表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/98

3. 混ぜるな危険!? 魔王と天才の煽り合い

 冒険者ギルド『獅子の牙』が管理する資材倉庫。

 普段は予備の武器や保存食が積まれている場所だが、防音性が高いという理由でその一つを『RE:Genesis 新曲制作スタジオ(仮)』として使用することになった。

 ギルド内にあったピアノや長机などが運び込まれ、即席の音楽室ができあがっている。


「……で? テメェら、マジで俺を監禁する気か?」


 スタジオ(仮)のソファに座らされ、不貞腐れているのはレオンだ。

 先ほどの拉致騒動のあと、ヴァルガンに担がれてここまで運ばれてきた。酔いは完全に醒め、今は怒りと警戒心で目がギラついている。


「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。仕事のご提案でご招待したんですから。ほら、これを見てください」


 タケルは満面の笑みで、一枚の紙をレオンの前に差し出した。

 レオンは渋々受け取り、その紙──楽曲制作委託契約書──に目を通す。報酬額の欄を見て、驚いたように口を開いた。


「……相場の三倍? ふざけた額だな。詐欺にしか見えねえ」

「ご安心ください、正式な契約書です。マスターも内容を確認済みで、『獅子の牙』の承認印もあります。お引き受けいただけた場合、半額を着手金としてお支払いします」

「才能のある奴には金を惜しまないのが俺のスタンスでな。ここまでやってんだ、俺の顔に泥を塗ったりしねぇよな?」


 セレイナが内容を補足したあと、仁王立ちしていたガルドがニヤニヤしながら親指を立てた。その笑顔は爽やかだが、腕の筋肉が盛り上がっているせいで圧がすごい。


「チッ。……権力と暴力には勝てねぇってか」


 レオンは舌打ちし、契約書を乱暴に机に放り投げた。


「暇つぶしだ。金払いがいいし、三流どものお遊戯に付き合ってやるよ」

「ありがとうございます! じゃあ早速、曲作りに取り掛かりましょう!」


 タケルは手を叩き、レオンをピアノへ促した。

 彼は気だるげに立ち上がり、ピアノの前に座る。鍵盤蓋を開け、軽く音を確かめるように指を走らせた。


「で、どんな曲がいいんだ? どうせ流行りのやつが欲しいんだろ。好きだよ~だの愛してる~だの、そういう安っぽいクソみてーなの」

「違います! 俺たちが求めているのは、ヴァルガンの圧倒的な覇気と孤独、そして何者にも屈しない力強さ……それらを全部詰め込んだ、魂を震わせる感じのやつです!」

「注文多いな、めんどくせー。要はドラマチックにしたいんだろ、こんな感じで」


 そう言って弾き始めたのは、短調のメロディ。

 低音を効かせた伴奏に、切なげな旋律が乗る。ドラマや映画の悲しいシーンで流れそうな、教科書通りに上手い曲だ。


(……うーん)


 タケルは腕を組み、首を傾げた。

 確かに技術は高い。悪くはないのだが、何かが足りない。少なくとも、あの酒場で聞いた感情を揺さぶるような響きは見出だせない。


「なんかこう……綺麗すぎるんですよね。もっと泥臭いというか、心臓を鷲掴みにされるようなインパクトが欲しいんです」

「はぁ? 素人が抽象的なこと言ってんじゃねぇよ。音楽理論も知らねぇくせに」


 曖昧な注文に苛立ったのか、レオンが演奏する手を止める。


「俺の曲は計算され尽くしてるんだよ。進行もメロディの起伏も、感動するように狙ってる。何がどう文句あるってんだ?」

「いや、計算とか理論じゃなくて……!」

「音楽家よ、その音は軽すぎる。まるでBGMのようだな、毒にも薬にもならん」

「……なんだと?」


 ヴァルガンの指摘に、レオンの顔色が変わった。プライドを傷つけられた芸術家の顔だ。


「テメェ、耳が腐ってんじゃねぇか? 俺の音楽を背景呼ばわりとは。この繊細なタッチがわからねぇとは、これだから野蛮人は困る」

「ほう? 貴様が言う繊細とは、誰にでも当てはめられる無難でつまらん曲を指すのか。そんな音楽、死んでいるとしか思えんが」


 魔王は容赦なく、披露した旋律を「死んでいる」と断じた。その言葉を聞いたレオンの顔が怒りで歪む。


「我に必要なのは、聴く者の魂を引きずり出す引力だ。今の演奏には熱がない」

「チッ、うるせぇな!」


 レオンが鍵盤をバンッ! と叩きつけた。不協和音が倉庫に響く。


「熱だの魂だの、精神論で音楽が作れると思ってんのか!? そういう曖昧でクソみてーな指示に合わせると、バランスが崩れて聴くに堪えなくなるんだよ!」

「知ったことか。我に合わせろ」

「合わせるのは歌う側の仕事だろうが! 俺の作った完璧な響きを、耳障りなダミ声で汚される身にもなってみろ!」

「ちょっ、待った待った! 二人とも落ち着いて!」


 一触即発。

 ヴァルガンから闘気が漏れ出し、レオンも負けじと殺気立った目で睨み返す。

 芸術家と魔王のプライド、二つの巨大なエゴが正面衝突し火花を散らしている。タケルが慌てて二人の間に割って入るが、完全に空気だ。


「さっきの音楽なんぞ、心地良い雑音に過ぎん。我の覇気を表現できぬ無能め」

「そこまで言うなら自分で作りやがれ! つっても、テメェみたいな脳筋野郎にはひっくり返ってもできるわけねーだろうがな!?」


 普通なら魔王の圧に怖気づくところだが、レオンは一切引かずに煽りまくる。イラッとしたのか、ヴァルガンの額に青筋が浮かんだ。


「どうやら立場をわからせてやる必要があるようだな」

「やってみろよ筋肉ダルマ! 俺に何かあったら曲は完成しねぇぞ!」

「ああもう、だから落ち着いてくれって!」


 我慢の限界が来たレオンは乱暴にピアノの蓋を閉じ、そのまま出口へと向かう。


「ナメた口利きやがって、俺は帰る!」

「おい待て、さっき仕事を受けるって言ったのはお前だろ?」

「知るか! 俺の美学を汚す奴とは一秒だって一緒にいたくねーんだよ、どけ!」


 止めに入ったものの、レオンの剣幕にさしものガルドも一瞬たじろいだ。自分の聖域(音楽)を侵されたことへの本能的な拒絶と怒りは、強烈なエネルギーだった。

 レオンはガルドの脇をすり抜け、ドアを蹴り開けて出て行ってしまう。バタン! とドアが閉まる音が虚しく響き渡った。セレイナが静かに眼鏡の位置を直し、ため息をつく。


「はぁ……最悪のスタートですね」

「ヤバい……。曲作り以前の問題だ、チームが空中分解しかけてる……」


 一番恐れていた事態、方向性の不一致。クリエイターとクライアントの対立。しかも、どちらも我が強く絶対に譲らないタイプ。

 混ぜるな危険、まさに劇薬同士を合わせた結果の大爆発だった。


「フン。あのような男、放っておけ。我に意見するなど百年早い」

「こっちはそうやって選べる立場じゃないんだっての……!」


 タケルは顔を覆った。

 確かにレオンの態度は酷かった。だが、あの時のピアノの音色。酒場で聴いたあの旋律は本物だった。

 技術だけじゃない、心に爪痕を残すような渇望と情熱。あれこそが、ヴァルガンに必要な「何か」だったはずなのに。


(……ヴァルガンが違うという理由はわかる。あの時の演奏と、確実に違うから)


 だが、何がどう違うのか具体的に説明することができない。

 プロデューサーとして二人の才能を繋ぐ架け橋にならなければいけないのに、そのためにどうすればいいかが見えない。糸は絡まってぐちゃぐちゃの状態だ。


(でも、諦めきれない)


 あの演奏とヴァルガンの歌声。もしこの二つが噛み合えば、とてつもない化学反応が起きる。直感がそう告げている。


「……明日、もう一度行ってきます」

「まだ行くのか? お前も懲りねぇな」

「だって、他にいないんですよ! 俺たちに付き合うような変人、かつ天才なんて! 土下座してでも連れ戻します。そして、今度こそ納得させてみせますよ!」

「フン、勝手にしろ」


 ヴァルガンはそっぽを向いたが、止めることはしなかった。タケルの「諦めない」という性質を、誰よりも理解しているからだ。


 *


 一方、ギルドを飛び出したレオンは夜の街をふらふらと歩き、いつもの古酒場へと辿り着いた。


「クソッ。ふざけやがって……」


 酒場のカウンターに座り、安酒をあおる。

 イライラが収まらない。あの時のヴァルガンの言葉が、耳から離れないのだ。


『そんな音楽、死んでいるとしか思えんが』

『今の演奏には熱がない』


「……何も知らねーくせに」


 レオンはグラスを壊してしまいそうなほど、強く握った。


「俺の音は……死んでない……!」


 自分に言い聞かせるように呟くが、その声は虚しく響くだけ。グラスに注がれた酒に映るレオンの顔は、ひどく情けなく歪んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ