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12. 新生レオン、覚醒の調べ

 数日後。

 冒険者ギルド倉庫のスタジオ(仮)には、先日とは全く違う空気が流れていた。

 重苦しい沈黙やピリピリとした緊張感はない。代わりに満ちているのは心地よい熱気と、何かが生まれようとしている予感だ。


「よし……やるか」


 ピアノの前に座ったレオンが、軽く指を鳴らした。

 自分の中で整理する時間をくれと提案し、戻ってきた彼の雰囲気は変わっていた。相変わらずボサボサの髪と無精髭という見た目ではあるが、よれた服装ではなくなり姿勢も良くなっている。

 何より変わったのは、その瞳。虚勢を張っていた頃のギラついた光ではなく、もっと静かで澄んだ光が宿っている。


「もう大丈夫なんです?」


 タケルが心配そうに声をかけると、レオンはフッと笑った。


「ああ、色々スッキリした。天才のフリをする必要がなくなったからな」


 肩の力を抜き、彼は鍵盤にそっと手を置いた。

 これまでは「俺の凄さを認めさせてやる」という承認欲求で曲を作ろうとしていた。だからこそ技術ばかりが先行し、ヴァルガンらしさを感じ取れなかった。

 でも今は違う。自分のためではなく、このデタラメなアイドルを輝かせるためだけに音を紡ぐ。そうすれば、こいつは自分を認めてくれるという安心感。そう割り切った瞬間、指先が驚くほど軽くなったのだ。


「では始めるぞ。我に相応しい『最強』の曲を作れ。以上だ」

「だから抽象的すぎるって言ってんだろ」


 ヴァルガンがふんぞり返って指示を出す。

 レオンは苦笑いしながら鍵盤を叩いた。


「ま、いいさ。テメェの言う『最強』を音に翻訳してやるよ」


 ダンッ、ダダッ……。

 弾き始めたのは重厚な低音が響くイントロ。

 以前のような無駄に複雑な転調はない。シンプルで力強いビートが、大地を踏みしめる足音のように響く。


「フン、悪くない」

「ここでリズムを跳ねさせたいです! 観客がノれるように、重いだけじゃなくて、こう……前へ進む疾走感が欲しいんです」

「疾走感か。なら、ここのコードを変えて……こうか?」


 不協和音を一瞬混ぜ、不穏さと緊張感を演出するレオン。だが、それは決して不快なものではなく、次の展開への期待感を煽るスパイスになっている。


「おおっ、それです! カッコいい!」

「だろ? こういう音も使いようなんだよ」


 三人の意見が飛び交う。

 以前のような衝突ではない。互いのアイデアを尊重し高め合うセッション。

 抽象的なイメージをレオンが次々と具体的な「音」に変えてくれる。これがプロの仕事なのかと、タケルは感動していた。


「乗ってきたな……おいクソ野郎、適当でいいから歌ってみろ!」

「指図するな」


 曲の骨組みができてきたところで、ヴァルガンが口を開いた。

 歌詞はまだない。「ラララ」や「オオオ」というハミングだけ。だが、その圧倒的な声量がメロディに命を吹き込む。


「オオオオオオオッ!!」


 腹の底に響く重低音。

 レオンのピアノが、それに呼応して激しさを増す。伴奏という枠を超え、歌声と殴り合うような激しい掛け合い。スタジオの空気がビリビリと震え、置かれていた空き缶がカタカタと音を立てる。


「これだ……! これがヴァルガンにピッタリの、RE:Genesisの音だ!」


 泥臭くて激しくて、でもどこか哀愁を帯びている。

 洗練された音楽とは対極にある、剥き出しの魂の叫び。これなら、新人音楽祭でも一矢報いることができるはずだと感じられた。


 *


 数時間のセッションの末、一つの楽曲案が完成。まだタイトルはないが、その旋律は間違いなく彼らにしか生み出せない形をしていた。


「はは……できた。これが、今の俺だからできた曲……」


 レオンは汗だくになりながら、満足げに笑った。かつての高尚な芸術ではない。大衆受けを狙った流行歌でもない。

 ただひたすらに、ヴァルガンという存在を表現するために作られた歪で美しい讃歌だ。


「見事だ、褒めてやろう」

「へいへい、ありがとよ。で、一番大事なものが残ってんぞ。歌詞は誰が書くんだ? まあ、歌う張本人がやるべきだと思うが」

「あ、それいいですね。オリジナル曲で初の作詞に挑戦!」


 レオンの提案に、タケルも目を輝かせて同意する。

 オリジナル曲。それは自分たちのメッセージを、世界に届けるためのもの。誰かの言葉を借りるのではなく、ヴァルガン自身の言葉で歌ってこそ価値があるというものだ。


「ふむ、よかろう。この曲に相応しい我の心象風景を、言葉という檻に閉じ込めてみせよう」

「おおっ! 期待してるぞ!」

「お手並み拝見といくか」


 タケルたちは期待に胸を膨らませた。

 この魔王がどんな言葉を紡ぐのか。きっと、誰も想像できないような壮大でカッコいい歌詞になるに違いない。


「では、しばし待て」


 ヴァルガンはペンと紙を持って部屋の隅へ移動した。

 背中を向けてうずくまり、ブツブツと何かを呟きながら書き続けている。


「よし、終わったぞ」

「早っ! もうできたのか!?」

「うむ。溢れ出る熱意を書き留めるだけだ、容易いことよ」


 ヴァルガンは自信満々に歌詞を見せてきた。そこに書かれていたのは──


『地獄の黙示録~愛という名の血塗られた裁き~』

「一番」

 燃え上がれ 業火の如く

 焼き尽くせ 愚民の心

 何度も甦る 闇の底より

 貴様の心臓 狩り尽くすまで


「ストォォォォップ! 何この歌詞!? さっき聞いた曲と路線違くね!?」

「ぬ? 何が不満だ。相手のすべてを奪い尽くすこと、すなわち愛というテーマで書いたが」

「怖い! 重い! ファンが逃げ出すわ!」

「こんな歌詞がさっきのメロディと合うわけねーだろ……没」

「なんだと? 貴様らには我の深淵なる表現力が理解できんのか!」


 二人にノーを突きつけられたヴァルガンが逆ギレする。

 どうやら、前途多難な作詞作業になりそうだ。最強の曲が完成する道は見えたが、それに乗せる言葉が見つからない。一つ解決したのに、すぐ新たな壁にぶつかってしまう。


(……でも、楽しいな)


 タケルはふと、そんなことを思った。

 ああだこうだと言い合いながら、作品を整えていく時間。一人で抱え込んでいた時とは違う。仲間がいる。支えてくれる人がいる。

 それが何よりも嬉しくて、タケルは自然と笑みがこぼれた。

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