19. ぼっちでヤケ酒プロデューサー
眩しい日差しが窓から差し込む、ボロ家『ひだまり荘』。
朝食の用意をしながら、タケルはふと考えていた。
(……結局、ヴァルガンのオリジナル曲ってどうなったんだろう?)
新人音楽祭は近づいてきたが、結局進み具合に関してはあれから共有されていない。任せるとは言ったが進捗を一切教えてもらっていないので、タケルが不安に思ってしまうのは当然のことだった。
(みんなと何かしてるっぽいから、ハイタッチ握手骨折会みたいなとんでもない内容にはならないだろうけど……)
「おいタケル、朝飯はまだか」
あくびをしながらヴァルガンが起きてきた。寝癖で赤い髪が爆発しているが、その顔色は悪くない。気力も充実しているようだ。
「おはよう。ご飯の前に聞きたいんだけどさ」
「ん? なんだ」
「新曲の進み具合はどうなんだ? 衣装とかの準備をそろそろ始めないと、本番間に合わないなーと思って」
「ああ、それなら心配いらん。『獅子の牙』に手配させた」
「は……?」
タケルの思考が停止した。
冒険者ギルドに、衣装を手配させた?
「ギルドが抱えている専属の職人が総出で作っている。採寸はセレイナが管理しているものを使ったから、サイズも問題あるまい」
「え、あ、いや……でも、デザインとかコンセプトは……?」
「それも既に伝えてある。貴様の手を煩わせるまでもないだろう」
ヴァルガンは「何をそんなに驚いているのだ?」と言いたげな顔で、冷蔵庫から冷やした水を取り出して飲んだ。
(ギルドの職人が……総出で……?)
品質の面で見れば正解だ。素人のタケルが夜なべして手縫いする衣装と、本職の職人が作る衣装。クオリティの差は歴然としている。
それに、タケルは今も便利屋業務の調整や事務作業がある。負担を減らすという点でも合理的な判断。頭ではわかっている。わかっている、けれど。
「……そ、そうなんだ。へぇー……」
口から出たのは、乾いた空気のような相槌だけだった。ぼんやりしたまま朝食を並べ、手を合わせて二人で食べ始める。だが、頭の中はそれどころではない。
(曲はレオンさんが作って、歌詞はヴァルガンが書いて、衣装もプロにお任せ、振り付けしようにも詳細がわからない。……あ、あれ? 俺、今回のライブでやることなくない?)
これまでは「自分がいないと何もできない魔王様」だったはずだ。ビラ配りも練習メニューもMCの内容も、全部タケルが考えて二人三脚で走ってきた。
それが今となっては、知らないところでどんどん話が進んでいる。
「完成を楽しみにしていろ。貴様が腰を抜かすような仕上がりになるはずだ」
ヴァルガンは朝食を手早く終えるとニヤリと笑い、水を飲み干したコップを置いた。
「では、行ってくる。最終調整があるからな」
バタン。
ドアが閉まる音が、無情なシャットアウトのように聞こえた。
「ええ~……」
プロデューサーとは名ばかりの、ただの同居人。いや、今はヒモ同然かもしれない。窓の外からは夏の終わりを告げる虫の鳴き声が聞こえてくる。その喧騒が、ぽつんとした感情を一層際立たせていた。
*
夜、街外れの酒場『赤竜のあくび亭』。
いつもの賑わいを見せる店内の片隅、カウンターの端っこに負のオーラを纏った物体が沈殿していた。
「ひどくないですか……? 俺、プロデューサーなんですよ……?」
テーブルに突っ伏すタケルの隣には、既に空になったジョッキが三つ並んでいる。かなりのハイペースだが、酔わなければやっていられなかった。
「まあまあ、落ち着きなよ。ヴァルガンなりに考えがあるんじゃないのかい?」
女将のリザが苦笑いしながら追加のおつまみを差し出す。彼女は知っているのだ。ヴァルガンたちがタケルを仲間はずれにしているのではなく、サプライズのために奔走していることを。
だが、ここでネタバレするわけにはいかない。タケルの愚痴を聞きつつ上手くガス抜きをしてやるという、高度な接客スキルが求められていた。
「考えってなんですか、俺に隠し事して! コソコソ集まって!」
タケルがバン! とカウンターを叩く。が、酔ってるせいで力が抜けてペチッという情けない音がした。
「アレですか、俺のセンスがダサいとかそういうことですか!? 確かにふんどしは攻めすぎたかもしれませんけど、あれはあれでウケたじゃないですか!」
「実は賛否両論だったかもねぇ」
「大丈夫って優しい嘘ついてよリザさん!!」
ジョッキに残ったエールを一気に煽り、タケルは涙目で訴えた。
「知ってるんですよ……。アイドルが売れ始めると、初期から支えていたスタッフが切られる流れ……。大手に移籍したり、優秀なクリエイターが入り『君の役目は終わったよ』って肩を叩かれるやつ……!」
「被害妄想が膨らみすぎ。あのねぇタケル、アンタは大事なことを忘れてるよ」
「大事なこと……?」
「相手はあのヴァルガンだよ? チャンスが目の前にあっても、たった一人の相棒を選んでライブを捨てた男じゃないか。そんな奴が仲間はずれにするわけないだろ?」
リザの言葉に、タケルはハッとして顔を上げた。
「きっと、一生懸命準備してるだけだよ。男ってのは、そういうところで変に凝っちゃう生き物だからね」
そう言って彼女はウインクをして見せる。その言葉には、事情を知る者ならではの確信と温かさがあった。タケルは冷静さを取り戻し……少しだけ肩を落とす。リザは豪快に笑い、その背中をバシッと叩いた。
「大丈夫だって! もしあいつらが本番でトチったり期待外れなものを持ってきたら、その時はプロデューサーとして思いっきり叱り飛ばしてやりゃいいんだよ」
「……」
その言葉が、タケルの胸にすとんと落ちた。
そうだ。自分はプロデューサーだ。制作過程に関われなかったとしても最終的なアウトプットを評価し、責任を持つ義務がある。
もしヴァルガンが独りよがりなステージをしようとしたら、その時は全力で止める。それが役目だ。
「……そうですね。よし、決めました! 本番、ちょっとでもダサかったら、終わったあと全力でダメ出ししてやります!」
ジョッキを置き、タケルはふらつく足で立ち上がった。前向きになったのか、そのまま勢いよくリザに話し続ける。
「あと、リザさん! 頼みがあるんですが!」
「あいよ、なんだい?」
「俺、当日までにヴァルガンの応援ガイドを作ります! どんな曲が来ても対応できるコールを用意するので、冒険者のみなさんとライブに来てください!」
「へえ、面白そうじゃないか。わかった、みんなにも声をかけとくよ」
タケルの脳裏にあったのは、ヴァルガンの出番を温めるための下準備。ステージ以外だろうと、プロデューサーにできることはある。
ヴァルガンがどんな曲を歌うかはわからない。だが、色んなパターンを用意することで、一体感を作って盛り上げられるはずだ。
「あと、安くて手頃な魔石をたくさん仕入れる方法ってあります?」
「んー……数時間で効果がなくなっちゃうようなものなら、かなり割安だと思うよ。鍛冶屋で相談すれば、廃棄予定のものを安く譲ってくれるはずだねぇ」
「本当ですか! どこにあるか、あとで教えてください!」
その魔石を上手く使えば、恐らく簡易的なサイリウムを量産できる。リザや冒険者たちにコールの資料とサイリウムを渡して一緒に盛り上がってもらえば、きっとヴァルガンのステージはいいものになるに違いない。
「よーし……! やる気出ました、ありがとうございます。あっ、忘れないうちにメモっておかないと!」
タケルは慌ててメモ用紙にやることを書き記していく。
リザは微笑み、カウンターの奥へと消えていった。
*
リザと話したあと、タケルは『ひだまり荘』の六畳一間で過ごしていた。
ヴァルガンは「調整で遅くなる」と言って、まだ帰ってこない。部屋の中は静まり返り、時計の針の音だけが響いている。
タケルは机の引き出しから、一本のペンライトを取り出した。
元の世界から持ってきた、数少ない私物。ミルキーウェイのライブで使うはずだった、タケルの魂の灯火。
電池を入れ替え、スイッチを入れる。鮮やかな赤色の光が薄暗い部屋を照らし出した。
「やることはないけど、応援はできる」
タケルは光を見つめながら、自分に言い聞かせるように呟いた。曲も知らない。衣装も知らない。演出も知らない。
でも。
「一番近くで見てやる。お前がどんな『最高』を見せてくれるのか」
タケルはペンライトを握りしめ、目を閉じた。瞼の裏には、いつだって堂々と胸を張る魔王の姿が浮かぶ。あいつならきっと、俺の想像なんて軽々と超えていくはずだ。
*
その頃。
冒険者ギルドの地下倉庫では、熱気と興奮が最高潮に達していた。
「サイズ感、問題なさそうですね。生地の仕上がりも完璧です」
「オリジナル曲も含めて、完成だ……!」
完成した衣装と曲を前に、レオンが満足げに呟いた。その横でセレイナが最終チェックのリストにチェックを入れている。
中央には、試着を終えたヴァルガンが立っている。その姿は「筋肉アイドル」というイメージを破壊し、新たな次元へと到達していた。
「我の姿を見て、タケルはどんな顔をするだろうな」
「泣くんじゃねぇか? あいつ、涙腺緩いからな! ガッハッハ!」
「新曲も間に合いましたし、歌詞の調整も完了。衣装も完成し演出プランも構築済み、問題ないかと思います」
「ハードな進行でどうなるかと思ったが、やればなんとかなるもんだな。ったく、こんな無茶はもう二度とやらねぇぞ……」
笑い合うガルド、セレイナ、レオン。ここまで必死に走ってきたチームとしての連帯感を感じさせる和やかな時間が流れる。
「で、我は何を踊ればいいのだ? 振り付けがないぞ」
「「「……」」」
そんな空気を切り裂く魔王の一言が炸裂した。笑顔のままビシリと固まる三人。
「ちょっと待てよヴァルガン、お前が自分で考えるんじゃねぇのか!?」
「できるわけなかろう、ふざけているのか?」
「自信満々に言ってんじゃねぇよ!!」
ツッコミを入れながら頭を抱えるガルド。今まではアイドルのダンスに詳しいタケルがいたから、なんとかなってきた振り付け。今回はその助けがゼロだ。
「待ってください、私たちはそもそもダンスに関する知識がそこまで深くは……いっそのこと振り付けをなしにするのはどうでしょう?」
「いや、ダメだ。今回はリズムを感じさせる曲として作ったから、棒立ちで歌うと違和感がありすぎる……」
「うむ。何より、クオリティが低いオリジナル曲の披露はできんからな。理解できたのなら付き合え」
「……ちくしょうが、やりゃいいんだろやりゃ!!」
半ばヤケクソでヴァルガンに付き合うことにした一同。
プロデューサー不在のまま進められた極秘プロジェクト。その全貌が明かされる時は、もうすぐそこまで迫っていた。




