3. 混ぜるな危険!? 魔王と天才の煽り合い
冒険者ギルド『獅子の牙』が管理する資材倉庫。
普段は予備の武器や保存食が積まれている場所だが、防音性が高いという理由でその一つを『RE:Genesis 新曲制作スタジオ(仮)』として使用することになった。
ギルド内にあったピアノや長机などが運び込まれ、即席の音楽室ができあがっている。
「……で? テメェら、マジで俺を監禁する気か?」
スタジオ(仮)のソファに座らされ、不貞腐れているのはレオンだ。
先ほどの拉致騒動のあと、ヴァルガンに担がれてここまで運ばれてきた。酔いは完全に醒め、今は怒りと警戒心で目がギラついている。
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。仕事のご提案でご招待したんですから。ほら、これを見てください」
タケルは満面の笑みで、一枚の紙をレオンの前に差し出した。
レオンは渋々受け取り、その紙──楽曲制作委託契約書──に目を通す。報酬額の欄を見て、驚いたように口を開いた。
「……相場の三倍? ふざけた額だな。詐欺にしか見えねえ」
「ご安心ください、正式な契約書です。マスターも内容を確認済みで、『獅子の牙』の承認印もあります。お引き受けいただけた場合、半額を着手金としてお支払いします」
「才能のある奴には金を惜しまないのが俺のスタンスでな。ここまでやってんだ、俺の顔に泥を塗ったりしねぇよな?」
セレイナが内容を補足したあと、仁王立ちしていたガルドがニヤニヤしながら親指を立てた。その笑顔は爽やかだが、腕の筋肉が盛り上がっているせいで圧がすごい。
「チッ。……権力と暴力には勝てねぇってか」
レオンは舌打ちし、契約書を乱暴に机に放り投げた。
「暇つぶしだ。金払いがいいし、三流どものお遊戯に付き合ってやるよ」
「ありがとうございます! じゃあ早速、曲作りに取り掛かりましょう!」
タケルは手を叩き、レオンをピアノへ促した。
彼は気だるげに立ち上がり、ピアノの前に座る。鍵盤蓋を開け、軽く音を確かめるように指を走らせた。
「で、どんな曲がいいんだ? どうせ流行りのやつが欲しいんだろ。好きだよ~だの愛してる~だの、そういう安っぽいクソみてーなの」
「違います! 俺たちが求めているのは、ヴァルガンの圧倒的な覇気と孤独、そして何者にも屈しない力強さ……それらを全部詰め込んだ、魂を震わせる感じのやつです!」
「注文多いな、めんどくせー。要はドラマチックにしたいんだろ、こんな感じで」
そう言って弾き始めたのは、短調のメロディ。
低音を効かせた伴奏に、切なげな旋律が乗る。ドラマや映画の悲しいシーンで流れそうな、教科書通りに上手い曲だ。
(……うーん)
タケルは腕を組み、首を傾げた。
確かに技術は高い。悪くはないのだが、何かが足りない。少なくとも、あの酒場で聞いた感情を揺さぶるような響きは見出だせない。
「なんかこう……綺麗すぎるんですよね。もっと泥臭いというか、心臓を鷲掴みにされるようなインパクトが欲しいんです」
「はぁ? 素人が抽象的なこと言ってんじゃねぇよ。音楽理論も知らねぇくせに」
曖昧な注文に苛立ったのか、レオンが演奏する手を止める。
「俺の曲は計算され尽くしてるんだよ。進行もメロディの起伏も、感動するように狙ってる。何がどう文句あるってんだ?」
「いや、計算とか理論じゃなくて……!」
「音楽家よ、その音は軽すぎる。まるでBGMのようだな、毒にも薬にもならん」
「……なんだと?」
ヴァルガンの指摘に、レオンの顔色が変わった。プライドを傷つけられた芸術家の顔だ。
「テメェ、耳が腐ってんじゃねぇか? 俺の音楽を背景呼ばわりとは。この繊細なタッチがわからねぇとは、これだから野蛮人は困る」
「ほう? 貴様が言う繊細とは、誰にでも当てはめられる無難でつまらん曲を指すのか。そんな音楽、死んでいるとしか思えんが」
魔王は容赦なく、披露した旋律を「死んでいる」と断じた。その言葉を聞いたレオンの顔が怒りで歪む。
「我に必要なのは、聴く者の魂を引きずり出す引力だ。今の演奏には熱がない」
「チッ、うるせぇな!」
レオンが鍵盤をバンッ! と叩きつけた。不協和音が倉庫に響く。
「熱だの魂だの、精神論で音楽が作れると思ってんのか!? そういう曖昧でクソみてーな指示に合わせると、バランスが崩れて聴くに堪えなくなるんだよ!」
「知ったことか。我に合わせろ」
「合わせるのは歌う側の仕事だろうが! 俺の作った完璧な響きを、耳障りなダミ声で汚される身にもなってみろ!」
「ちょっ、待った待った! 二人とも落ち着いて!」
一触即発。
ヴァルガンから闘気が漏れ出し、レオンも負けじと殺気立った目で睨み返す。
芸術家と魔王のプライド、二つの巨大なエゴが正面衝突し火花を散らしている。タケルが慌てて二人の間に割って入るが、完全に空気だ。
「さっきの音楽なんぞ、心地良い雑音に過ぎん。我の覇気を表現できぬ無能め」
「そこまで言うなら自分で作りやがれ! つっても、テメェみたいな脳筋野郎にはひっくり返ってもできるわけねーだろうがな!?」
普通なら魔王の圧に怖気づくところだが、レオンは一切引かずに煽りまくる。イラッとしたのか、ヴァルガンの額に青筋が浮かんだ。
「どうやら立場をわからせてやる必要があるようだな」
「やってみろよ筋肉ダルマ! 俺に何かあったら曲は完成しねぇぞ!」
「ああもう、だから落ち着いてくれって!」
我慢の限界が来たレオンは乱暴にピアノの蓋を閉じ、そのまま出口へと向かう。
「ナメた口利きやがって、俺は帰る!」
「おい待て、さっき仕事を受けるって言ったのはお前だろ?」
「知るか! 俺の美学を汚す奴とは一秒だって一緒にいたくねーんだよ、どけ!」
止めに入ったものの、レオンの剣幕にさしものガルドも一瞬たじろいだ。自分の聖域を侵されたことへの本能的な拒絶と怒りは、強烈なエネルギーだった。
レオンはガルドの脇をすり抜け、ドアを蹴り開けて出て行ってしまう。バタン! とドアが閉まる音が虚しく響き渡った。セレイナが静かに眼鏡の位置を直し、ため息をつく。
「はぁ……最悪のスタートですね」
「ヤバい……。曲作り以前の問題だ、チームが空中分解しかけてる……」
一番恐れていた事態、方向性の不一致。クリエイターとクライアントの対立。しかも、どちらも我が強く絶対に譲らないタイプ。
混ぜるな危険、まさに劇薬同士を合わせた結果の大爆発だった。
「フン。あのような男、放っておけ。我に意見するなど百年早い」
「こっちはそうやって選べる立場じゃないんだっての……!」
タケルは顔を覆った。
確かにレオンの態度は酷かった。だが、あの時のピアノの音色。酒場で聴いたあの旋律は本物だった。
技術だけじゃない、心に爪痕を残すような渇望と情熱。あれこそが、ヴァルガンに必要な「何か」だったはずなのに。
(……ヴァルガンが違うという理由はわかる。あの時の演奏と、確実に違うから)
だが、何がどう違うのか具体的に説明することができない。
プロデューサーとして二人の才能を繋ぐ架け橋にならなければいけないのに、そのためにどうすればいいかが見えない。糸は絡まってぐちゃぐちゃの状態だ。
(でも、諦めきれない)
あの演奏とヴァルガンの歌声。もしこの二つが噛み合えば、とてつもない化学反応が起きる。直感がそう告げている。
「……明日、もう一度行ってきます」
「まだ行くのか? お前も懲りねぇな」
「だって、他にいないんですよ! 俺たちに付き合うような変人、かつ天才なんて! 土下座してでも連れ戻します。そして、今度こそ納得させてみせますよ!」
「フン、勝手にしろ」
ヴァルガンはそっぽを向いたが、止めることはしなかった。タケルの「諦めない」という性質を、誰よりも理解しているからだ。
*
一方、ギルドを飛び出したレオンは夜の街をふらふらと歩き、いつもの古酒場へと辿り着いた。
「クソッ。ふざけやがって……」
酒場のカウンターに座り、安酒をあおる。
イライラが収まらない。あの時のヴァルガンの言葉が、耳から離れないのだ。
『そんな音楽、死んでいるとしか思えんが』
『今の演奏には熱がない』
「……何も知らねーくせに」
レオンはグラスを壊してしまいそうなほど、強く握った。
「俺の音は……死んでない……!」
自分に言い聞かせるように呟くが、その声は虚しく響くだけ。グラスに注がれた酒に映るレオンの顔は、ひどく情けなく歪んでいた。




