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15. ヴァルガンの作詞センスは壊滅的

 楽曲案が完成してから、RE:Genesisの活動は新たなフェーズへと移行していた。冒険者ギルドの訓練場を借りて、本格的なレッスンが始まったのだ。


「手を広げるタイミングが遅れてる! もっと大きく、世界を抱きしめるように!」


 タケルはメガホンを片手に、ステージ上のヴァルガンへ指示を飛ばす。

 プロデューサーとしての血が騒ぐ。振付、立ち位置、目線の配り方。アイドルオタクとして培ってきた知識を総動員し、魔王を「アイドル」へと昇華させていくのは、苦しくも楽しい時間。


「テンポがズレてる、リズムに合わないとダセーぞ!」


 レオンもまた、鬼のような形相で指導している。

 妥協なき音楽家としてのプライド。やるからには中途半端なものは作らせないという執念が、彼の言葉に熱を与えていた。


「ふっ! ぬんっ! 注文が多いぞ貴様ら!」


 ヴァルガンは文句を言いながらも、二人の要求に必死で応えていた。

 汗が滝のように流れ、筋肉が悲鳴を上げる。だが、その瞳には諦めの色はなく、むしろ困難を楽しむような輝きがあった。

 三人の歯車が噛み合い、チームとしての結束が高まっている。タケルはそう確信していた──のだが。


「……で、あのー。ちょっとくらい進捗見せてほしいんだけど」


 レッスンの休憩時間、タケルは休んでいるヴァルガンに声をかけた。


「歌詞はどんな感じなんだ? そのへんわからないと振り付けのニュアンスとか、表情の作り方を細かくレッスンできないだろ」


 タケルの発言は至極真っ当な要求だ。歌詞の内容に合わせて振りや動きを決めるのはアイドルの基本。だが、ヴァルガンはバツが悪そうに視線を逸らした。


「まだ練り上げている最中だ。言葉とは魂の形、そう簡単に定まるものではない」

「そ、そっか……。じゃあ、できた部分だけでも」

「ならん。中途半端なものを見せるなど、王の美学に反する」


 頑なな拒否。

 それだけならまだしも、最近のヴァルガンは何やらコソコソしている。レッスンが終わるとレオンを連れてどこかへ消えたり、タケルが近づくと慌てて物を隠したり。


(なんでここまで隠すんだ……? いや、まあ……自分でやりたいって意欲があるのはいいことなんだけど……)


 これまでは二人三脚でやってきた。どんな無茶な作戦も、どんな失敗も共有してきた。なのに一番大事なオリジナル曲作りから、自分だけが締め出されている。音楽の専門家であるレオンがいれば、曲作りに関してタケルの出る幕はない。

 それからレッスンを続け、今日のメニューは終わりになったところで──


「レオン、少し付き合え」

「へいへい。またかよ」


 ヴァルガンがレオンを呼び出し、二人は一緒に立ち去る。タケルはポツンと一人、広い訓練場に取り残された。


 *


 冒険者ギルド内にある小部屋。通称、魔王軍作詞対策会議室。

 そこでは、タケルの想像を遥かに超える地獄の会議が開かれていた。


「次の案は『貴様と我は地獄の果てまで、血塗られた絆を紡がん』だ、どうだ?」

「重すぎます」


 セレイナが即答で切り捨てた。彼女の眼鏡が冷ややかに光る。


「まるでストーカーが相手にトドメを刺す寸前の重さです。もっとライトな表現にできませんか?」

「ならば『貴様の魂は、滅びの時まで我が手から逃げられん』くらいか?」

「監禁宣言じゃねぇか!」


 思わずガルドがツッコミを入れた。

 机の上には、ヴァルガンが苦悩の末に書き殴った歌詞が散乱している。そこにあるのは、どれもこれも物騒極まりないフレーズばかりだ。


「メロディに乗らないしテンポ最悪だろ、どうすんだよこれ……」

「何が不満だ? 我は魂ごと喰らいたくなるような一体感を表現したいのだ」

「それが猟奇的だと言ってるんです」


 レオンが頭を抱えて呻き、セレイナが冷静にコメントする。

 このオリジナル曲に込めたい、溢れんばかりの想い。それを伝えたい一心なのだが、いかんせん魔王としての語彙力が邪魔をして、どれもこれも意味不明なポエムと化す。


「……このままではキリがありません、一つずつ直していくことにしましょう」


 流石にこれを繰り返していたら時間がいくらあっても足りないと判断したセレイナが、紙に書かれた歌詞を指差しながら指摘していく。


「まず、大前提として『我』や『貴様』といった表現は使わないほうがよいと思います」

「なぜだ。我の曲なのだから、我の言葉にすべきだろう?」

「歌詞において重要なのはわかりやすさと共感です。常識的に考えて、我と名乗る一般市民はいません。『僕』や『君』に置き換える方がよいでしょう」


 アイドルオタクのセレイナだからこそわかる肌感で、歌詞の方向性を提案する。

 初のオリジナル曲ではあるが、力を入れすぎて「何が言いたいかわからない」となってしまっては元も子もないと彼女は理解していた。だから、一つずつ要素を解きほぐし聞く人との距離を縮めようという作戦だ。


「ふむ。つまり『君と僕は地獄の果てまで、血塗られた絆を紡がん』が適切なのだな」

「不適切です、問題しかありません」

「ええい、どういうことだ! 貴様の言う改善を取り入れたではないか!」


 言う通りにしたのにダメ出しされ、苛立ったヴァルガンは思わず持っていた鉛筆をバキィッ! と握り潰した。


「文句ばかり言いおって、ならば貴様らが例を示せ!」

「ったく、しょうがねぇな。なら、俺がわかりやすい見本を見せてやる。ヴァルガン、お前の言いたいことを翻訳するとだな……」


 そう言いながらサラサラと歌詞を書いてみるガルド。

 そこに書かれていたのは──


『君と僕はずっとなかよし』


「よくこんな出来で我に文句を言えたな」

「マスター、流石にこれはちょっと……」

「おい待て! なんで俺が責められなきゃいけねぇんだよ!!」


 *


 時計の針が深夜を回ったひだまり荘。

 タケルは眠れず、布団の中から天井を見上げていた。


(遅いなぁ……)


 ヴァルガンはまだ帰ってこない。まだ、レオンたちと何かやっているのだろうか。正直気になるが、今のところ自分にできるのは待つことだけ。


 ガチャリ。


 玄関のドアが開く音がした。タケルは慌てて目を閉じ、寝たフリをする。重い足音が近づき、布団の脇で止まる。


「待っていろ、タケル」


 ヴァルガンの声が、静かな部屋に響いた。


「貴様が腰を抜かすような『言葉』を紡いでやるからな」


 その言葉の意味を、タケルはまだ知らない。

 ただ、ヴァルガンが自分を仲間外れにしているわけではないことだけは伝わってくる。不安は消えていない。でも、それ以上に期待が膨らんでいた。

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