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23. 認知された結果、炎上しました

 後夜祭の翌日。

 ルミナ・シティには爽やかな朝の光が降り注いでいた。小鳥がさえずり、パン屋からは焼きたての香ばしい匂いが漂ってくる。

 そんな平和な朝の風景に似つかわしくない場所で、タケルとヴァルガンは作業用のツナギを着て膝まで泥にまみれていた。


「ああ、臭い……なんでライブ翌日にドブさらいしてんだろ……」

「嘆くなタケルよ。これもファンサの一環なのだろう?」


 ヴァルガンは手にした巨大なスコップで、路地裏の側溝に詰まったヘドロを豪快に掬い上げた。

 昨夜、伝説になってみせると誓った二人だが現実は非情だ。後夜祭ライブの売り上げは無料開催のため当然ゼロ。リザの屋台などで出た儲けは、後夜祭のために予算を出してくれた冒険者ギルドやカンパしてくれた人々に分配。

 ライブが盛り上がった達成感は間違いなくある。が、今日を生きるためには便利屋稼業やギルドの依頼で日銭を稼ぐしかなかった。


「ふぅ、こっちは片付いたな。……にしても」


 タケルは手袋を外して汗を拭い、ふと周囲を見渡した。大通りへ続く路地裏の出口付近を行き交う人々が、作業中の二人を見てヒソヒソと話している。

 いつもの「変な筋肉の人だ」という好奇心ではない。もっと刺々しい、あるいは「あいつら正気か?」と言いたげな目。


「……なんか今日、視線が痛くない?」

「そうか? 我には畏怖と羨望の眼差しに見えるぞ」

「いや、絶対違うって。なんていうか……猛獣の檻の前にいるような……」


 タケルのドルオタセンサー兼小市民センサーが、警報を鳴らしている。その時、通りすがりの若者グループの声が耳に入ってきた。


「あ、昨日のアイツらだ」

「ステラちゃんにケンカ売ったってマジなのかな……」

「身の程知らずにもほどがあるな。消されるぞ、あんなの」

(……消される?)


 タケルは背筋に冷たいものが走るのを感じ、慌ててポケットから魔導端末を取り出した。震える指で『ルミナ地下掲示板』を開く。そこに書かれていたのは──


【討議】後夜祭にて、歌う巨漢が天上の歌姫に反逆した件について


 1:名無しの魔導師

 昨晩の後夜祭、その場に居合わせた者はいるか?

 あの筋肉の塊が放った言葉、正気とは思えん。

「玉座から引きずり下ろしてやる」などとは……。


 2:名無しの魔導師

 現場で見ていた。

 楽曲で盛り上がった観衆の空気が、一瞬で凍りついたな。

 熱い歌唱からの宣戦布告。感情の落差で精神が摩耗しそうだ。


 3:名無しの魔導師

 ステラ嬢に対する明確な敵対宣言。

 宗教国家なら異端審問官が動くレベルの不敬だ。

 彼女の親衛騎士団ファンクラブが黙っていないだろう。

 居場所を特定し、抗議されるのも時間の問題と思われる。


 4:名無しの魔導師

 >>3

 捜索の手間は不要だ。

 先ほど、彼らが街の下水路を清掃している姿を確認した。

 宣戦布告したのに、堂々としすぎている……あの胆力、底が知れないぞ。


「炎上してるううう!?」


 タケルは頭を抱えてその場にうずくまった。

 炎上。現代日本においては社会的な騒動を意味する言葉だが、この異世界においては「魔法攻撃による物理的な炎上」という意味も含まれるから質が悪い。


「炎上? つまり、我の熱気が民衆に広がったと。喜ばしいではないか」

「喜べるか! これは処刑台の火、悪名だよ悪名!」

「悪名もまた名声の一種。かつての我も、あらゆる場所で恐れられたものだ」


 ヴァルガンは全く動じていない。むしろ、自分の行動が世界に波紋を広げたことに満足げな様子だ。この魔王メンタルが時々羨ましくもあり、恨めしくもある。


「いいかヴァルガン、今の俺たちは蟻が象に噛みついたようなもんなんだぞ!? 本当ならこういう宣言は、もっと地道に実力をつけてから……」


 タケルが説教をしようとした、その時だった。

 広場に設置された魔導ビジョンが突然切り替わった。軽快なジングルと共に『緊急速報』の文字が躍り、アナウンサーが紅潮した顔で叫ぶ。


『緊急ニュースです! 昨夜の「筋肉アイドル宣戦布告騒動」について、なんとステラさんご本人から独占コメントをいただきました!』

「はあ!?」


 画面いっぱいに映し出されたのは、豪奢な控室のソファに座るステラの姿だ。オフショット風のラフな服装だが、その格好でもアイドルオーラが放たれキラキラと輝いて見える。


「うわあああやめろ余計なことするな!!」


 タケルは叫んだが、当然届かない。終わった。国民的アイドルに認知された結果、公衆の面前で「誰ですかそれ?」と鼻で笑われるか「不快です」と切り捨てられるか。どちらにせよ、RE:Genesisの好感度が地に落ちる未来しか見えない。

 画面の中のステラは余裕の笑みを浮かべていた。まるで聖母のような慈愛に満ちた、完璧なアイドルスマイル……に見えた。


『ステラさん、騒動の内容についてはご存知ですか?』

『ええ、聞きましたよ。「引きずり下ろしてやるから待っていろ」でしたっけ。とっても情熱的で、斬新なファンレターですね♪』


 にこやかな声。だが、タケルには聞こえた気がした。その言葉の裏にある『随分と舐めた口を利いてくれたわね』という絶対零度の響きが。


『私は誰の挑戦でも歓迎ですよ。その方が、アイドル業界も盛り上がりますから』


 ステラはカメラに向かって身を乗り出した。

 その笑みの中に潜む、瞳の鋭さ。その意味をヴァルガンは知っている。それは頂点に君臨する者だけが持つ捕食者の目。あるいは、退屈な日常で新しい玩具を見つけた無邪気な子供の目。


『まあ、負けることはないですけどね。いつでもどうぞ、RE:Genesisさん?』


 ステラはカメラに向かって、バチンとウインクをした。


 ──ドクン。


 その瞬間、タケルの心臓が早鐘を打った。

 可愛い? ファンサ? 違う。あれは『ロックオン』だ。

 数万人のファンに向けたものではない。たった一人、ヴァルガンという存在に向けられた「お前をマークしたぞ。逃がさないからな」という、無言かつ強烈なプレッシャー。


『楽しみにしてます♡』


 ビジョンがCMに切り替わる。広場にいた人々が「ステラちゃん可愛い!」「余裕だなー!」と歓声を上げる中、タケルだけがガクガクと震えていた。


「ひいいいい……! 認知されてるうううう!!」


 タケルの絶叫が路地裏に木霊する。


「しかも名指し! ウインク付き! これはファンサじゃなくて死刑宣告だ! 相手に認知されないよう慎重に進めるつもりだったのに! いきなりラスボスのヘイト買ってどうすんだよおおお!?」


 頭を抱えて転げ回るタケル。胃が痛い、一気にキリキリしてきた。

 どうする、胃薬に頼るか? それとも回復魔法で治すべきか? どうでもいい思考が頭をよぎる。しかし、そんなパニック状態のプロデューサーに対し、当のアイドル本人は──


「クク……ハハハハハハッ! 挑戦は受けて立つ、と。望むところだ」


 ヴァルガンは愉快そうに高笑いした。作業用の軍手を外し、ビジョンがあった方向へ拳を突き出す。その顔には最高に楽しそうな笑みが浮かんでいる。


「見たかタケル。あの小娘、我の覇気を受け流すどころか倍にして返しおった」

「返さないでほしかった! スルーしてほしかった!」

「俄然楽しみになってきたぞ。狩るか狩られるか、命のやり取りを楽しむ戦士の目! どんな戦になるのだろうな!」

「アイドルは命のやりとりなんてしねーんだよ!!」


 先ほどのステラの中継を見て、ヴァルガンのテンションが上がりまくっている。こうなると、もう誰にも止められない。


「回りくどい策など不要。正面から城門を突破し、あの歌姫を叩き潰してやる! よいなタケル!」

「ああもう、頼むから少しは大人しくしてくれぇ!」

「まずは軍資金集めだ。ドブさらいに戻るぞ」

「あっ、そこは現実的なんだ。……ああっ、胃が、俺の胃が!」


 タケルはその場に崩れ落ち天を仰いだ。

 澄み渡る青空が、今の彼には灰色に見える。


「誰か、俺に胃薬を買ってくれぇぇぇぇ……」


 タケルの悲痛な叫びは、風に乗って虚しく消えていった。

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