1. 神曲が降臨してくれました(※脳内で)
深夜のボロ家『ひだまり荘』。
小さな魔導ランプが頼りなく揺れる中、タケルは机に向かっていた。目の前にあるのは、セレイナが用意してくれた真っ白な譜面。
冒険者ギルド『獅子の牙』との業務提携が決まって、ワンオペ事務作業の地獄から解放されたタケルだが、安息の日々は訪れなかった。なぜならアイドルとして活動する上での新たな壁、オリジナル曲が立ちはだかっていたからだ。
「よし。やるぞ!」
タケルには、これまで大量のアイドルの曲を聴き込んできた経験と自信があった。イントロの引き、Aメロ・Bメロの助走、そしてサビの爆発。曲の進行や構成もオタク知識として一応知ってはいる。
(大丈夫、書けるはずだ。俺の中に蓄積された『最強アイドルソング』のデータベースを解放すれば、魔王に相応しい一曲を……!)
新人音楽祭にエントリーをしたからこそ、このチャンスはモノにしてみせる。そう考え、タケルはペンを手に取った。
*
一時間経過。
五線譜は真っ白なままだった。
「……書けねぇ」
タケルはペンを握りしめたまま、絶望的な声を漏らした。
頭の中では鳴っているのだ。壮大でカッコいい、超エモくて誰もが涙するようなシンフォニーが。だが、譜面の情報に変換しようとした瞬間、脳内の音楽は霧散していく。
(なんでだ……キャッチーでグッとくる掴みから始まって、ここはジャジャーンってなって、そのあとギュイーンと来て、ドカーンって浮かんでるのに!)
抽象的すぎるイメージ、音楽理論の欠如。
リスナーとしての耳が肥えている分、自分のアウトプットの稚拙さが許せないというクリエイターあるあるの地獄にタケルは足を踏み入れていた。
「進んでいるのか?」
タケルの背後から低い声が響く。
風呂から上がったヴァルガンが、猫ちゃんプリントバスタオルで身体を拭いているところだった。
「我の覇気を体現する曲だぞ。聴いた者が恐怖し、かつ感動で涙し、最終的に我にひれ伏す『天地創造のファンファーレ』のような曲を頼む」
「ハードル上げるな! 今、産みの苦しみと戦ってるんだ、寝ろ!」
「うむ。夜ふかしはするなよ」
そう言うと、ヴァルガンは布団に入りスヤスヤと眠り始めた。あまりにも寝付きがいい。
(くそ……まさか、作曲がこんなにムズいなんて……!)
魔王のオーダーはいつも感覚的で、かつ無茶苦茶だ。だが、アイドルの要望に応えてこそプロデューサー。挫けるわけにはいかない。
(こうなったら感覚で勝負だ。鼻歌から音符に当てはめよう)
タケルはペンを置き、指でリズムをとりながらメロディを作り始めた。
「ふふ〜ん♪ ふふふ〜ん♪ ……違うな。これじゃご近所の陽気な兄ちゃんだ」
まずは王道、明るいポップス路線を考えたが却下。今回は初のオリジナル曲で実力を見せる必要がある。ヴァルガンらしさをもっと前に出さないと意味がないだろう。
「じゃあ……ズズズ〜ン♪ グオオオ〜ン♪ ……ただのお経か呪詛だな、これ」
次は圧で押すデスメタル路線を考えたが却下。アイドルとしてのカッコよさからはズレるし、何よりヴァルガンにやらせたらモンスターの咆哮になりかねない。
(ああもう! カッコよさってなんだ!? 魔王らしさってなんだ!?)
タケルは髪をかきむしり、部屋の中をグルグルと歩き回る。
深夜二時。じわじわと思考回路がショートし、妙なテンションになってきた。無敵の深夜モードだ。
(……待てよ。難しく考える必要はないんじゃないか? ヴァルガンっぽい曲を作ればいいんだから、強さをドカンと魅せるような方向性で……)
その時、タケルの脳内に電流が走る。
降りてきた、音楽の神が。邪神かもしれない。
(はっ……! 見えたぞ、旋律が! ヴァルガンの拳が鍵盤を叩き割るようなビート! そしてシャウト!)
タケルは憑かれたようにペンを走らせた。
音符の位置が合っているかはわからない、リズム記号も適当だ。だが、今のタケルには確信があった。これは名曲だ。間違いなく、世界を揺るがす傑作だと。
(完璧だ……。明日、早速みんなに披露しよう!)
書き上げられた譜面は、インクの染みと乱れた線で黒く塗りつぶされている。まるで古代の呪術書のように禍々しいオーラを放っていた。
*
翌日、冒険者ギルド『獅子の牙』応接室。
朝一で呼び出されたガルドとセレイナは、テーブルに広げられた「それ」を前に沈黙していた。
「で、タケル。なんだこれ?」
「新曲の譜面です。昨日、天啓が降りてきて一気に書き上げました! 思ったより早く終わったのでぐっすり眠れましたよ」
「タケルが自信作だと言うのでな。我もまだ聴いておらんが、期待しているぞ」
「セレイナさん、以前『楽器は弾ける』って言ってましたよね? 演奏をお願いします!」
タケルは自信満々に胸を張って、譜面をセレイナに差し出した。
彼女は眼鏡の位置を直し、困惑したように紙を受け取る。
「確かに、習い事でピアノはやっていましたが……。作曲ができるわけではありませんし、あくまで譜面通りに音を出すだけですよ?」
「それで十分です。俺の脳内で組み立てた最強のメロディを、具現化してください!」
セレイナは小さくため息をつき、応接室の隅に置かれたパーティー用の備品であるアップライトピアノの前に座った。
鍵盤蓋を開け、軽く指を鳴らす。その所作は慣れており、嗜み以上の技術があることを伺わせた。
「では、弾きますね。『魔王降臨・愛の鉄拳』……すごいタイトルですが」
(さあ、響け。俺の魂の結晶よ!)
セレイナの細い指が、鍵盤の上に置かれた。
タケルは固唾を飲んで見守る。
ゴギャァァァァァァァン!!!!
不協和音が部屋の空気を切り裂いた。
「!?」
予想外の音色に、ガルドがビクッと肩を震わせる。
だが、演奏は止まらない。
ズガン! ギャイン! ポロン♪ ドロロロロ……!
リズムは崩壊し、メロディは迷子になり、和音は喧嘩をしていた。
黒板を爪で引っ掻いたような高音のあとに地響きのような低音が続き、長調へ転調したかと思えば、意味不明なタイミングで不穏な短調へ戻る。
酔っ払った猫が鍵盤の上で適当に歩き回っている方がまだ規則性がある、混沌そのもの。
「……ッ!」
セレイナの表情が険しくなる。彼女はミスをしていない。譜面に書かれた通りの音符を正確に弾いているだけだ。だからこそ、タケルが書いた楽譜の異常さが際立つ。
ギュワァァァン……ゴャァァァァアンッ!
最後の音が不快な余韻を残して消えた。
応接室に、重苦しい沈黙が訪れる。
「「「……」」」
誰も口を開かず、ただ黙って「どうしよう……」とお互いの顔を見つめていた。
(あれ? おかしいな……脳内ではもっとこう、壮大なオーケストラと激しいギターが絡み合う素晴らしい旋律が鳴り響いていたはずなのに……)
タケルの想像と違い、現実として出力されたものはただの騒音。深夜テンションという魔法が解け、白日のもとに晒された駄作。
「……あー、タケル」
最初に口を開いたのはガルドだった。彼はこめかみを指で押さえながら、心底不思議そうに尋ねた。
「これはあれか? 敵を精神汚染する儀式で使う曲か?」
「ち、違います! ほら、サビの盛り上がりとか熱かったでしょう!?」
「むしろ寒気がしたぞ。背筋がゾワゾワする不快感しかねぇ」
「そんな……セ、セレイナさんはどうでした!?」
タケルは救いを求めてセレイナを見る。彼女なら、譜面を書いた意図を汲み取ってくれているはずだと信じて。
セレイナは静かにピアノの蓋を閉じる。ゆっくりと振り返り、眼鏡の奥から氷点下の視線をタケルに向けた。
「率直にお伝えします。不快です」
「ぐはっ!?」
直球ストレート、容赦ない剛速球がタケルの心臓に突き刺さる。
「小節ごとに拍子が変わる謎のリズム、理論を無視した音の羅列。これを曲と呼ぶのは音楽への冒涜です、弾いていて指が拒絶反応を起こしました」
「そこまで……!?」
「ええ。二度と弾きたくありません」
「う、うぐっ……ヴァルガンはどうだ? お前のための曲だぞ!?」
歌う本人であるヴァルガンさえ気に入ってくれれば、アレンジ次第でどうにかなるかもしれない。タケルは縋るように魔王を見上げた。
ヴァルガンは腕を組んだまま、タケルを見下ろしていた。怒りではない、呆れでもない。これは無理だ、という理解。
「却下。貴様に音楽の才能は皆無だ」
「ぐああああああ!?」
最後の壁があっさり砕け散り、タケルはその場に崩れ落ちた。
「熱意自体は否定せん。だが、我は本気だと言ったはずだ。貴様はこんな代物が、世界を獲る武器になると自信を持って言えるのか?」
ヴァルガンの言葉に反論の余地はなかった。
タケルはプロデューサーだ。マネジメントや演出、売り出し方を考えるのは得意かもしれないが、クリエイターではない。
音楽が好きなのと、音楽を作れるのは天と地ほど違う。その境界線を、熱意だけで超えられると思い上がっていたのだ。
「……すみませんでした。深夜テンションで調子乗ってましたぁッ!」
タケルは勢いよく、深々と頭を下げた。
現実を受け入れた姿を見て、部屋の空気が少しだけ緩む。
「わかりゃいいんだよ。素人が付け焼き刃で手を出していい領域じゃねぇってことだな」
「ええ、改めてよくわかりました。音楽祭で勝つためには、プロの作曲家が必要です」
セレイナが冷静に、今後の対策へと話題を移す。
「それも、ただ上手いだけではいけません。ヴァルガンさんの声質とキャラクターを理解し、その魅力を最大限に引き出せる人材でなければ」
「だがよ、そんな奴いんのか? 普通の吟遊詩人じゃ、ヴァルガンにビビって逃げ出すぞ。かといって宮廷音楽家みたいなエリートは、俺らの依頼なんざ受けねぇだろうし」
「……探します」
ガルドとセレイナの言葉を聞いたタケルは顔を上げ、拳を握りしめた。
「俺が責任を持って探してきます。ヴァルガンの歌声を受け止め、最強の曲に仕上げてくれる……そんなイカれた才能を持った作曲家を!」
「ほう。アテはあるのか?」
「ありません! なので、街中の音楽家を片っ端から当たってきます!」
タケルは黒歴史と化した譜面をビリビリに破り捨てた。
そうだ。自分のプライドなんてどうでもいい。恥をかこうが笑われようが、ヴァルガンを輝かせるための最高の人材を見つけることが、プロデューサーとして今必要な仕事だ。
「失敗は成功の母です、今から行ってきます!」
「フン。転んでもただでは起きん奴だ」
こうして、RE:Genesisの次なる目標が決まった。『魔王に相応しい最強の作曲家を探せ』という、高難易度ミッションだ。




