7. セレイナさんの推し語りが止まらない件
冒険者ギルドの一角にある休憩室。
午前の仕事を終え、次の現場へ向かうまでの僅かな待機時間。タケルは革張りのソファに深く沈み込んでいた。
「ふぃ~……順調とはいえ、流石に疲れは溜まるなぁ……」
思わず、深いため息が出る。
遠くから「フンッ!」「ヌンッ!」という気合の入った声と、ドゴォン! という衝撃音が響いてくる。ヴァルガンとガルドが、休憩時間を利用して腕相撲のリベンジマッチをしているのだ。あの二人の体力は底なしなのか。
「お疲れ様です。思った以上のペースで依頼をこなせているようですね」
休んでいたタケルに声をかけてきたのはセレイナだった。手には湯気の立つハーブティーを持っている。
「あ、セレイナさん。すみません、お気遣いいただいて……。なんとかノルマは達成できそうですし、頑張りどころです」
タケルは笑みを浮かべながら、差し出されたカップを受け取った。温かさが冷え切った指先に染み渡る。
「……騒がしいですね。少し静かに話せる場所に移りましょうか」
ドガァァァン!! という轟音(テーブルが粉砕された音)を聞きながら、セレイナはタケルを奥の部屋へと促した。
*
静かな応接室。セレイナは自身の眼鏡をクイッと押し上げ、一冊の分厚い資料ファイルをテーブルに置いた。
「実は、以前から気になっていたんですが……タケルさん。貴方は『アイドル』について、あまりご存知ないですよね?」
「え、あー……まあ、田舎育ちなもので……」
タケルは言葉を濁した。異世界から来たので当然です、なんて言えるわけがない。
「田舎でも歌祭りくらいはあるはずですが……まあいいでしょう。プロデュースしているのに業界の構造を知らないのは致命的です。今のうちに基礎をお教えしますね」
セレイナの口調は事務的だったが、どこか楽しげな響きが含まれていた。彼女はファイルを開き、解説を始める。
「まず、この国におけるアイドルの社会的地位について。アイドルは単なる娯楽提供者ではなく、『神聖職』に準じる扱いを受けています」
「神聖職……?」
「はい。公認と認められるには審査が必要ですし、無資格で大規模な興行を行えば罰則もあります。それほど、影響力が大きいということです」
セレイナは指を三本立てた。
「デビューには大きく分けて三つのルートがあります。一つ目は『神殿公認』。神殿の審査を通過し、神官に準じた扱いを受けるエリートコース。最も権威がありますが、審査は厳格です」
「あれ? でも、教会もありましたよね。神殿とは何がどう違うんです?」
タケルはルミナ・シティで見た風景を思い出していた。シスターや神父風の人々が、神様のマークらしい建物の近くで活動しているのを見たことがあったからだ。
「大まかな区分としては、国か組織かという話です。神殿は国教としてのもの、教会は各組織による教えを広めるためのものですね」
国がバックにいるからこそ、公認になるハードルが高いというのは理解できる。ポンポンと神殿公認アイドルを量産したら、その価値自体が下がってしまうからだ。
「二つ目は『公的機関推薦』。我々ギルドや大手商会、教会などのバックアップを受けるルートです。比較的現実的ですが、組織の意向に縛られることもあります。今、RE:Genesisが目指しているのはこれですね」
「はい、その通りです」
「そして三つ目が『完全独立』。どこにも属さず、自力で活動するルート。自由ですが社会的信用が低く、茨の道です」
タケルは頷いた。今の自分たちは、まさにその茨の道を抜け出して推薦を得ようとしている最中だ。
「……さっき、神聖職に準ずるって言ってたじゃないですか。なんでアイドルがそんなに偉い扱いなんです? 歌って踊るだけなのに」
タケルの素朴な疑問。その言葉を聞いた瞬間、セレイナの眼鏡がキラーンと光った。
「歌って踊る、だけ……?」
「あ」
空気が変わった。事務的だった彼女の瞳に、熱い炎が宿る。これはスイッチが入ってしまったとタケルは察する。
「いい機会ですね。アイドルの『起源』から紐解いていきましょう」
セレイナはファイルをバサッと広げた。そこには古文書のコピーや、歴史的なアイドルの肖像画がびっしりとファイリングされていた。
「今から数百年前、疫病と戦乱で世界が荒廃した時代がありました。人々が絶望に沈む中、一人の聖女が現れました。彼女は魔法ではなく『歌』で人々の心を癒やし、生きる希望を与えたのです」
いつものクールな雰囲気を保ってはいるが、徐々にセレイナの口調が早くなる。
「その功績を主神アイディール様が祝福し、『歌に神聖な力を宿す』ようになった……それがアイドルの始まり。以来、この世界の音楽には魔力が宿り、人の心を動かす力が生まれた。つまりアイドルとは、神に認められた『希望の体現者』なのです!」
(めっちゃテンション上がってる……)
完全にガチオタのノリだ。クールな受付嬢の仮面が剥がれ落ちている。
「ちなみに、ステラはどこに属してるんですか? やっぱり神殿公認?」
タケルが恐る恐る尋ねると、セレイナは一瞬の間を置いて静かに答えた。
「……完全独立です」
「え?」
「ステラ様は、どこにも属していません。神殿からの公認も、ギルドなど公的機関の推薦も受けていない。完全に独立した立場で、あの地位にいます」
タケルは絶句した。一番不利かつ一番困難なルートで、トップに君臨している?
「だからこそ恐ろしいんです。普通、完全独立では大きな会場も使えませんし、宣伝も限られます。神殿や大手の後ろ盾がなければ、どれだけ実力があっても埋もれるのがこの業界の常識です」
それはそうだ、現代日本のアイドルも同じ。スポンサーがついたり事務所に所属するからこそ、優先的に仕事を回してもらえるといったチャンスが生まれるのだから。
「なのにステラ様は……後ろ盾なし、既存組織の力なし、純粋な実力と人気だけで『天上の歌姫』まで上り詰めた。そして、自身の事務所を作り上げたんです」
「……」
「むしろ神殿の方が、何度もスカウトしているという噂です。でもステラ様はすべて断っている。どこにも属さないことが、彼女のブランドなんです」
セレイナは熱っぽく語り続ける。その様子を見て、もしかしてステラ推しなのだろうかと心の中で呟くタケル。
「考えてみてください。神殿公認なら神殿のアイドル、ギルド推薦ならギルドのアイドル。でもステラ様は──」
「──みんなのアイドル、か」
「その通りです! 誰の色にも染まらないから、誰もが応援できる。中立であることが最強の武器なんです!」
タケルは背筋が寒くなった。自分たちは組織の力を借りないと、ステージにすら立てない。なのにステラは、独力であそこまで……。
格が違う。改めて、その現実を突きつけられた気がした。
「貴方が目指している『ギルド推薦』は、現実的な選択です。でも、それはステラ様とは違う道を歩むということを理解しておいてください」
「……覚えておきます。教えてくれて、ありがとうございます」
タケルが頭を下げて礼を言うと、セレイナはハッとして我に返った。
「あ……。し、失礼しました。つい熱くなってしまって……」
「いえ、すごく勉強になりました。本当に」
勉強になったのは事実だが、タケルの心の中には重いしこりが残った。
ステラはやはり特別だ。ヴァルガンが勝つには、生半可な努力では届かない。だからこそ、夏祭りのチャンスを逃すわけにはいかないのだと強く感じていた。




