6. 聖女として、アイドルとして背負うもの
聖女マリアンヌに連れられ、タケルとヴァルガンが向かったのはルミナ・シティの郊外。華やかな商業区とは違い街灯も少なく、人通りもまばらな静かな住宅街のエリアだ。
目の前には、少し古びた石造りの大きな建物が建っている。
「ここは……?」
タケルが看板を見上げると、『聖アイディール孤児院』という文字が刻まれていた。建物の中から子供たちの賑やかな話し声と食器が触れ合う音、そして微かにスープの香りが漂ってくる。
「さあ、入りましょう」
マリアンヌは慣れた様子で扉を開けた。
中にあったのは広い食堂。長い木のテーブルに、数十人の子供たちが座っている。あちこちに継ぎ接ぎのある服を着た子、包帯を巻いた子など様々だがその表情には笑顔があった。
「あ! マリアンヌお姉ちゃん!」
「こんばんは、聖女さま!」
子供たちが一斉に歓声を上げる。
マリアンヌの表情が先ほどまでの職務に忠実な雰囲気から一変し、慈愛に満ちた笑顔になった。
「みんな、いい子にしていましたか? もうお夕飯は食べました?」
「今から食べるところ!」
「そう。では、わたくしたちもお手伝いしますね」
彼女がそう言うと、その後ろにいた『ホーリー・エンジェルス』のメンバーは殺る気満々の武器をしまい、配膳を手伝い始めた。
「シスター、こちらは私たちにお任せください」
「お野菜は食べられるようになった?」
「おかわりの準備も必要でしょうか」
孤児院のシスターを手伝いながら、子供の世話をする少女たち。そこには物理的に浄化しようとしていた物騒さは微塵もない。
(さっき、俺たちをボコろうとした雰囲気と全然違う……)
タケルはあまりのギャップに呆然とした。
温かいスープを飲み、パンを分け合う子供たちの姿。貧しいながらも確かな幸せがあった。
*
「商品の売上、イベントでの収益など……わたくしたちがアイドル活動で得た利益はすべて、この街にある孤児院の運営費になっています」
一通り手伝いを済ませたあと、マリアンヌが静かに語りかけてきた。彼女は食堂を見渡す。その瞳には子供たちへの愛情と、重い責任感が宿っていた。
「子供たちの食費、医療費、教育費。他にも、貧困層を支援するための基金やボランティアイベント開催費用など、教会が主催する慈善事業のため使っています」
「全部、マリアンヌさんたちが稼いでるんですか?」
「ええ。国からの補助だけでは足りませんから。わたくしたちが歌わなければ、教会に所属する人々で力を合わせなければ、この子たちに十分な用意ができません。病気になっても薬すら買えないのです」
その言葉の重みに、タケルは息を呑んだ。
アイドル活動。それは華やかなステージと歓声の世界だと思っていた。だが彼女たちにとっては、文字通り命を繋ぐための戦いだったのだ。
「わたくしにとってアイドルとは、ただの娯楽ではありません。弱きを助け、命を守るための『聖なる務め』なのです」
その覚悟は本物だ。タケルたちが便利屋仕事やドブさらいで得た金は、生活費や次のライブの準備費用に消えている。
もちろん、それも立派な経済活動だ。だが、誰かの命を背負っているという重圧とは比べ物にならない。
「……すごいですね」
素直に認めるしかなかった。
聖女という肩書きに胡座をかくことなく現実と向き合い、子供たちの未来を守っている。その姿勢は尊敬に値するものだ。
「あ……!」
そんなふうに二人が話していると、食堂の隅で食事をしていた一人の少年がタケルたちに気づいて声を上げた。
十歳くらいの、見覚えがある痩せた少年。少年はスプーンを置き、駆け寄ってヴァルガンに抱きついた。
「おじちゃん!」
「君は……あの時の!?」
タケルは驚いて声を上げた。
彼は雨の日、公園でヴァルガンの歌を聴いてくれた最初のファンだ。
「どうして君がここに?」
「ここ、僕のおうちなんだ」
少年は無邪気な笑顔で、ヴァルガンを見上げる。
「あのね、おじちゃん。僕、あれから頑張ってるよ! 嫌なことがあっても、おじちゃんの歌を思い出して負けないようにしてるんだ!」
「フン。いい心がけだ、精進するがいい」
ヴァルガンはぶっきらぼうに答えながら、大きな手で頭をポンと撫でる。少年は嬉しそうに微笑んだ。
「……知り合いでしたか」
二人の交流を見て、マリアンヌは複雑そうな表情を浮かべる。
「リュト。あまり、変な人たちと親しくしてはいけませんよ」
「えっ? でも、おじちゃんの歌、すごくカッコいいんだよ。勇気をくれたんだ!」
少年──リュトはヴァルガンを庇うように前に出た。
マリアンヌはしゃがみ込み、目線を合わせながら話を続ける。
「でもリュト、勇気でお腹はいっぱいにならないでしょう?」
「う……」
「今日食べたスープも、ふかふかのベッドも、受け取るためには別のものが必要なんです」
優しい口調で、現実的な問いかけをする。
リュトは言葉に詰まり、俯いた。子供心にも彼女の言っていることが「正しい」とわかってしまったからだ。
「さ、まだご飯の途中でしょう? 戻ってゆっくり食べてらっしゃい」
「はーい……」
リュトはチラリとヴァルガンを見て、まだ話したそうにしながらも席へと戻っていった。その姿を見送ってからマリアンヌは立ち上がり、タケルたちに向き直る。
「理解できましたか? これが、わたくしたちが背負う『現実』です」
先ほどまでの雰囲気から一転、彼女の声は冷徹だった。
「貴方がたの歌は、一時の気休めにはなるかもしれません。でも、この子たちの生活を支えているのは、わたくしたちの活動です」
圧倒的な大義の差。
エゴで歌う者と、責任で歌う者。
「今回の音楽祭で優勝すれば、多額の賞金が手に入ります。それを用いて孤児院の雨漏りや設備を直し、新しい教科書を買う予定なのです」
マリアンヌは一歩踏み出し、タケルを睨みつける。
「貴方がたがイベントの格を下げるような真似をすれば、わたくしたちの今後の活動に支障があるかもしれません。それは間接的に、この子たちの生活を奪うことになるのです」
「……」
タケルは言葉を失った。
ただ、自分たちの歌を届けたいだけ。でも、結果として彼女たちの活動にマイナスが生まれると子供たちが困る。その事実を否定することはできなかった。




