14. 魔王様セルフプロデュース大作戦!
レオンが曲の一案を完成させた翌日。
冒険者ギルド『獅子の牙』の会議室は、いつも以上の熱気に包まれていた。テーブルの上には、タケルが作った分厚い資料の山が鎮座している。
「今日の議題内容は『新人音楽祭での勝利方法』について。アイドルとして認められるため、そして箔をつけるための作戦会議です!」
タケルは指示棒で黒板をバンバン叩きながら熱弁を振るう。その瞳の輝きは誰よりも強い。
「レオンさんが作ってくれる曲は最高になる予感がしています。これをどう演出するか、そこがプロデューサーの腕の見せ所になります」
そう言いながら、タケルは一同に資料を配り始める。その紙には、綿密に練られた戦略が書き込まれていた。
「まず衣装ですが、今回は色んなパターンを考えてきました。まだ楽曲をどうするかも確定ではないので、バリエーション広めで対応できるようにしました」
「これまで通りワイルドなデザイン、それだけでなく王子様風のものや、スポーティなもの……本当に幅広いですね」
「ええ、こういうのは案を出してナンボですから」
衣装案をチェックするセレイナの手が止まらない。ラフなデザインではあるが、これまでのヴァルガンのイメージに合わせたものや、あえて方向性をガラリと変えるインパクト路線など種類が豊富だ。
「演出も衣装と曲に組み合わせやすいよう考えました。まだ確定ではないですが、動きのあるもの・派手なもの・静かなもの……どういった展開になってもピックアップできるようにしています」
「へぇ。方向性に合わせて、こっからパズルしてきゃいいってわけか」
「はい。スケジュールの面でもクオリティの面でも、これならバランスよく進行できます!」
タケルのプランはよく考えられていた。これまでの経験とヴァルガンの特性、そしてレオンの新曲。すべての要素を組み合わせ、どんな流れになったとしても魅力を引き出すための最適解を導き出している。
「どうだ、ヴァルガン。これならマリアンヌさんの聖歌隊にだって勝ち目がありそうだろ? どういう案にするか一緒に組み立てていこう!」
タケルは自信満々に問いかけた。
当然、「頼りにしているぞ」と言われると思っていた。今までだってそうだった。タケルが策を練りヴァルガンがそれを実行する、それが最強のコンビネーションだったから。
しかし。
「却下だ」
「……へ?」
「今回は貴様抜きで、我が考える」
ヴァルガンの口から出たのは、予想外の言葉だった。タケルは指示棒を取り落としそうになるのをこらえ、引きつった笑みを浮かべる。
「えーと……冗談だよな? ヴァルガンが考えるって、演出を?」
「冗談ではない。曲も歌詞も衣装も演出も、すべて我が決める」
ヴァルガンは真剣な眼差しで言い放った。その瞳に迷いはない。
「ちょ、ちょっと待て! なんで今回は俺が一緒に考えちゃダメなんだ!?」
タケルは困惑し、テーブルに身を乗り出して食い下がった。
今まで、演出に関しては全幅の信頼を置いてくれていたはずだ。なぜ急に?
「俺の案に不満があるなら直す。まだ時間はあるから、やりたいプランでも何でも考える。一人で抱え込む必要はないだろ!」
「不満などない、貴様の策が最善であることは我が一番知っている。だが、今回は違う。我のためのオリジナル曲ならば、その魂をどう表現するか、我自身で決めねばならん」
ヴァルガンは自分の胸に手を当てた。その言葉には魔王としての矜持と、アイドルとしての目覚めのようなものが感じられた。
確かに筋は通っている。自分の歌なのだから、自分で決めたいというのは当然の欲求。だが、タケルはプロデューサーだ。素人の思いつきでステージを台無しにするリスクを黙って見過ごすわけにはいかない。
「……気持ちはわかる。わかるけど、音楽祭は勝負の場なんだぞ」
「失敗などせん。我を誰だと思っている?」
「クソみてーな教官ライブ案出した奴の台詞じゃねーんだよ!!」
タケルは頭を抱えた。あの『物理的ハイタッチ(骨折可)』の悪夢が蘇る。あの時は止められたが、今回のヴァルガンは本気だ。
「タケル。我を信じろ」
ヴァルガンの真紅の瞳が、真っ直ぐタケルの目を見つめた。
「貴様が今まで、我を信じて導いたようにな。今度は我の番だ」
その瞳の奥にある光。それは、単なるワガママではない。何か確固たる意志、そしてタケルへの不器用な優しさのようなものが宿っていた。
(信じろ、か)
タケルは唇を噛んだ。ダメだとゴリ押しすれば通すことはできるかもしれない。だが、それでヴァルガンのモチベーションが下がってしまったら? 「やらされている」と感じてしまったら?
それはプロデューサーとして、やってはいけないことだ。
「……わかった」
タケルは深く息を吐き、分厚い資料を閉じた。
「今回は、ヴァルガンに任せる。……でも! 絶対に変なことするなよ!?」
「任せろ。貴様の度肝を抜いてやる」
「変なことしないって言ってくれよ!!」
ヴァルガンはニヤリと笑った。
不安しかない。不安しかないが、信じるしかない。
「じゃあ、今日は解散! 俺は帰って……胃薬飲みます……」
胃がキリキリするのを感じながら会議の終了を宣言したタケルは、よろよろと立ち上がり会議室を出ていく。その背中は、世界の終わりを見たかのような哀愁が漂っていた。
その場に残されたのはヴァルガンとガルド、そしてセレイナの三人。
「まさか、ヴァルガンが自分で考えるなんて言い出すとはな。面白ぇじゃねぇか」
「オリジナル曲への熱意があればきっとなんとかなります、応援していますよ」
「うむ。そして、貴様らに命令だ」
ヴァルガンはガルドとセレイナに向き直り、ビシッと指を差した。
「我の企画を手伝え」
「「えっ!?」」
予想外の言葉に、二人の声がハモった。
「おいおいおい! さっきタケルに『我が決める』ってタンカ切ったばっかじゃねぇか! 舌の根も乾かぬうちにこれかよ!」
「我が決めるのは変わらん。だが、何をどうすればよいのか皆目検討がつかん」
「よくそんな状態で、あんな大見得切りましたね……」
「実はだな……」
ひそひそとガルドとセレイナに耳打ちするヴァルガン。その言葉を聞いた二人は、なるほどと納得した様子で顔を見合わせた。
「ああ、そりゃ確かに……タケル抜きで作りたいって言うのも当然だな」
「ヴァルガンさんがやるからこそ意味があるオリジナル曲、というわけですね」
「そういうことだ。だから手伝え」
「はー……いいぜ、乗ってやるよ。俺たちギルドの総力を挙げて協力してやる」
「ええ。タケルさんにはお世話になっていますからね」
二人の快諾に、ヴァルガンは満足げに頷いた。
「うむ。で、まずは何から始めればいい?」
「タケルさんに気づかれないよう準備を進める方法の検討ですね」
セレイナが眼鏡をクイッと押し上げ、作戦参謀の顔になった。
「タケルさんは鋭いです。特にヴァルガンさんのことになると、些細な変化も見逃しません。普通に進めていたらすぐにバレてしまうでしょう」
「そこは我も気になっていたところだ」
「なので、情報が渡らないよう進行を徹底する必要があります。たとえば、衣装作りを完全に別ルートで進めたりなどですね」
セレイナは説明しながら黒板に図を描いていく。
タケルの円とヴァルガン・ガルド・セレイナの円を分け、ヴァルガン側に「ギルド」と書き加える。
「衣装なら『ギルド経由で作ることにした』って言えばなんとかなるな。繋がりのある職人に依頼すりゃいけるぜ!」
「ほう、良い案だ。採用してやる」
「予算はマスターのへそくりでなんとかなるでしょう」
「おい勝手に決めんなよ!?」
話はトントン拍子に進んでいく。
衣装、演出周りについてはガルドとセレイナの協力で進められそうだが、問題は歌詞。これはヴァルガン自身が必死に考えて生み出すしかない。
「タケルが蚊帳の外扱いでいじけるかもしれんが、本番で腰を抜かさせるためだ。多少の犠牲(タケルの精神的ダメージ)はやむを得ん」
「鬼だなお前。ま、その代わり最高のステージを見せてやりゃいいさ」
「ああ。今回は必ず感動させてやる」
ヴァルガンは窓の外、タケルが帰っていった方向を見ながら呟いた。
その横顔は世界征服を企む魔王のそれではなく、友人を喜ばせようと悪戯を仕掛ける少年のようだった。




