17. 聖なるアイドルのお仕事
数日後、ルミナ・シティの街外れ。
太陽が少し傾き始めた頃、タケルは一人散策していた。
今日はRE:Genesisのオフ日……ではない。ヴァルガンたちが「野暮用がある」と言ってどこかへ消えてしまったからだ。
(時間ができたし、今のうちに夕飯の準備をするか。あと、今後のために情報収集も……)
そんなことを考えながら歩いていると──
「はああああッ!」
頭上から声が響き、何事かと見上げるタケル。
すると、宙にジャンプした魔獣に立ち向かう少女──ホーリー・エンジェルスが目に入ってきた。
(えっ!? まさか、戦ってるのか!?)
三人の少女が連携を取り、地上から刃のついたタンバリンをブーメランのように飛ばして攻撃。そして、接近戦担当は大きくジャンプしてメイスを直接頭に叩き込むというコンビネーション。
「グギャアアッ……!?」
魔獣はあっと言う間に鎮圧され、そのまま地面に向かって落下。大きな地響きと共に、拍手と歓声が聞こえてきた。
音の聞こえた方へタケルが走って向かうと、巨大な魔獣を取り囲むように立つ少女たちの姿があった。
「きゃああああ! マリアンヌ様ーっ!!」
「ホーリー・エンジェルス最高ーっ!!」
周囲から歓声が飛び交う。その中心にいたのはマリアンヌと、彼女が率いる聖歌隊ホーリー・エンジェルスのメンバーだった。
足元には体長二メートルはあろうかという巨大な狼の魔獣が倒れている。結界の隙間をすり抜けて侵入したはぐれモンスターだろう。
「ふぅ……みなさん、お怪我はありませんでしたか?」
マリアンヌが優雅に髪をかき上げ、周囲の市民に声をかけた。その手には、美しい装飾が施されたメイスが握られている。地上に落ちた魔獣にトドメを刺すために使われたのか、血がべったりと付いていた。
「守護陣のおかげで大丈夫です、聖女様!」
「ありがとう、助かったよ!」
市民たちは口々に感謝を述べ、彼女たちに手を振る。マリアンヌの足元には輝く魔法陣が展開されており、その力で市民に被害が出ないよう守っていたようだ。
「リリィ、騎士団への報告書作成を。ネリネは負傷者がいないか確認。シトロは周辺の警戒を怠らないように」
「「「はいっ、マリアンヌ様!」」」
マリアンヌは聖女らしい完璧な笑顔で応えつつ、少女たちに手際よく指示を出していた。一糸乱れぬ動き。それはアイドルのフォーメーションというより、熟練した特殊部隊のそれに近かった。
「……すげぇな」
タケルは人ごみから少し離れた場所で、その光景を見つめていた。
RE:Genesisも魔獣退治をしているが、ヴァルガンが力任せに粉砕しタケルが後始末をするのが常だ。それに比べて、彼女たちの動きは無駄がなく美しい。
「む? 君は……RE:Genesisのプロデューサーではないか」
その時、不意に声をかけられた。
タケルが振り返ると、そこに立っていたのは銀色の鎧を着た神経質そうな騎士。ワイバーン騒動や、その後の便利屋活動でも何度か顔を合わせた騎士団隊長のレオナルドだった。
「あ、レオナルドさん。お疲れ様です」
「……まさか、あのモンスターも君の差し金ではないだろうな」
「ち、違います! 本当に偶然通りがかっただけです!」
「安心しろ、冗談だ」
「わかりづらいのはやめてください……。あれって、騎士団の仕事じゃないんですか?」
本来、街中の魔物退治といった治安活動は騎士団の管轄のはずだと考えたタケルは、倒れている魔獣を指差しながら尋ねる。その言葉に、レオナルドは苦笑いして肩をすくめた。
「通報を受けて駆けつけた時には既に交戦中だった。彼女たちの到着が早すぎてな」
「早すぎた?」
「ああ。彼女たちの活動拡大に伴って、教会が街に独自の魔法陣を構築したんだ。魔力の乱れを感知すると、騎士団より早く現場に急行する仕組みさ」
レオナルドは悔しさと感心が入り混じった表情でマリアンヌたちを見つめる。
「ホーリー・エンジェルスを、ただのアイドルユニットだと侮ってはいけない。教会が選び抜いた精鋭部隊だからな」
「えっ、そんなエリートなんですか」
「選抜基準は歌やダンスの才能だけではなく高い魔力適性、そして実戦における戦闘能力。噂では、騎士団若手との模擬戦で勝つことが条件らしい」
騎士に勝てるアイドル? そんなの聞いたことがない。持っている杖やタンバリンが武器であることは知っていたが、そこまでガチだったとは。
「彼女たちは癒やすだけでなく『戦う聖女』、物理的に脅威から守る存在としてもデザインされているわけだ」
「めちゃくちゃ詳しいですね」
「当然だろう、競合とも言える相手だからな。市民の間じゃ『困った時は騎士団よりエンジェルス』なんて言われてる始末だ」
「それは……心中お察しします」
深いため息をつくレオナルドの解説を聞きながら、タケルは改めて彼女たちの様子を眺める。
観衆に手を振るマリアンヌの笑顔は完璧だ。だが、その目は常に周囲を警戒し、次の脅威がないかを探っている。他のメンバーも笑顔を絶やさないまま巧みに配置につき、死角をカバーし合っていた。
(これが『プロ』としてやるべきこと、なわけか)
マリアンヌたちは自分たちの影響力を最大限に活用し、街を守るシステムの一部として機能させているのだ。
「彼女たちには教会やアイドルの仕事もある。常にモンスターと戦えるわけではないから、そういう時は私たちの出番だ」
「まあ、市民からするといいことなんですよね。騎士団だけじゃなく、他にも力になってくれる人がいるわけですから」
「はぁ……上司が『第三騎士団でもアイドルをやれ』と言い出さないかだけが心配だ」
レオナルドはやれやれと頭をかきながら、部下たちに魔獣の死骸を片付けるよう指示を出して去っていった。
*
騒ぎが落ち着き、マリアンヌたちが撤収の準備を始めた頃。
話を聞きたいと思ったタケルは、人ごみをかき分けて彼女たちに近づいた。
「マリアンヌさん!」
タケルの声に気づき、マリアンヌが振り返る。その表情は一瞬で穏やかな聖女から、冷徹な司令官へと切り替わった。
「あら、偵察ですか? 暇な方ですね」
「たまたま通りかかっただけですよ。見事な戦いっぷりでした」
「当然です。これはパフォーマンスではなく、実務ですから」
マリアンヌは手にしたメイスについた魔獣の血を、ハンカチで拭き取る。その所作すらどこか優雅だ。
「大変じゃないですか? アイドルのレッスンをして、孤児院やボランティアの活動をして、さらに戦闘任務までなんて……」
「愚問ですね」
マリアンヌはフッと、強い意志を感じさせる表情で笑った。
「力を持つ者が、持たざる者を守ること。それは誰かがやらねばならないのです」
「義務ってことですか」
「ええ。わたくしたちは、貴方がたのような『遊び』ではありません。常に完璧でなければならない。そうでなければ誰も守れませんもの」
彼女は強い。強すぎる。
だが、その強さは彼女自身を縛り付ける鎖のようにも見えた。「完璧でなければならない」という呪い。楽しむことを許さず、ただ義務と責任のために戦い続ける日々。
「……息抜き、してますか?」
「はい?」
思わず口をついて出た言葉に、マリアンヌが目を丸くした。
「いや、その……たまには肩の力を抜かないと、いつかポキッといっちゃうんじゃないかなって。俺も最近、そんな感じで倒れちゃったので」
「一緒にしないでいただけます? わたくしはプロです、自己管理も仕事のうち。貴方のような未熟なプロデューサーに心配される筋合いはありません」
「ですよねー……すみません」
「……それに」
マリアンヌは少しだけ声を落とし、遠くを見つめる。視線の先には、魔獣の死骸を見て怖がっている子供を優しく慰めているメンバーの姿があった。
「わたくしが立ち止まれば、あの子たちも迷ってしまいます。だからこそ、リーダーが弱音を吐くわけにはいかないのです」
それは、彼女の本音だったのかもしれない。
孤独。責任。重圧。それらをすべて一人で背負い込み、笑顔の仮面の下に隠している。そして、その孤独すらも飲み込んだ上で立つという覚悟。
「……音楽祭、絶対に負けませんから」
タケルは真っ直ぐに彼女の目を見て言った。
「マリアンヌさんの正義がすごいのは認めます。でも、俺たちの熱意だって負けてないと証明してみせます」
「わたくしは辞退してほしいと申し上げているのですけれど」
マリアンヌは呆れたように小さく笑う。冷たさはあるものの、少しだけ柔らかい響きを含んでいた。
「改めて言っておきますが、イベントの格が下がってしまうようなパフォーマンスだけはしないように。では、ごきげんよう」
そう言い残し、マリアンヌはメンバーたちと共に去っていった。
白い法衣を翻して歩くその姿は、どこまでも気高く、美しく……そして、少しだけ寂しそうに見えた。
「……強いなぁ」
一人残されたタケルは、ポツリと呟いた。
敵として不足はない。いや、強大すぎる相手だ。実力、組織力、そして何より「守るべきもの」のために戦う覚悟。でも、自分たちにだって強い想いがある。
「よし! まずは美味しいメシを用意してやらないとな!」
ヴァルガンが帰ってきたら、たっぷり美味しいものを食べさせて元気にしてやろう。そう考えたタケルはパンと両頬を叩き、駆け出した。




