25. 福利厚生完備! 冒険者ギルドと提携
ボロ家『ひだまり荘』の六畳一間は、紙の海に沈んでいた。床が見えないほどに散らばった書類の山。その中心で、タケルは頭を抱えていた。
「だ、ダメだ……手が回らない……」
タケルの目の前には依頼書、請求書、経費精算、スケジュール調整のメール、さらにはファンレター(の皮を被った苦情や決闘状)などが、未処理のタワーとなって積み上がっていた。
『働き方改革』宣言後は依頼を厳選するようにしたものの、それでもRE:Genesisへのオファーは減るどころか増え続けているのだ。ステラの影響力、恐るべし。
「ありがたい悲鳴なのはわかってる、わかってるけど! ヴァルガンのレッスンしたいし、演出アイディアも練りたいのに数字を見て一日が終わる……。これじゃ本末転倒だ! 俺はプロデューサーであって、事務員じゃないのに!」
「おいタケル、我のおやつはどこだ?」
「知るか自分で探せ! 今こっちは計算で死にかけてんだよ!!」
インクで汚れた手で髪をかきむしりながら半泣きで処理していると、コンコンとドアがノックされた。返事をする間もなくドアが開くと、ガルドとセレイナが入ってきた。
「うーっす、調子はどうだ? ……うへぇ、てんてこ舞いとは聞いてたが想像以上だな」
「助けてください……猫の手も借りたいです……。いや、ゴリラの手でもいい、このままじゃ書類の雪崩に埋まって死んでしまいます……」
「おい今さらっとゴリラ扱いしやがったな?」
タケルは涙目で二人に縋り付いた。地獄で仏、あるいは泥沼でロープを見つけたような気分だ。
「これは酷いですね。効率が悪すぎます」
セレイナは足の踏み場もない部屋を見渡し、呆れたように眼鏡の位置を直した。手には差し入れだろうか、高級そうな回復薬の箱を持っている。
「その、来てもらって申し訳ないんですけど……こんな状態なので、おもてなしするのはちょっと無理かなと……」
「その必要はねぇ。今日来たのは、仕事の提案だからな」
ガルドはニカッと笑い、一枚の紙をテーブルの上のわずかな隙間に置いた。
「俺たち『獅子の牙』が、お前らの事務所代わりになってやろうと思ってよ。名付けて『ギルド包括業務提携契約』だ!」
ガルドが提示した内容は、業務の波で溺れているタケルにとって黄金の船のような提案だった。
『冒険者ギルド獅子の牙 包括業務提携契約』
・窓口業務代行:依頼の受付、選別、連絡対応、交渉はギルドが一括対応
・経理サポート:面倒な金銭管理や各種手続きもギルドの会計係が担当
・福利厚生:ギルドの保養所使用可、専属治癒術師によるケア付き
・身分:ギルド所属ではなく『業務提携パートナー』として、対等な立場で支援
「一次対応は私たちが行いますが、勝手に進めることはしません。内容は随時共有し、依頼をどうするかの最終決定権はタケルさんにあります」
「神ですか? これ、俺たちにメリットしかなくないですか?」
タケルは書類を食い入るように見つめた。これなら雑務から完全に解放され、クリエイティブな仕事に集中できる。しかも福利厚生までついているなんて、ブラック企業時代には考えられなかった待遇だ。
「提案は嬉しいんですが、その、ギルド的にはいいんです? 自分で言うのもなんですが、俺たちまだ『非公認』のイロモノですけど……」
「おうよ! そこが狙いだ。お前らが活躍すれば『獅子の牙は面白い人材とも手を組んでいる』って宣伝になる。新しいイメージを作っていきたいウチとしちゃ、願ってもない広告塔さ」
それに……と言いながらガルドは悪い笑みを浮かべ、タケルにそっと顔を寄せて小声で付け加える。
「お前らの稼ぎからマネジメント料として三割ほど貰う。話題性と伸びしろを考えると、Aランク冒険者が所属したくらいの儲けを狙えるって算段だ。つまり、商売としても十分に美味しいんだよ」
(なるほど、ビジネスとして対等ってことか……! Win-Winだ!)
タケルは感動した。情けや同情だけでなく、プロとして価値を認められた上での契約。これなら胸を張って頼ることができる。
「ありがとうございます! ぜひお願いします!」
「うっし、交渉成立だな!」
ガルドとガッチリ握手を交わす。すると、それまで静観していたセレイナが、眼鏡をクイッと押し上げて一歩前に出た。
「それでは、今日から私がギルド側の窓口担当です」
「えっ、セレイナさんが?」
普段はギルドの受付業務で忙しいはずの彼女が、専属でついてくれるのか。驚くタケルを他所に、セレイナは未処理の書類の束を手に取った。
「業務、開始します」
持参した羽根ペンを取り出すと、凄まじい速度で書類にチェックを入れ始める。
「案件A、酒場のライブ依頼。ギャラが相場以下なので却下。案件B、商店街イベント。条件交渉の余地あり、出演時間を短縮してギャラを維持させます」
「は、早い!」
「案件CとD、内容は問題ありませんがスケジュール管理が甘いですね。移動ルートに無駄が多いので、転移門使用を申請しルート再編します。あと、この領収書はダメです。私用のアイス代は自腹でお願いします」
「うっ、バレた……」
タケルは目を見張った。残像が見えるほどの事務処理能力、的確な判断と容赦ない切り捨て。まさにプロフェッショナル。
「これがギルドの頭脳……頼りになりすぎる……!」
「担当アイドルのためですから、存分に働かせていただきます。業界の裏側を間近で見られるなんて、またとない機会ですからね」
(あ、この人楽しんでるな)
セレイナはタケルを見て微かに口元を緩めた。その瞳の奥には、隠しきれない「推し活」の熱が灯っている。
頼もしい味方を得たことに安堵するタケル。そこへ、おやつを探し終えもぐもぐと咀嚼しながらヴァルガンが戻ってきた。
「フン。話はまとまったようだな。配下となる者が増えるのは良いことだ。ようやく我に相応しい組織になってきたではないか」
「そうですね。これで雑務から解放されて、俺はプロデュースに専念できます!」
タケルは両手を上げて万歳した。
部屋を埋め尽くしていた書類の山が、セレイナの手によって次々と整理され、美しいタワーへと変わっていく。その光景はどんな絶景よりも美しく見えた。
「よーし! このまま次のステップへ進んでいくぞー!」
知名度を上げつつある最強の魔王、作戦立案のプロデューサー、経験豊富で頼りになるスポンサー、圧倒的な事務能力を持つマネージャー。
役者は揃った。RE:Genesisを支える基盤は、今ここに盤石のものとなったのである。




