13. 深夜、屋台、魔王の新たな企み
深夜を回り、ようやくレオンとの作業が一段落。
冒険者ギルド『獅子の牙』の倉庫ことスタジオ(仮)を出ると、ルミナ・シティはすっかり静寂に包まれていた。
「はぁ~……今日は濃い一日だったな」
タケルは大きく伸びをして、凝り固まった肩を回した。
レオンは「帰ったら速攻で寝る」と言い残し、よろめきながら先に帰宅していった。残されたのは、タケルとヴァルガンの二人だけだ。
「歌い続けた我のことも労れ」
「ああ、お疲れ。喉、大丈夫か?」
「愚問だ。我の喉は鋼鉄より強靭よ」
「労る必要ねぇ~」
ぐぎゅううぅぅぅ〜……。
不意に、隣を歩くヴァルガンの腹から轟音が響いた。
「む。腹が減ったな」
「鋼鉄の喉も、エネルギー切れには勝てないか」
今日はぶっ通しで作業し続けていたため、まともな食事をとっていない。集中していた時は忘れていたが、食べていないことに気付いたタケルの腹も小さく鳴った。
「この時間だと『あくび亭』も閉まってるしなぁ。コンビニなんてあるわけないし……」
「案ずるな。向こうから美味そうな匂いが漂っているぞ」
ヴァルガンが路地裏の一角を指差した。
夜風に乗って、美味しそうな香りが流れてくる。
「行くぞ。我の嗅覚に間違いはない」
「はいはい、お供しますよ魔王様」
*
香りを辿って路地裏を抜けた先には、小さな赤い魔石ランプの明かりが揺れていた。移動式の屋台から白い湯気が立ち上っている。
屋台の中では、立派な髭を蓄えたドワーフの男が中華鍋のようなものを振るっていた。
「いらっしゃい。こんな遅くに珍しいね」
「まだやってますか?」
「おう。今日のスープはオークの骨をじっくり煮込んだ特製だ。精がつくぞ」
「美味そうではないか。二つ頼む」
タケルとヴァルガンは、丸太を削って作られた簡易な椅子に腰を下ろす。
調理が始まった屋台から漂う熱気と香りが、食欲を刺激する。
「……なんか久しぶりだな。こうやって二人、外でゆっくりメシ食うの」
タケルがしみじみと呟いた。
ここ最近はレオンのスカウトだの、マリアンヌとの遭遇だの、曲作りだのでバタバタしていた。顔を合わせてはいたが、仕事以外の話をするのは久しぶりかもしれない。
「フン。貴様が要領悪く走り回っているからだ」
「あのな、お前があちこちで騒ぎを起こすせいでもあるんだぞ」
「それは仕方あるまい」
「仕方なくねえよ」
軽口を叩き合っていると、ドンッ! と丼と箸が置かれた。
「へい、お待ちどう!」
(へー……異世界流のラーメンってことか。うまそ~)
目の前に置かれたのは、木製の丼になみなみと注がれた麺料理。
濃厚そうな白濁スープに、太めの縮れ麺。その上には分厚い炙り肉と、香草がたっぷり乗っている。
「いただきます!」
「うむ」
二人は同時に箸をつけ、麺をすすり込んだ。
熱々のスープが胃に染み渡る。濃厚な脂と肉の旨味が口いっぱいに広がり、疲れた体に活力が戻ってくるようだ。
「はぁ~……美味ぇ~」
「悪くない味だ。魔界の宴で出される料理には劣るが、合格点をやろう」
「素直に美味いって言えよな」
ズズッと麺をすすりながらタケルはふと、隣で丼を食べるヴァルガンの横顔を見る。湯気越しに見えるその顔は、初めて会った時とは随分違うように感じた。
「なぁ、ヴァルガン」
「肉はやらんぞ」
「いらんわ。……思えば、遠くへ来たもんだよな。路上ライブで大失敗して、雨の中で歌って、ワイバーンを倒して、ドブさらいして、後夜祭やって……」
タケルは食事する手を止め、これまでの光景を思い浮かべていた。
ヴァルガンも懐かしむように目を閉じる。
「魔王の我にやらせることではないものばかりだ」
「でも、楽しかったろ?」
「退屈しのぎにはなったかもしれんな」
ヴァルガンは素直ではないが、その口元は緩んでいた。
かつては命の危険を感じていた相手と、こうして並んで屋台で食事している。その事実がなんだか不思議で、奇妙な面白さを感じさせた。
「ギルドやあくび亭の人たち、それにレオンさん。みんなのおかげでここまで来た。そしてついに、ヴァルガンのオリジナル曲だ」
その言葉には深い実感がこもっていた。
もちろん、これまでのカバー曲にも思い入れはある。だが、オリジナル曲は違う。自分たちだけの武器、自分たちだけの証明だ。
「そんなに嬉しいのか? たかが一曲だろう」
ヴァルガンが麺をすすりながら尋ねる。
彼にとっては、今まで通り歌うだけという認識なのかもしれない。だが、タケルは首を横に振った。
「たかがじゃない、大事な一曲だ。オリジナル曲を持つってことは、アイドルとして一つの到達点だから」
タケルは熱っぽく語り出した。
アイドルが好きだからこそわかるのだ。推しユニットが初めてオリジナル曲を披露した時の感動が、メジャーデビューした時の喜びが。
「誰かの真似じゃない、『RE:Genesis』を世界に届けるための証なんだよ」
「証、か」
「ああ。魔王としての凄さじゃない。ヴァルガンという一人のアイドルがどれだけ魅力的か、みんなに教えてやるチャンスってことだ」
その想いを噛み締めるように、タケルは自分の胸に手を当てる。
「この曲ができたら、俺は胸を張って言えるんだ。『これが俺の担当アイドル、ヴァルガンの歌だ!』ってね。プロデューサーとして、これ以上の喜びはないよ」
そう語るタケルの瞳は、屋台の明かりを反射してキラキラと輝いていた。
そこにあったのは純粋な嬉しさと、魔王への敬意に満ちた想い。ヴァルガンは箸を止め、じっとタケルを見つめた。
(こいつは、いつもそうだ)
アイドルのためにと言って走り回り、泥をかぶり、頭を下げる。しかも手柄は譲り、自分は舞台袖で満足そうに笑っている。
ヴァルガンは今まで、タケルが用意したレールの上を走ることを良しとしてきた。言う通りにすれば観客は沸き、歓声が上がる。それは心地よいものであったし、魔王としての覇道に繋がると思っていた。
だが。
(それだけでは足りんのかもしれんな)
ヴァルガンの胸中に、小さな火種が生まれる。タケルは「これがヴァルガンの歌だ」と紹介できるのが嬉しいと言った。
ならば、その歌が想像の範疇に収まるもので良いはずがない。
(貴様が敷いたレールを綺麗に走るだけでは、貴様自身を驚かせることはできん)
プロデューサーであるタケルが指示したもので結果を出しても、それは予定調和に過ぎない。魔王とは常識を、予想を、そして運命さえもねじ伏せる存在。
(貴様が見たいのは『最高のヴァルガン』なのだろう? よかろう、見せてやろうではないか。想像を遥かに超える、真の王の姿を)
レオンの作った曲。あれは良い曲だが、まだ足りない。歌詞も、演出も、衣装も。タケルが用意した正解をなぞるのではない。自らが掴み取り、構築し、叩きつける「答え」が必要なのだ。
「おい、タケル」
「ん? なんだ?」
ヴァルガンは自分の丼に残っていた一番大きな炙り肉を箸で摘み上げると、それをタケルの丼へと放り込んだ。
「……え?」
タケルが目を丸くした。
食い意地の張っている魔王が肉を譲るなど、天変地異の前触れか。
「いいのか? お前、肉好きだろ?」
「貴様は貧弱すぎるからな。もっと肉をつけて、我の覇道についてこい」
「なんだそれ……サンキュ。貰っとくよ」
タケルは嬉しそうに肉を頬張った。
その笑顔を見ながら、ヴァルガンは心の中で不敵に笑う。
(ククク……覚悟するがいい、タケル。明日から貴様にとって胃の痛い日々が始まるからな)
サプライズ。
それは受ける側にとっては喜びだが、仕掛ける側にとっては緻密な計算と隠蔽工作が必要なミッション。特に、勘のいいプロデューサーを欺くとなれば尚更だ。
「ごちそうさまでした! いやぁ、美味かった!」
「うむ。店主、勘定だ」
「あいよ。また気が向いたら来てくれよ!」
代金を払い、二人は屋台を後にした。
深夜の空気が心地よい。並んで歩く二人の影が、街灯に照らされて長く伸びる。
「さーて、帰って寝るか! 明日はギルドで衣装や演出周りの打ち合わせ、忙しくなるぞー」
タケルは予定を確認しながら、やる気満々の様子だ。彼の中では既に、完璧なプランが組み立てられているのだろう。
「ああ、そうだな。会議は『重要』だ」
ヴァルガンは意味深に頷く。
明日の会議できっとタケルは狼狽えるだろう。怒るかもしれないし、落ち込むかもしれない。だが、その先にある景色を見せるためには必要な過程だ。
「楽しみにしておけ、タケル。これからの我の『進化』を」
「ははっ、大きく出たな! おう、一番近くで見届けてやるよ!」
ヴァルガンの脳内で、新たな構想が渦巻き始めていた。
それはタケルを蚊帳の外に置くことになるかもしれない。一時的に寂しい思いをさせるかもしれない。
だが、その先にある景色を見せるためなら、多少の強引さも許されるだろう。なんといっても自分は魔王なのだから。
(待っていろ。貴様が腰を抜かすような『最高』を突きつけてやる)
ボロ家『ひだまり荘』への帰り道。
月明かりの下、魔王の瞳は野心家のようにギラギラと輝いていた。




