24. 炎上商法(不可抗力)の功罪と働き方改革
「……聞くたびに思うんだけどさ。まともな報告だったこと一回もなくない?」
「俺もそう思う」
ボロ家『ひだまり荘』の六畳一間。今日は女神ルミナスへの定期報告日、いつも通りヴァルガン不在のタイミングで通話だ。
「ま、今回の件はいい勉強になったでしょ? 無茶しても得なんてないんだから」
「……反省してる。自分のキャパを完全に越えたせいで、周りに迷惑かけたし」
「何事もほどほどが一番よ。私くらいのスタンスを見習いなさい」
「手抜きとグレーゾーン連打の中間管理職なんざ見習いたくねぇ~……」
なんだかんだでルミナスも心配していたらしい。軽口を叩きつつも、いつも通りに戻ったタケルを見て安心した様子だ。
「でも、反省してる割にその量は大丈夫なわけ?」
「あー……これは色々あって……」
普段は殺風景な部屋が、今は雪崩のように積み上がった書類の山で埋め尽くされていた。タケルはルミナスの指摘に深いため息をついた。その息には疲労と、それ以上の困惑が混ざっている。
「実はステラに認知されてから、オファーが急に増えたんだよ……」
「今までは害獣駆除とか土木工事メインだったんでしょ。変わったの?」
「ああ、だいぶ。こんな感じ」
タケルは山の中からいくつか摘み上げ、その内容を読み上げる。
『新規オープンの酒場にて、賑やかしのライブをお願いします。なお、酔っ払いが暴れた際は、歌を中断して物理的に排除してください』
『商店街の福引大会の司会急募。筋肉を見せつけて客を呼び込み、ハズレを引いた客を威圧して納得させてほしい』
『ウチの息子の誕生日会に来てくれ。最近言うことを聞かないので、魔王の格好で泣かせて心の底から反省させてほしい』
「前に比べたらアイドルっぽいけど、方向性おかしくない?」
「わかってるよそんなのさあ!」
思わず嘆くタケル。
ステラによる公開処刑……もといウインク付き宣戦布告が放送されて以来、状況は劇変した。それまで純度100%の肉体労働ばかりだったのに、別の仕事が来るようになったのだ。
ただ、アイドルとして認知されたわけではない。「ステラに噛み付いた面白い筋肉ダルマ」というネタ枠としての需要が爆発しただけなのだ。
「は~……このままじゃ歌って踊れる便利屋から、歌って踊って殴れる面白芸人にジョブチェンジしてしまう……」
「ま、今のところ魔王のコントロール上手くいってるみたいだし頑張ってよね~。この感じなら、神界側で何かすることはなさそうだから」
*
ルミナスとの通話後。
仕事の打ち合わせに向かう道中、街の雰囲気は明らかに変わっていた。
タケルとヴァルガンが大通りを歩いていると、すれ違う人々の視線が突き刺さる。ステラのコメントの影響で、目を向ける人がさらに増えたようにも感じる。
そんな中、ヴァルガンは堂々と大通りの真ん中を歩いていた。パーカーの背中に刻まれた『RE:Genesis』の刺繍を、誇らしげに見せつけるように。
「フン。民衆の視線が熱いな。我の覇気に当てられているようだ」
「ポジティブすぎない!? どう考えてもやべー奴認定されてるぞ!?」
タケルは小声でツッコミを入れるが、ヴァルガンは意に介さない。嘲笑する群衆に向かって優雅に手を振った。王が民衆の歓呼に応えるかのような、完璧なファンサだ。
すると、奇妙な現象が起きた。あまりにも堂々としたヴァルガンの態度に、笑っていた通行人たちが逆に気圧され始めたのだ。
「お、おう……なんか、すげぇな……」
「普通、縮こまるだろ? なんであんなに自信満々なんだ?」
「ここまで突き抜けてると、逆にカッコいいかも……?」
嘲笑が困惑へ、そして奇妙な敬意へと変わり始める。ヴァルガンはタケルに顔を寄せ、ニヤリと笑った。
「見ろタケル。笑っているということは、我を受け入れた証拠だ。順調だな」
「……」
タケルは呆気にとられた。
笑われているのではない、笑わせているのだという絶対的な自信。自分が魔王であるという芯が揺るがないからこそ、他人の評価などという些細な風には微動だにしない。これこそが、カリスマ性というやつなのかもしれない。
(……俺が気にしてどうすんだ。本人がこう振る舞ってるなら、俺も胸を張らなきゃな)
タケルは顔を上げ、前を向いて歩き始めた。
*
その夜、『ひだまり荘』での作戦会議。
依頼メールはひっきりなしに来ており、端末の通知音が鳴り止まない。以前のタケルなら、興奮して鼻血を出しながら「チャンスだ、全部受けます! 寝る間を惜しんで働きましょう!」と叫んでいただろう。
だが。ふと、脳裏に蘇る光景がある。医務室の無機質な白い天井、身体が鉛のように重くて動かなかった感覚。そして何より、あの時のヴァルガンの顔と声。
『我を一人にするな』
その言葉が、タケルの心に深く刻まれていた。
(また調子に乗って詰め込んだら、今度こそヴァルガンに迷惑をかける)
タケルは自分に言い聞かせた。
もう、空っぽじゃない。誰かのために自分をすり減らして、使い捨てられるだけの存在じゃない。
(俺はヴァルガンと一緒に、ドームの頂点を目指す「相棒」なんだ。だから、俺自身も大切にしなきゃいけない。倒れたら、そこで夢は終わってしまう)
タケルは新しいノートを開き、マジックで大きく文字を書いた。
『RE:Genesis 活動ルール(魔王軍・働き方改革)』
・週に二回、難しくても一回は絶対休む(魔力回復と喉の休養のため)
・一日の稼働は十二時間以内(移動含む、オーバーしたら翌日に余裕作る)
・食事はしっかり摂る(エナドリ禁止、手作り推奨)
「ヴァルガン、これからはこのルールを守って活動するぞ」
タケルがノートを突きつけると、ヴァルガンは眉をひそめて覗き込んだ。
「働き方改革、だと? 依頼も厳選するのか?」
「ああ。お前の価値を守るため、そして長く戦い続けるためだ」
「我は三日三晩、勇者軍と戦い続けても平気だったぞ?」
「今回の件でよくわかった、俺は全然平気じゃない! それに、無理して質が下がったら本末転倒だろ? プロとして、コンディション管理も仕事のうちだ」
タケルが珍しく強い口調で言うと、ヴァルガンは少し考え、やがてフッと笑って頷いた。
「一理ある。王たる者、万全の状態を維持するのも務めか」
「ホッ……わかってくれて何よりだ」
「貴様が倒れては、我のMCをフォローする者がいなくなるからな」
「そこはトーク力磨いてなんとかしろよ!」
「善処しよう。だが、サポートがあった方が心強いのは確かだ」
「……まあ、うん。そう言ってもらえるのは嬉しいっちゃ嬉しいけど」
二人は顔を見合わせて笑った。
タケルはスケジュール帳を開き、赤いペンで大きくバツ印を書き込んでいく。仕事を断る記号ではなく、今後も活動を継続するための休息の証だ。
「よし、明日はオフ! たまにはゆっくり特売でも見に行かないか?」
「市場の視察か。構わんぞ」
「確か明日はお肉が安い日だし、ちょっと贅沢するなら何がいいかなー」
「肉ならばドラゴン級の塊肉を所望する」
「却下、豚こまで耐えろ。その代わり、予算内でいっぱい食べさせるから」
六畳一間のボロ家に、穏やかな時間が流れる。
明日は休み。頂点を目指すためにゆっくり寝て、美味しいものを食べて、アイドルとしてのエネルギー補充だ。




