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6. ダンス、これすなわち華麗な回避戦術

 翌日。ルミナ・シティから歩くこと一時間、タケルと魔王ヴァルガンは人気のない山奥に来ていた。

 ゴツゴツとした岩肌がむき出しになり、時折どこからか魔物らしき鳴き声が聞こえるような場所だ。当然、人はいない。騒音苦情も来ないし器物損壊罪で訴えられる心配もない。


「うむ。ここならば全力を出しても文句はあるまい」


 ヴァルガンはジャージの袖をまくり上げ、やる気満々だ。目の前の巨岩に向かって、ウォーミングアップ代わりにシャドーボクシングをしている。その風圧だけで岩にヒビが入っているのを見て、タケルは慌てて止めに入る。


「いや、全力は出しちゃダメです。目的は『破壊』じゃなくて『魅了』ですから! 岩を砕いてもファンは増えませんよ!」

「ぬ? ならばどうしろと言うのだ。力を抜けば、動きにキレが出ぬ。全力を出せば、地形が変わる。……アイドルの道とは、これほどまでに険しいものなのか」


 ヴァルガンは真剣に悩んでいた。前回の公園レッスンで露呈した出力制御問題、魔王としてのスペックが高すぎて普通に踊ろうとすると災害になってしまう。

 タケルは昨晩、ボロ家の天井のシミを見つめながら考え抜いた。どうすれば、この破壊神に繊細なダンスを教えられるか。優しく、可愛くなんて抽象的な言葉はこの男の辞書には絶対存在しない。

 ならば、魔王の言語に合わせて、インストールの仕方を変えるしかない。タケルはキリッとした顔で問いかけた。


「魔王様、質問です。ダンスとはなんだと思いますか?」

「求愛行動か、あるいは威嚇行動だろう。孔雀が羽を広げるようなものだ」

「違います。ダンスとは……言うなれば、『回避行動』です」

「……ほう?」


 ヴァルガンの眉がピクリと動いた。興味を持った合図だ、タケルは畳み掛ける。


「ステージの上には、数万の視線という名の『矢』が降り注ぎます。照明、音響、カメラワーク……あらゆる要素が襲いかかってくる戦場です。そこで棒立ちしていればどうなりますか?」

「蜂の巣だな」

「その通り! だからこそ、アイドルは常に動き続けなければならない! リズムに合わせて敵の攻撃を読み、最小限の動きで華麗にかわす! その『余裕』こそが、観客を魅了するのです!」

「なるほど……動体視力と反射神経の修練というわけか。合理的だ」


 ヴァルガンは納得したように頷く、狙い通りだ。やはりこの男、戦闘理論に置き換えると理解が早い。


「では、実践といきましょう」


 タケルは持ってきたリュックをガサゴソと漁る。中から、ルミナ・シティの雑貨屋で買ってきた子供用のボールを取り出した。赤、青、黄色とカラフルなそれらを、タケルは両手に構える。


「これから俺がボールを投げます。貴方はリズムに合わせて、これをかわしてください」

「なんだ、そんなことでいいのか? 容易いな」

「ただし! 大きく避けてはいけません。ステップ幅は肩幅まで! そして上半身はブレさせないこと! あくまで『華麗に』です!」

「注文が多いな……。まあいい、来い!」


 ヴァルガンが構える。タケルは深呼吸し、足でリズムを刻み始めた。


「ワン、ツー、ワン、ツー! はいっ!」


 タケルがボールを投げる。そんなに早くもない、キャッチボールで受け取れるくらいのゆるいボールだ。

 ヴァルガンは鼻で笑い──


「ぬんッ!」


 パァンッ!!


 裏拳でボールを弾き飛ばした。乾いた音がして、破裂したボールが散らばる。


「弾いちゃダメーッ! かわすんです! アイドルは暴力を振るいません、来たボールを受け流すんです!」

「む……。つい迎撃してしまった」

「迎撃禁止! カウンターも禁止です! もう一回!」


 気を取り直して、再開。ワン、ツー、ワン、ツー……ヴァルガンは渋々、上体を揺らしながらボールを避ける。


 ドスン、ドスン。


 まだ足音が重く、地面が少し凹んでいる。


「もっと軽く! 膝のバネを使って! 地面を蹴るんじゃなくて、地面と友達になる感じで!」

「地面と……友達……?」

「そうです! ボールをギリギリで見切れば、大きな動作は要りません!」


 タケルは投げるペースを上げた。ポン、ポン、ポン。ヴァルガンは最初こそ戸惑っていたが、次第にコツを掴んできたようだ。


(来る物体に対して、必要最低限の軸移動のみで対応する……。無駄な力を抜き、重心を常にセンターに置く……)


 ヴァルガンの思考が、戦闘モードへと切り替わる。力任せの破壊ではなく、流れるような体術へ。


 シュッ。シュッ。


 ヴァルガンの動く音が変わった。タケルが連続で投げ続けても、ヴァルガンは表情一つ変えずヒョイヒョイとかわしていく。

 右へ、左へ。その動きは残像を残すほど速いが、足音は驚くほど静かだ。その動きはタケルの目から見れば、まさしくキレのあるアイドルステップそのものだった。


「その調子です、次はターン! 背後の敵を確認する索敵動作だと思って!」

「いくぞ!」


 クルッ。

 ヴァルガンが軸足を中心に、コマのように回転するが全くブレない。遠心力でジャージが膨らむが、体幹は微動だにしない。


「指差し確認! 敵将へのロックオンです!」

「そこだ!」


 ビシッ!

 ヴァルガンが岩陰を指差して静止する。荒削りなところはあるが形になっている。この短時間でダンスの基礎を戦闘技術として習得しつつあった、その時。


「ブモォォォォォッ!!」


 岩陰から巨大な影が飛び出してきた。豚の顔に筋肉質の巨体。手には太い棍棒を持ったモンスター、オークだ。野生のオークが、タケルたちの騒ぎを聞きつけて獲物だと思い襲ってきたのだ。


「ひええっ!?」


 タケルが腰を抜かしそうになる。だが、ヴァルガンは動じない。


「なんだ、雑魚め。稽古の邪魔だ。一発で潰し──」

「攻撃禁止ィィィ!!」


 ヴァルガンが拳を握りしめ、オークを粉砕しようとした直前でタケルの絶叫が響いた。


「は?」

「ステップ! 今のステップで翻弄してください! それが最終試験です!」

「チッ、面倒な……」

(もしここでやりきることができたら、クセとして身につくはず……!)


 ヴァルガンは舌打ちをしたが、軍師であるタケルの命令には従った。オークが棍棒を振り下ろす。


 ブォンッ!


 空を切る音。ヴァルガンの姿は、そこにはなかった。オークが驚いて顔を上げると、既にヴァルガンはオークの背後に回っている。


「ブモッ!?」


 オークが横薙ぎに振るう。ヴァルガンは、まるで氷の上を滑るかのように、足を交差させて後ろへ下がった。


(教えてないのに無駄に滑らかなムーンウォークを!?)

「ブモオオオオ!!」


 怒り狂ったオークが棍棒を振り回すが、当たらない。ヴァルガンはスピンし、ステップを踏み、時折ポーズを決めながら全ての攻撃を紙一重でかわし続ける。その姿は、岩山をステージに見立てて踊るダンサーそのもの。

 ただし、衣装はパツパツの芋ジャージ。相手は豚の怪物。シュールすぎる光景だが、タケルには見えた……アイドルの輝きが。


「モ、モ……ブモォン……」


 数分後。息切れしたオークは目を回して、自らの足でもつれてドタリと倒れた。ヴァルガンは汗一つかいていない。ゆっくり髪をかき上げたあと、最後の指差しポーズを倒れたオークに向けてビシッとキメた。


「サイコー! それです、完璧です魔王様! 今の動き、完全に『ダンス』になってましたよ!」

「……フン。敵を弄ぶのも、案外楽しめるものだな」


 ヴァルガンはジャージの襟を直し、満足げに鼻を鳴らした。


「回避行動としての舞踏……奥が深い。極めれば、万の軍勢の中を無傷で歩くことも可能かもしれん」

(いや、目的がズレてきてるけど……まあいいか)


 タケルは心の中でツッコミを入れつつ、確かな手応えを感じていた。この調子でいけば歌もファンサも、全て戦闘に置き換えて教え込めるかもしれない。アイドルにはまだほど遠いが、少しだけ道が開けた気がした。


 なお、倒れたオークはそのあと、ヴァルガンが「腹が減った」と言って美味しくいただいた。(※調理担当:タケル)

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