァルガンはエールを飲み干し、ゆっくりと立ち上がる。月明かりとペンライトの赤い光を浴びて、その姿はステージの上と同じように輝いて見えた。
「タケルよ、そんなこと約束する価値もない」
「え?」
「それは『確定事項』だからだ。魔王たる我が決めた以上、未来は既にそこにある」
ヴァルガンはタケルの手からペンライトを取り上げると、夜空に向かって掲げた。
「何万人どころではない。世界中の人間を、この光で染め上げてやる。貴様はただ、特等席でそれを見ていればいい」
圧倒的な自信。根拠のない全能感。
でも、こいつならやってのける。本気でそう思わせる力が、この背中にはある。
「ははっ、違いないな」
タケルも立ち上がり、並んで夜空を見上げた。
満月がスポットライトのように二人を照らしている。
「頼むぜ、魔王様。俺を一番最高の景色まで連れて行ってくれよ」
「無論だ。振り落とされないよう、ついてこい」
ヴァルガンはペンライトをそっと投げ返す。タケルはそれを受け取り、スイッチを切った。辺りはまた静かな闇に戻ったが、胸に灯った熱い光は消えることはない。
「よし、帰るか! 明日は祝勝会で食い倒れるぞ!」
「肉を用意しろ。上等なやつをな」
「大丈夫、リザさんが張り切って仕込んでくれてるよ」
二人は並んで歩き出す。
その足音は軽やかで、明日への希望に満ちていた。




