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7. 自らのため突き進むのが魔王の在り方

 子供たちの食事の邪魔にならないよう、タケルたちは孤児院の中庭へと場所を移した。頭上には満天の星空が広がっている。


「先ほどは少々感情的になってしまい、失礼しました」


 マリアンヌは、そう言ってベンチに腰掛けた。

 それまでの冷徹な聖女モードとは違い、今は年相応の少女のような表情を見せている。


「華やかな衣装を着て、愛想を振りまき、時には武器を振るう。少しだけ本音を言えば、それが聖女のあるべき姿なのか、わたくしにはわかりません」


 彼女は自分の手をじっと見つめる。白く、細い指。だがその手は、多くの子供たちの生活を支えるために酷使されたのだろう、微かに荒れていた。


「本当は教会で静かに祈りを捧げたり、子供たちに勉強を教える時間を大切にしたいのです。歌うこと自体は好きですが、興行としてのアイドル活動に慌ただしさを感じることもあります」


 マリアンヌが吐露した感情。

 それは、完璧超人に見えた聖女の人間らしい一面だった。


「ですが、祈りでお腹は膨れません。現実を変えるには『力』が必要です。だから、根回しや交渉、やれるべきことはすべてやります。アイドルという影響力とお金で、救われる命があるのです」


 彼女の瞳に迷いはない。

 そこにあるのは、鋼のような覚悟だけ。


「わたくしはプロです。自分のやりたいことよりも、果たすべき役割を優先します。それが、この子たちの笑顔を守る唯一の方法ですから」


 嫌々やっているわけではない。使命感を持って、自らの意志でその道を選んでいるのだ。自分の夢や欲望よりも他者の幸福を優先する。それは間違いなく、聖女の生き様。


「俺たちは、世界の頂点に立ちたいって気持ちで動いてました。誰かを救いたいとか、そんな高尚な目的じゃなくて……」

「その感情自体を否定するつもりはありません。ですが、大義なき夢は脆い」


 マリアンヌは真剣な表情で、タケルを見つめる。


「貴方がたが音楽祭で勝ったとして、その先に何があるのですか? 誰を救えるのですか? ただの自己満足で終わるなら、それは『遊び』です」


 その問いかけに、タケルは答えられない。

 確かに自分たちの活動はエゴだ。誰かの役に立っているかと質問されたら、自信を持って「はい」とは言えない。


「くだらんな」


 重苦しい沈黙を破ったのはヴァルガンだった。

 彼は中庭の木に寄りかかり、腕を組んでマリアンヌを見下ろしている。


「……何がですか?」

「貴様の理屈だ」


 ヴァルガンは孤児院の窓を指差した。

 そこからは先ほどの少年、リュトが粗末なベッドの上で何かを口ずさみながら眠りにつこうとしている姿が見えた。


「あの小僧を見ろ。腹は満たされたかもしれんが、魂はどうだ?」

「……?」

「パンを与えれば命は繋がる。だが、それだけでは満たされん。生きるには明日への活力、心の火が必要だ」


 その言葉は核心を突いていた。

 生きるために必要なのは、衣食住だけではない。楽しみ、喜び、感動、そして「明日も頑張ろう」と思えるエネルギー。


「貴様の施しは立派だが、義務と責任感に魂を震わせる熱はあるのか? そこには渇望がない。満たされた者が施すだけの歌なんぞ、退屈な子守唄に過ぎん」

「……わたくしたちの活動で笑顔を生み、イベントを盛り上げた実績もあります。その上で救いを与えている以上、否定はさせません!」


 マリアンヌはヴァルガンを睨み、気丈に言い返した。相変わらず邪気の影響で吐き気が込み上げているようだが、手を握りしめて耐えている。


「精神論で現実は変わりません。たとえ渇望がないと言われようと、結果を出して子供たちを守る。それがわたくしの流儀です」


 平行線のまま、二人の主張はぶつかり合った。

 物質的な救済を掲げる聖女と、精神的な熱狂を掲げる魔王。どちらも正しい。だからこそ、譲れない。


「よかろう。貴様らがその道を選ぶように、我も我の道を進むのみだ」

「今のところ、辞退するつもりはない。そういうことですね?」

「……ええ、そうですね」


 タケルも顔を上げた。

 迷いがすべて消えたわけではないが、ヴァルガンの言葉で少しだけ前を向くことができた。


「俺たちは俺たちのやり方で、誰かを笑顔にしてみせます。それがただのエゴだとしても、きっと……やる価値と意味はあるはずです」

「心変わりして辞退してくださることを期待しています。もし参加するのなら容赦はしません、プロとして貴方がたを叩き潰します」

「お手柔らかにお願いします。……あ、物理攻撃はナシで」

「努力しましょう」


 言うべきことは言ったと判断したのか、マリアンヌは微笑みを浮かべ中庭を出て行った。


「タケル。軍師が迷っていては戦にならんぞ」

「ああ……わかってるよ。負けられないな、こりゃ」


 彼女の覚悟に敬意を表するためにも、全力でぶつかるしかない。新人音楽祭は単なるコンテストではなく、互いの信念をかけた戦場へと変わったのだ。

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