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2. その男、アルコール度数高めにつき

 ルミナ・シティの芸術区画。石畳の通りには楽器など音楽関連の店舗が並び、どこからともなく優雅な旋律が流れてくる文化の薫り高いエリア。

 そんな洗練された雰囲気の場所で、タケルは頭を抱えていた。


「またダメか~……」


 手元のリストに赤ペンでバツ印をつける、これで三十人目。

 冒険者ギルドでの作曲失敗から数日。タケルは街中の作曲家や吟遊詩人を片っ端から当たり、楽曲提供を依頼していた。だが、結果は散々たるもの。


『魔王のための曲? 僕が得意なのは、貴族の令嬢に向けた愛のセレナーデだよ』

『RE:Genesis……ああ、あの筋肉の人たちか。私の方針とは合いませんので』

『ステラ様にケンカを売るような方々と組めと? お断りします』


 断り文句のオンパレード。

 特に『天上の歌姫ステラにケンカを売った身の程知らず』という評価のせいで、自己紹介をした瞬間お帰りくださいと突きつけられる展開が圧倒的に多い。


「ちくしょう、後夜祭でステップアップしたと思ったらどうしてこんなことに……! なんで毎回、評判という名の壁が立ちはだかるんだ!」


 タケルはベンチに座り込み、近くの店で買ったエナジーポーションを開けてグイッと飲んだ。隣ではヴァルガンが退屈そうにあくびをしている。


「そもそもの話だが、こんな平和ボケした場所に適任はいるのか? 我の雰囲気に合うとは全く思えんが」

「うっ……そうかもしれないけど、音楽の話といえばこの辺りが鉄板だし……」


 ヴァルガンが通りを行き交う上品な身なりの音楽家たちを一瞥して鼻を鳴らす。昔から音楽に携わってきたエリートや、育ちの良い雰囲気の人ばかりだ。


「こやつらの顔には飢えと願いがない。満たされた者には欲望が乗らん。我に必要なのは、飢えた狼の遠吠えを音にできる者だ」

「魔王様の審美眼的にはダメってことか。まあ、言いたいことはわかる」


 タケルはため息をついた。

 確かにその通りだ。今のヴァルガンに必要なのは、既存の枠に収まらない「異端」の才能。だが、そんな人材が都合よく見つかるはず──


「……あくび亭に行ってみるか~」


 困った時の駆け込み寺、リザの顔が思い浮かんだ。彼女なら、表通りには出てこないディープな情報を知っているかもしれない。


 *


 街外れの酒場『赤竜のあくび亭』。

 ランチタイムのピークを過ぎた店内は穏やかな空気に包まれていた。タケルたちが扉を開けると、カウンターの中でグラスを磨いていたリザが顔を上げる。


「おや、いらっしゃい。今日はシケた面してるねぇ」

「聞いてくださいよリザさん……全滅です、全滅」


 タケルはカウンター席に座り込み、これまでの経緯を洗いざらい話した。自作の曲が才能ゼロと評されたこと、そして街中の音楽家にオファーを断られ続けていること。


「なるほどねぇ。そりゃアンタ、探す場所が間違ってるよ」


 リザは呆れたように笑い、新しいエールを注いでくれた。


「芸術区画にいるのは、お行儀の良い音楽家さ。神殿や貴族のお抱えになることを目指す連中だよ? アンタたちが求めてるような、型破りな路線に付き合うわけないって」

「とほほ、そうですよね……。俺たちに合いそうな人って、どこに行けば会えるんでしょう」

「そうさねぇ……」


 少し考え込み、何か思い出したのかリザはポンと手を叩いた。


「性格は最悪だけど、腕だけは確かな男なら知ってるよ」

「本当ですか!?」

「ああ。名前はレオン。たまにウチに来ては、店のピアノを弾いて飲み代を稼いでいく流しの音楽家さ」

「あれ、この店ってそういうのやってるんです? 今まで見たことないですけど」

「夜営業でバーっぽい雰囲気を出したい時、アレを弾いてもらってるんだよ」


 そう言って指を差した先には、店の隅に置かれたアップライトピアノがあった。


「あいつの弾くピアノは、なんというか……酒が進むんだよねぇ。上手いとか下手とかじゃない、心の奥をひっかかれるような音色がするんだ」

「魂を響かせる何かがあるってことですか、面白そうですね。でも、性格が最悪って?」

「ひねくれ者で、口が悪くて、愛想が悪くて、協調性ゼロ。おまけにアル中」

「うわぁ、役満だ……」

「今はたぶん、裏街の古酒場に入り浸ってるはず。ボサボサの黒髪と無精髭が特徴だから、すぐわかると思うよ」


 タケルは顔を引きつらせたが、贅沢を言っている場合ではない。才能があるなら、多少人格に問題がある点は目をつむるしかない。


「ありがとうございます、リザさん! 早速行ってみます」

「気をつけなよ。あそこらへんは治安が悪いからね。まあ、用心棒がいるから心配ないだろうけど」


 リザが顎でしゃくった先では、ヴァルガンが山盛りの唐揚げをもぐもぐと食べている最中だった。


「行くぞヴァルガン、スカウトだ!」

「むぐっ……待て、まだ軟骨が残っている」


 *


 ルミナ・シティの裏通り。

 表通りの華やかさとは打って変わり、狭い路地が入り組んで昼間でも薄暗いエリア。建物の壁は煤け、どこからともなく妙な香りが漂ってくる。行き交う人々も、目つきの鋭い男や怪しげな外套を纏った者ばかりだ。


「……雰囲気あるなぁ」


 タケルは少し身を縮めながら歩く。隣のヴァルガンは、むしろ水を得た魚のように堂々としていた。


「懐かしい空気だ、魔界の下層居住区に似ている。欲望と頽廃の匂いがするぞ」

「あんまり嗅ぎたくない匂いだけどな……。あ、ここだ」


 リザから教えてもらった店の前に着いた。塗装が剥げ落ちたドアにかけられている『古酒場・錆びた鍵』の看板。名前からして場末感が漂っている。

 意を決してドアを開けると、カランコロンと乾いた音がした。


 店内はくすんだ煙が充満し、薄暗い。昼間だというのに数人の客が虚ろな目で酒をあおっている。そして、カウンターの一番奥。酒瓶を抱えながらテーブルに上半身を投げ出し、頬を預けている男がいた。

 ボサボサで所々に白髪混じりの黒髪。前髪が伸びているせいで、目元がよく見えない。何日剃っていないかわからない無精髭。体格の良さから察するに、年は三十代前半だろうか。

 着ているシャツはよれよれで「人生に疲れました」というオーラが滲み出ている。リザが話していた特徴通りだ。


「あの、すみません。レオンさん……ですか?」


 恐る恐る声をかけると、男の肩がピクリと動いてゆっくりと身体を起こす。

 髪の隙間から見えた目は充血し、焦点が合っていないように見えたが、奥底にはギラリとした知性の光が残っていた。


「……あぁ? 誰だよ」


 声は低く、酒焼けして掠れている。


「はじめまして。『RE:Genesis』のプロデューサー、タケルです。こっちはアイドルのヴァルガン。リザさんの紹介で来ました」

「んー……」


 レオンはタケルが差し出した手作りの名刺を一瞥し、鼻で笑った。


「ハッ、『RE:Genesis』……知ってるよ。あの筋肉アイドルか」

「ご存知でしたか! なら話が早い、実はお願いが──」

「出しゃばりで空気読めないイロモノ野郎だろ?」

「……は?」


 いきなりの煽り。タケルの笑顔が凍りついた。


「ワイバーンを大声で気絶させたとか、祭りで暑苦しい演説をしたとか。ナメてるとしか思えねぇな」


 レオンは手元の酒を呷り、気だるげに吐き捨てた。


「テメェらがやってるのは音楽じゃねぇ、見世物の珍獣だよ。帰れ、酒が不味くなる」


 けんもほろろの対応。

 タケルが反論しようとした瞬間、隣から強烈な殺気が噴き出した。


「貴様。誰に向かって口を利いている?」


 ヴァルガンが一歩前に出る。店内の空気が一瞬で凍りつき、他の客たちが慌てて席を立った。魔王の威圧感プレッシャー。普通なら腰を抜かす場面だ。

 だが、レオンは動じなかった。虚ろな目のまま、ヴァルガンを見上げる。


「デカいのは図体と態度だけか? 圧をかけることでしか自分を表現できねぇなんて、哀れなもんだな」


 ヴァルガンのこめかみに青筋が浮かび、拳が握りしめられ魔力が集束していく。

 マズいと思ったタケルが止めに入──ろうとするより早く、レオンが動いた。ふらつく足取りで立ち上がり、店の隅にある埃をかぶったピアノへと向かう。


「表現ってのはな……」


 レオンはピアノの前に座り、鍵盤蓋を開けた。その手つきだけは、酔っ払いとは思えないほど丁寧だった。


「こういうのを言うんだよ」


 ポーン……。


 最初の一音が響いた瞬間、タケルの背筋に電流が走った。

 適当に叩いたのではない。計算され尽くしたタッチ。そして、流れるように紡ぎ出される旋律。


 ポロロン、タラララ……。


 それは即興の短いフレーズだった。

 激しいわけでも、派手な装飾もない。だが、その音色には圧倒的な情報が詰まっていた。酒場の薄暗さ、煙草の匂い、男の孤独、そして諦念。それらが音に乗って、聴く者の心に直接流れ込んでくる。


(この人が、こんな美しい演奏を……!?)


 タケルは息をするのも忘れていた。

 技術が上手い人はたくさんいる。だが、ここまで「感情」を音に乗せられる人間は見たことがない。指先が鍵盤に触れるたびに、空気が震え、世界の色が変わっていくような錯覚。

 先ほどまではただの酔っ払いに見えていた男が、今は孤高の芸術家のように見えた。


「……」


 ヴァルガンも、握りしめていた拳をゆっくりと解いた。

 魔王もまた理解したのだ。この男の放つ音は、自分の覇気にも劣らない鋭さを持っていると。


 ジャーン……。


 最後の和音が消え入り、静寂が訪れる。

 店内の客だけでなく店主さえも、作業の手を止めて聴き入っていた。


「こんなもんだ」


 レオンがピアノから手を離すと、また元の猫背になった。魔法が解けたように、ただのやさぐれた男に戻る。


「わかったら帰れ、素人ども。俺はこれから、この安酒と心中する予定なんでね」


 再び酒を飲もうとするレオン。

 だが、タケルはガシリとその肩を掴んだ。


「……採用です」

「あぁ?」

「採用です、貴方しかいない! その音と感性……ヴァルガンの歌に必要なのはそれだ!」


 タケルは確信していた。見つけた、こいつだ。こいつなら、魔王の魂を受け止められる。性格が最悪だろうがアル中だろうが関係ない、この才能を逃すわけにはいかないと。


「はぁ? 帰れって言っただろ。筋肉珍獣のお守りなんて御免だ」

「問答無用、その才能は俺たちが有効活用させてもらいます。ヴァルガン、確保だ!」

「任せろ」

「……な、なんだテメェら!? 話を聞け!」


 ずんずんと踏み出してくる魔王を見て後ずさるが、逃げ場はない。

 ヴァルガンの太い腕が伸び、レオンの襟首を掴んだ。まるで野良猫を拾うかのように、ひょいと持ち上げる。


「おいコラ、離せ! 俺は行かねぇぞ! 誘拐だ! 誰か騎士団を呼べぇぇぇ!」

「我の軍門に降れ、音楽家よ。貴様には我のため最高の曲を献上してもらう」

「ふざけんな、俺の酒! まだ半分残ってんだぞ!」


 ジタバタと暴れるレオンを小脇に抱え、ヴァルガンは悠然と店を出て行く。

 タケルはカウンターに酒代を置いて、店主に笑顔で告げた。


「お騒がせしました。彼は俺たちが責任を持って更生させますんで、ご安心ください!」


 店を出ると、レオンの「助けてくれぇぇぇ!」という情けない叫び声が路地裏に木霊する。

 こうして、作曲家候補・レオンの強制連行……もとい、スカウトが完了したのだった。

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