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4. いざ、魔王城へ行かん(木造・築40年・事故物件)

 大通りのビジョン前でタケルと魔王ヴァルガンは互いの目を見つめ合い、固い握手を交わした……わけではなかった。

 正確には、タケルが一方的に魔王の巨大な手のひらに押し潰されそうになりながら、それでも契約成立の空気を出していただけだ。


「では、決まりです。今日から貴方はアイドル志望の練習生、俺はプロデューサーです」

「うむ、よかろう。我に任せておけ、世界を愛で蹂躙してやる」

「蹂躙しないでください」


 ──グゥ〜キュルルル……。


 空気を台無しにする、地獄の底から響くような不気味な音が鳴り響いた。魔物の咆哮ではない、ヴァルガンの腹の虫だ。


「軍師よ。我々の拠点となる魔王城はどこだ? 腹が減ったので宴の準備を。牛を一頭丸焼きにしたい気分だ」

「あ……」

(そうだ、偉そうにプロデュースしますとか言ったけど、今の俺は異世界転移したばかりの無一文じゃん!)

「……まさかとは思うが。貴様、我を野宿させる気ではあるまいな?」


 ヴァルガンのこめかみに青筋が浮かぶ。周囲の気温が急激に下がった、物理的に。


「いえいえ、そんなことはございません! あっ、ちょっと確認がありますのでお待ちください!」


 タケルは汗を流しながらヴァルガンから少し離れ、脳内で必死に女神へコンタクトを取った。やり方なんてわからないが、これで連絡が届いてくれと祈りながら連呼する。


(おい女神! ルミナス! 出ろ! いるんだろ!)


 必死に念じ続けると、視界の端に小さなウィンドウがポップアップした。映し出されたのは、ジュースらしきドリンクの瓶を飲みながら片肘ついている女神の姿。


『もしもしー? 今日はもうすぐノルマ終わりだから、余計な仕事を引き受けるつもりないんですけど』

(おい、俺がこの世界で過ごすための活動資金と拠点はどうなってんだ! 初期装備くらい寄越せ、このブラック企業!)


 タケルは心の中で絶叫するが、ルミナスは面倒くさそうにあくびをしている。


『ええ〜……だって予算ないんだもん。申請にも色々手続きが必要だし、この書き方じゃ通せませんってネチネチ言われて時間かかるからやりたくないのよね』

(だったら、魔王が今ここで「腹減ってイライラするから街を焼く」って言い出してもいいんだな!? 俺は止めないぞ! 責任はお前が取れよ!?)

『え? ちょっと待ちなさい、魔王ってどういうこと!?』

(あれだよあれ、ほら!)


 タケルが少しだけ身体を動かし、ルミナスのウィンドウからチラリと見えるようにヴァルガンの姿を映す。ルミナスは飲んでいたジュースの瓶を放り出し、画面に近寄った。


『は!? 嘘でしょ!? この気配、魔力……本当に魔王じゃないの!』

(意味わかんないと思うが、いきなり復活しちゃったんだよ! で、魔王が暴れないように拠点と金が必要なんだ、協力しろ! 用意できなきゃ世界がやべーことになるぞ!)

『ちょ、待って! それは困る! 下手したら私の不祥事って扱いになるじゃない!』

(だろ? じゃあ早くなんとかしてくれ!)

『でも、私があんたに直接送ると履歴が残るのよね……上手く誤魔化すには……』


 と、そこで何か思いついたルミナス。慌てた様子で部屋を漁り、ごそごそと何か取り出す。


『タケル、私は今から独り言を言うわ。私はついうっかりその世界にある、個人的に管理している物件の鍵と地図をあんたの近くに『偶然』落としてしまうわ。それをあんたが『偶然』拾って、そこで生活しなさい。いいわね?』

(あー……なるほど、そういう……)


 正規の手続きをすると、バレる危険性がある。なので『偶然』という建前で意図的に渡すよう仕向ければセーフという理屈。グレーゾーンな抜け道だ。


『私の物件だから、その中には『偶然』私が残したアイテムがあったりするわ。ラッキー、使っちゃお! となっても、これもまたサービスと私は受け止めるしかないわね。だから、絶対に魔王が暴走しないよう管理しなさい!』

(よし、交渉成立だ。ちなみに、どんなところなんだ?)

『んー……まあ、住めば都よ』


 ルミナスは意味深にウインクをして、通信を切った。その直後、タケルのすぐ隣に古びた真鍮の鍵と地図が現れる。タケルは「自分が召喚したせいで魔王が出ちゃいました」という点を有耶無耶にできてよかったと、しみじみ思っていた。


「お待たせしました魔王様、拠点の準備が整いました。ご案内します」

「ほう、流石だな。期待しておるぞ」


 ヴァルガンは機嫌を直したようだ。タケルは一抹の不安を抱えつつ、女神から送られてきた地図に従って歩き出した。


 *


 街の中心から離れること徒歩二十分。きらびやかな魔導灯の明かりは減り、怪しげな露店や酔っ払いがたむろする区域へと足を踏み入れた。

 そして、地図が示す場所に辿り着いた時──タケルは思わず「はぁ?」と声をあげてしまいそうになった。


「……ここか?」


 ヴァルガンの声が震えている。怒りか、困惑か。目の前に建っていたのは、築四十年は経つであろう木造のボロ家だった。看板には『ひだまり荘』と消えかけた文字、壁はツタに覆われて廊下の手すりは腐って落ちかけている。


(なんだよひだまり荘って! 魔法が存在しているファンタジー世界でこんな物件、逆にレアすぎるわ!!)


 何より、建物全体から漂う負のオーラが凄い。霊感のないタケルでもわかる。これ、絶対に出る……幽霊的な意味で。


「軍師よ。これが、新たな城か? 牢獄の間違いではないか?」

「い、いいえ! これは……そう! 『下積み』という儀式のための修行場です!」


 こんなカス物件を理由なしで押し付けたらキレかねない、タケルは必死に頭を回転させて理屈を取り繕う。


「伝説のアイドルやスターはみんな、こういう場所から這い上がっていくのが王道なんです! 最初から豪華な城に住んでいては、民衆の感覚がわかりませんからね! ハングリー精神を養うための、あえてのチョイスです!」

「……なるほど。確かに、そう言われると今の我に相応しい場所かもしれん」


 ヴァルガンは腕を組み、真剣な顔でボロ家を見上げた。


「ゼロからの再侵略。何もない場所から頂へ駆け上がる。この粗末な小屋こそが、我らの伝説の始発点というわけだな」

「そ、そうです! さあ、入りましょう!」


 タケルは鍵に記された番号に従い、ギシギシと鳴る階段を上がって二階の角部屋へ向かう。ドアを開けると、そこは六畳一間の和室(っぽい部屋)だった。

 床は擦り切れ、天井には人の顔に見えなくもないシミがある。壁は薄く、隣の部屋からは「あんたまた酒飲んで!」という夫婦喧嘩の声が丸聞こえだ。


「狭いな」

「……気のせいでしょう。魔王様ほどの巨体なら、部屋が小さく見えるのも無理はありません」


 ヴァルガンが部屋の中央に立つと、頭が天井につかえそうになる。彼は不満げに鼻を鳴らしたが、それ以上文句は言わなかった。とりあえず、数少ない荷物を置いて座ろう……としたその時。


 カサカサッ。


 部屋の隅を、黒い悪魔が走った。


「ぬッ!? 敵襲か!?」


 ヴァルガンが反応した。その指先に、瞬時に極大消滅魔法の光が集まる。


「冥界の焔よ、我が手に集いて──」

「やめろおおおおおお!! 家ごと消し飛ぶううううう!!」


 タケルはスリッパを掴み、素早い動きでGを叩き潰した。やっと手に入れた拠点を初日で更地にするわけにはいかない。


「ほう。見事な手際だ、軍師よ」

「ぜえ、ぜえ……これくらいできないと、貧乏生活は務まりません」


 タケルは肩で息をしながら、先が思いやられると考えていた。とりあえず、まずは腹ごしらえに机の上に置かれていたルミナスが用意したであろう食事──おにぎり+ウインナー+卵焼きを二人で食べることにした。


 *


「それで、ですね。最初の作戦会議ですが……魔王様のその鎧、威圧感がありすぎます。まずはアイドルらしい衣装に着替えましょう。ビジュアルは大事ですから」

「我の正装にケチをつける気か? まあいい、郷に入っては郷に従えと言うからな」

「部屋にこんなのが置いてあったんで、ありがたく使わせてもらいましょう」


 女神がサービスとして送ってきた『衣装召喚チケット(ランダム・レア度N)』を取り出す。タケルがチケットを使うと、空中に光る宝箱が現れた。

 中から出てきたのは──ピンク色のフリルがついた、魔法少女風のドレス。


「……なんだこれは。貴様、我にこれを着ろと言うのか」

「滅相もありません! どう考えてもハズレです、次!」


 次に出てきたのは、小洒落たタキシードだった。フォーマルな服ではあるがこれならいい感じになるだろうと考え、ヴァルガンに着せてみることにした。


「ぬ……キツイぞ。むんっ!」


 ヴァルガンが腕を通そうとすると、ビリィッ! という無惨な音がした。広背筋が発達しすぎていて、布が悲鳴を上げたのだ。パツパツのジャケットから、はち切れんばかりの大胸筋が主張している。


「ダメだ、筋肉が邪魔すぎる……!」

「邪魔とは心外な。これは戦士の誇りだぞ」


 結局、何着試してもサイズが合わないか破れるかだった。時折出てくる意味不明な服は論外。


「……もう、シンプルにいきましょう。このパーカー、前のジッパーを閉じなきゃたぶん着れると思うんでこれでいいです」


 タケルは呼び出された服の中にあったパーカーをヴァルガンに渡した。さらに、なぜか衣装チケットで召喚された革チョーカーも渡す。


「上半身はパーカーを羽織るだけ。チョーカーを着けて、服は破れないよう前を開けっ放しで。下は……まあ、元々履いていた革パンツのままでいいでしょう」


 完成したヴァルガンの姿はワイルドさが限界突破していた。隆起した筋肉、古傷、そして無造作に羽織ったパーカー。アイドルというよりは、地下格闘技のチャンピオンだ。


「防御力が不安だが……まあ動きやすいな」

「いいえ、その筋肉こそが最強の衣装です。物理的な説得力が違います」


 タケルは親指を立てた。素材の味を活かす、これぞプロデュースの基本だと自分に言い聞かせながら。


 *


 時間は過ぎて夜。薄い煎餅布団の上に座って二人は外を眺めていた。窓の向こうには遠く輝くルミナ・シティの中心部、巨大なドームの明かりが見える。


「さて、最後にアイドルとしての活動名を決めましょう。世界を創り変えるような、カッコいい名前が必要です」

「ふむ……。『世界焦土作戦』はどうだ?」

「デスメタルバンドじゃないんですから。却下です」

「では『人類補完計画』で」

「別の意味でアウトなのでやめてください」

「なら『魔王軍・第一師団』だな」

「そのまんまです!」


 タケルは唸った。生き延びるための活動とはいえ、適当に決めたくはない。魔王の過去、破壊と再生。そして、ゼロからの再出発。全ての意味を込めた名前。その時、ふとある単語を思いついた。


「魔王様、『RE:Genesis(リ・ジェネシス)』というのはどうですか?」

「り・じぇねしす……なんだそれは」

「創世記を再び、という意味です」

「なるほど、悪くない。破壊のあとに来るのは再生だ。我らがこの腐った世界を壊し、新たな理で創り直す。我に相応しい名だ」


 ヴァルガンは満足そうに頷き、ゴロンと布団に横になった。天井のシミを見つめながら、彼は呟く。


「待っているがいい、ステラ。必ず貴様を引きずり下ろし、我が頂に立ってやる」


 その言葉には、確かな熱がこもっていた。タケルも、改めて窓の外で光り輝くドームを見つめる。


(この人、本気であそこを目指しているんだなぁ……)


 ヴァルガンはタケルの嘘から始まった『アイドルでトップに立つ』という目標を、本当に達成するつもりなのだ。

 正直なところ、タケルには全くと言っていいほど実感がなかった。このボロ家から輝くステージへ、アイドル適正皆無のガチムチ魔王が行けるのか?


(俺、これからどうなっちゃうんだろ。理想のアイドルを召喚したら、プロデューサーをしながらのんびり異世界ライフのつもりだったのになぁ……)


 『世界を救う』の定義が曖昧だし、定期的にこの世界で起きたことをルミナスに報告しつつ好きなことをやる。そうすれば最低限、勇者として呼び出された務めは果たせるだろうと考えていたのに、その想定が初っ端から全て崩壊してしまった。


(……まずは明日、日雇いのバイト探さないとな)


 現実的な問題に頭を悩ませつつ、タケルも眠りについた。

 なお、ヴァルガンのいびきがとんでもなくうるさくて、ロクに眠れなかったのは言うまでもない。


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