18. 極秘任務! 魔王たちの素材狩りツアー(日帰り)
タケルがマリアンヌたちの魔物退治を目撃する、少し前の出来事。冒険者ギルド『獅子の牙』の一角にある工房では、職人たちの悲鳴が響いていた。
「む、無理です! これ以上は物理的に不可能ですぅ!」
ベテラン裁縫職人の男が、頭を抱えて作業台に突っ伏している。
その前で腕を組んで仁王立ちしているのはヴァルガンだ。彼の手には、タケルが描いた衣装デザインのスケッチブックが握られている。
「今の生地では単なる白色に過ぎん、輝きが足りんのだ。この『内側から発光するような気高い白』という指示を忠実に再現しろ」
「ですからぁ! これ最高級のシルクなんですよ!? 『発光するような』なんて言われても、素材そのものが発光してなきゃ無理ですってば!」
「発光する素材を使えばよかろう」
「そんなの伝説級の魔物『月光蛾』の繭くらいしか……あんなの市場に出回るわけないですよ! 諦めてください!」
ヤケクソ気味に答える職人の言葉を聞いた瞬間、ヴァルガンの目がギラリと光った。
「ほう? あるのか、理想の素材が」
「えっ、いや、ありますけど……棲息しているのはSランク指定のダンジョン『嘆きの渓谷』最深部ですよ? 入荷なんて何年待ちか……」
「ならば話は早い。今すぐ獲りに行くぞ」
ヴァルガンは即座に踵を返した。
その背中に、工房の入り口で様子を見ていたガルドが声をかける。
「本気か? あそこはベテラン冒険者がパーティを組んで慎重に行く場所だぞ」
「フン、問題ない。妥協品で着飾るなど許さん」
「へいへい。言い出したら聞かねぇもんな、お前は」
ガルドは諦めたように頭をかき、腰のベルトを締め直した。
「案内してやるよ、迷宮の構造は俺の頭に入ってる。道に迷って時間切れなんて笑えねぇだろ」
「殊勝な心がけだ。荷物持ちとして連れて行ってやろう」
「ギルドマスターだぞ俺は!」
言い合う男二人の後ろから、カツカツとヒールの音が近づく。
資料を抱えたセレイナが、眼鏡をクイッと押し上げた。
「お待ちください、私も同行します」
「ぬ? 貴様は事務仕事があるのではないか?」
「既に今日の作業と、スケジュールの調整は終わらせました。それに……」
セレイナは冷徹なマネージャーの顔で、ヴァルガンを見据える。
「貴重な素材を採取するのです。ガサツな貴方に任せると、品質管理の面で不安しかありませんので」
「一言多い女だ」
*
ルミナ・シティから転移門を経由して数時間、Sランクダンジョン『嘆きの渓谷』にヴァルガンたちは到着した。
太陽の光が届かない深い谷底は昼間でも薄暗く、じめじめとした冷気に満ちている。壁面には不気味な蛍光植物が張り付き、奥からは正体不明の魔物の唸り声が木霊していた。
彼らの正面にはカサカサと毒蜘蛛たちが近寄ってきている。攻撃するタイミングを伺っているようだ。
「ここにいる魔物は桁違いの強さだ。地形も複雑だし毒沼もある、慎重に──」
「オオオオオオオオオォォォォッ!!!!」
ドゴォォォォン!!
ヴァルガンが咆哮を放つと、巨大な毒蜘蛛の群れが一斉に衝撃波で吹き飛んだ。
壁に叩きつけられた魔物たちはピクリとも動かず沈黙した。周囲には他の魔物の気配もあったが、ヴァルガンのパワーに怖気づいたのかすぐ仕掛ける気はないようだ。
「フン、雑魚どもが」
「……慎重にって言ったそばからこれかよ」
「急いでいるから当然だ。タケルに気付かれる前に、早く戻らねばならん。余計な心配をさせると、また胃薬だなんだと言い出す」
「あー……まあ、それはあるな」
タケルの胃痛事情を考慮し、一行は最高速でダンジョンを進む。
道中の罠はヴァルガンがゴリ押しで破壊し、迷路のような分岐はガルドの的確なナビゲートで突破。セレイナは後方で、襲ってくる羽虫の魔物を的確な氷魔法による狙撃で撃ち落としていく。
本来なら数日かけて攻略するはずの難所を、彼らは手慣れた散歩コースを踏破するような速度で駆け抜けていった。
そして最深部に到着すると、巨大な空洞の中央に「それ」はいた。
天井からぶら下がる、淡く青白い光を放つ巨大な繭。それを守るように羽を広げている主──月光蛾の女王だ。
翼長十メートルはあろうかという巨体が、鱗粉を撒き散らしながら浮遊している。その美しくも恐ろしい姿に、ガルドが盾を構えて緊張を走らせた。
「出やがったな……! 気をつけろ、あの鱗粉には幻惑作用と麻痺毒がある! 吸い込んだら終わりだぞ!」
「援護はお任せを、魔法で鱗粉を散らします」
セレイナが詠唱を始めようとした、その時。
「不要だ」
ヴァルガンが一歩、前に出た。
魔王としての『格』を解放する。物理的な魔力ではない。生物としての絶対的な上下関係をわからせる、純粋な殺気と覇気。
「キシャァァ……ッ!?」
月光蛾の動きが止まった。本能が告げているのだ。目の前にいるのは、自分よりも遥かに上位の捕食者であると。
「手間をかけさせるな。我が欲しいのは、そこにある繭でな」
ヴァルガンは右腕をゆっくりと引き、拳を握りしめた。深く息を吐き、踏ん張るように足の力を込める。その圧で地面に亀裂が入り、その範囲が徐々に広がっていく。
「ゆえに……一撃で終わらせてやろうッ!!」
放たれたのは魔法ですらない、ただの正拳突き。
だが、その拳圧は空気を圧縮し、見えない大砲となって空間を穿った。
ズドォォォォォォォォンッッッッ!!!!
轟音と共に女王蛾の巨体が後方の壁まで吹き飛ばされ、めり込んだ。
一撃。Sランク指定の魔物が、悲鳴を上げる暇もなく気絶したのだ。
「……おいおい。素材まで吹き飛ばしてねぇだろうな?」
「安心しろ、繭に傷が付かんよう加減した」
土煙が晴れると、その言葉通り天井からぶら下がる繭だけは無傷で残っていた。余波を受けないよう、拳圧の威力と軌道を精密にコントロールしていたのだ。
ヴァルガンは埃を払い、悠然と繭の元へ歩み寄る。
「よし。これならば完璧だな」
魔王は満足げに繭を台座から剥がし、両手で抱え上げた。
絹糸の一本一本が月光を蓄えたように輝く、至高の素材。これならば、あのスケッチブックに描かれた衣装を理想通りに再現できるはずだ。
「さあ、帰って衣装作りだ。……む?」
異変は突然起きた。
ヴァルガンが手に持った瞬間、繭の輝きが急速に失われ黒ずみ始めたのだ。
「な、なんだ!? 色が濁っていくぞ!?」
「おい馬鹿、お前の魔力が強すぎるんだよ! そのままじゃ腐っちまうぞ、抑えろ!」
「ええい! 力を抑えているつもりなのだが、止まらん!」
焦るヴァルガン。破壊するのは得意でも、魔王の辞書には繊細なものを優しく保存するための知識など存在しない。
このままでは、せっかくの素材がただのゴミになってしまう。タケルのための最高級品が、自分の手で台無しになりかねない事態に動揺を隠せない。
「ガルド、何か袋はないか!?」
「そんなもん持ってきてねぇよ!」
「──動かないでください!」
鋭い声と共に、冷気が空間を支配した。
セレイナが魔導書を開き高速詠唱しながら、複雑な魔法陣を展開している。
「範囲計測、完了! 『絶対零度封印』!」
カキィィィン……!
ヴァルガンの手元にある繭が、一瞬にして氷の結晶に包まれた。
ただ凍らせたのではない。時間を停止させるかのように、鮮度を完全にロックする高度な保存魔法。魔法の氷に包まれたことで魔力の影響を受けなくなり、繭はゆっくりと美しい輝きを取り戻し……そのまま安定した。
「ふぅ……。間に合いましたね」
セレイナはパタンと魔導書を閉じ、眼鏡の位置を直した。
「貴重な素材は鮮度が命。魔力の影響を受けやすい物は、保存用品か魔法による封印が必須です。……これほどの速度で劣化するパターンは初めて見ましたが」
彼女は懐から、折りたたみ式の大型保存袋を取り出して広げた。ロープもついているので、この中に繭を入れて背負えば問題なく持ち運べる。こういった事態も予測していたのだろう、準備万端だ。
「さあ、この中に入れてください。これならルミナ・シティまで鮮度を保てます」
「……」
ヴァルガンは氷漬けになった繭を恐る恐る保存袋に入れ、蓋を閉めた。
そして、深々と安堵のため息をつく。
「……助かったぞ、セレイナ。貴様がいなければ、無駄骨になるところだった」
「ありがとうございます。そのお気持ちはボーナスの査定に加えていただければ」
「フン、検討してやろう」
ガルドもやれやれと頭をかきながら近づいてきた。
「全く、ヒヤヒヤさせやがる。しっかし、お前がそこまで必死になるとはな」
「我の魅力を引き立てるため必要だからな、当然であろう。早く帰るぞ」
「へいへい」
早足でダンジョンの出口へ向かうヴァルガン。「タケルを喜ばせたくて必死なんだな」と二人は気付いていたが、あえて何も言わず後に続いた。
*
数時間後、冒険者ギルドの工房。
持ち帰られた『月光蛾の繭』を見た職人は、感動のあまり膝から崩れ落ちていた。
「す、すごい……! こんな上質な繭、見たことがありません! 完璧だ!」
「これで文句あるまい。さあ、至高の衣装を作れ」
「はい! 私の職人魂にかけて、必ずやこのデザインを完璧に再現してみせます!」
ハイテンションのまま作業に取り掛かる職人を見て、ヴァルガンは満足げに笑った。
曲、歌詞、そして衣装。すべてのピースが最高水準で揃った。あとはステージで、最高の景色を披露してやるだけだ。
(音楽祭の開催も迫っているからな。楽しみに待っているがいい、タケル)
こうして魔王の極秘ミッションは、誰にも知られることなく(物理的に)大成功を収めたのだった。




