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16. 秘奥義:ちゃぶ台返しリテイク

 冒険者ギルドの奥にある小部屋、魔王軍作詞対策会議室での地獄の添削会は三日目に突入していた。

 部屋の隅には書き損じの歌詞が山のように積まれ、空気は淀んでいる。参加者の顔色は最悪だ。セレイナ、ガルド、レオン三人とも「いつ終わるんだ」という絶望が表情から滲み出ている。


「できたぞ。これならば文句あるまい」


 ヴァルガンが自信満々で紙を掲げた。

 三人は死んだ魚のような目で、新たな作品に視線を向ける。


『僕らの絆を切り裂くものは滅する』

『焦土に咲く友の花』

『君の首を狩るまで離さない』


「殺害予告ですね」


 セレイナが淡々とツッコミを入れた。もはや怒る気力もないようだ。


「お前、タケルを信頼してるのか殺したいのかどっちだよ」

「なんで毎回毎回、テメェは周りくどくて物騒な表現になるんだ……?」


 ガルドとレオンも容赦なく切り捨てる。

 これで何十枚目だろうか。ヴァルガンが書く歌詞は、どれもこれも重いか怖いか意味不明の三択だ。そうじゃないと指示をすると、そこだけ直って別の問題が飛び出す。一歩進んで二歩下がる状態の繰り返しだ。


「ええい、注文が多い連中だ! 貴様らにはこの熱意が理解できんのか!」


 ヴァルガンが逆ギレして机を叩く。バンッ! という音と共に、インク瓶が跳ねて転がった。普段なら大声と圧に驚きそうなところだが、疲れ切った面々はノーリアクションだ。


「この曲に込める想いが『ありがとう』などという、手垢のついた表現でいいわけがなかろう! そんな陳腐な言葉で形にするなど許せぬ!」


 伝えたい想いはあるのだ。タケルへの感謝、信頼、これからも共に歩んでいきたいという願い。それらがマグマのように煮えたぎっているのに、言葉という出口が見つからない。


「……待て。今、なんつった? つまり、今までは表現を盛りまくってたのか?」

「む? その通りだ。初のオリジナル曲だぞ、気合を入れねばならん」

「よし飾るな。そのまま出せ」


 レオンは立ち上がり、ヴァルガンの前に立つ。その目に、ようやく突破口を見つけ出したという微かな閃きが宿っている。


「テメェが言いたいのは『俺の隣にいろ』とか『お前がいないとつまらない』とか。そういうことなんだろ?」

「普通の言い方をするとそうなるな。だが、それでは相応しくないだろう」

「歌詞の考え方を根本から変えろ。タケルへの手紙だと思え。音楽祭がどうだとか関係ない、たった一人に宛てた手紙だ」


 レオンは新しい紙を差し出した。


「書け。一番伝えたいことだけ、箇条書きにな。歌詞うんぬんは考えんな」


 ヴァルガンはペンを受け取り、深呼吸をした。脳裏に浮かぶのはタケルの顔。誰よりも自分のことを信じてくれた相棒。

 そして文字を書いていく。難しい比喩ではない、魔王としての威厳もない。ただ、ありのままの想いを。サラサラとペンが走る音だけが響く。


「見ろ」


 数分後、ヴァルガンはペンを置いた。

 三人が紙を覗き込む。そこに書かれていたのは──


『貴様の手は小さく、脆い。だが、我を導く灯火だ』

『空っぽだと言うのなら、我の歌で満たそう』

『だから世界を統べるまで共に征くのだ』


「……おいおい、泣かせるじゃねぇか」

「シンプルゆえの真っ直ぐさですね。これなら『君』と『僕』に置き換えつつ、表現を調整すればいけると思います」


 歌詞を読んだ一同は満足そうに頷く。飾らない言葉だからこそ、胸に刺さる。タケルへの信頼と感謝が、深く伝わってくる内容だった。


「ほう、この方向性がよいのか。ならば、貴様らの意見を聞きつつ整えてやろう」


 ヴァルガンは腕を組み、満足げに鼻を鳴らした。

 だが次の瞬間。何かに気付いたらしく、ん? と眉を寄せ、彼の表情が曇った。


「……いや待て。問題があるぞ」

「あ? なんでだよ、作り方は見えたし解決しただろ」

「この歌詞、今の曲に合わんではないか」


 ヴァルガンはレオンを睨みつけた。

 現状の楽曲案は重厚で圧がある、男臭く荒々しい雰囲気だ。

 だが、この歌詞にあるのは素朴とも言える真っ直ぐな感謝の想い。今の曲に乗せると、その良さが消えてしまう。


「あぁん!? テメェが『最強の曲を作れ』って言うから合わせて作ったんだぞ!?」

「気が変わった。この歌詞に相応しいのは、もっと透明で、疾走感があって、それでいてタケルが言うところのエモい? というやつだ」


 ヴァルガンは歌詞のメモをレオンに向かって突き出しながら宣言する。


「新しい曲を作れ」

「……は? 本気か? 今から?」


 これまで進めてきた路線を、根底からぶっ飛ばすちゃぶ台返し。

 歌詞さえ埋まれば完成という段階でリセットを命令する魔王の傍若無人っぷりに、レオンは絶句する。


「ふざけんな! もう本番までそんな余裕ないんだぞ、用意できるわけねーだろ!」

「作れ。貴様は天才なのだろう?」

「ぐっ……!」


 レオンは感情的に反発したくなったがプロとして、クリエイターとしての脳が動き出していた。ヴァルガンが出した歌詞を読み返す。


『空っぽだと言うのなら、我の歌で満たそう』


 このフレーズ、この感情。

 これを活かすには、確かに今の曲調だと重すぎる。


「あー、クソッ。ちょっと待て、考えさせろ……!」


 以前、タケルが用意した別プランの資料を見ながらレオンの思考が高速回転を始めた。どんな音楽ならこの歌詞に合うのか、頭の中でパズルのように旋律を組み立てていく。


(クラシック? いやダメだ、お行儀が良すぎてこいつじゃ無理。かといってロックや強さが前に出る曲だと、歌詞の雰囲気にそぐわない……)


 資料に記載されたジャンルを一つずつ確認しながら曲をイメージしてみるが、どうにもしっくりこない。と、そこでレオンの目に入ってきた文字は『ダンスビート』だった。


(ダンス? いや、そのままやっても歌詞とミスマッチだ。でも、ピアノと……最新の魔導機器を融合させたような方向性なら、あるいは……)


 レオンの頭の中で、新しい旋律が鳴り響き始めた。ピアノと魔導機器を組み合わせた、楽器と新技術の融合──EDMへ。

 教会で数多のチャレンジをしてきたからこそ、頭に残っていた手法。彼がかつて否定された革新であり、今だからこそ作れる『最高傑作』の予感だった。


「……おい、クソ野郎」


 レオンは顔を上げた。その目には、狂気じみた光が宿っている。


「上等だ。やってやるよ。テメェの手紙、世界一カッコいい曲にしてやる」

「ほう。できるか?」

「当然だ、俺は天才作曲家様だからな! ただし、間に合わなかったら俺ごと埋めてくれ! 墓石は豪華にしてくれよな!」

「よかろう。大理石で作ってやる」


 ガルドとセレイナは顔を見合わせ、苦笑いした。

 無茶苦茶だ。でも、不思議と不安はない。この二人ならやってのけるという、そんな確信があった。


「よし、総力戦だ! 俺たちも手伝うぞ、追い込みの準備はいいか!」

「食事と栄養ドリンクの手配をしておきましょう。ここからノンストップでやりますよ」


 こうして魔王軍の強行進軍が始まった。

 新たな曲、新たな歌詞。タケルへのサプライズを完璧に仕上げるための熱く、過酷な数日間が幕を開ける。

 窓の外では、月が静かに輝いている。その光は、彼らの無謀な挑戦を優しく見守っているようだった。

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