6. 24時間戦えますか? はい、戦えます!
AM 5:00。
まだ夜明け前の薄暗い『ひだまり荘』の台所から、軽快な包丁のリズムと鼻歌が聞こえてくる。
「♪ふんふ~ん、今日の具は~……お魚と塩で美味しく~っと……」
タケルは目にも止まらぬ早業で、炊きたてのご飯を握っていた。
大きさはこぶし大。見た目は無骨な爆弾おにぎりだが、腹持ちも計算されている。卵焼きなど、おにぎりと合うおかずの準備もバッチリだ。
「よし、十個完成。これで今日のエネルギー補給は問題なし!」
タケルは満足げに頷き、まだ湯気の立つおにぎりをバスケットに詰め込んだ。睡眠時間は削っているが不思議と眠くはない。むしろ、目標に向かって突き進んでいる充実感で脳が冴え渡っていた。
「おはようございますヴァルガン、今日もいい天気ですよ。最高の討伐日和です!」
「ふわぁ……朝から随分と騒がしいな、タケルよ」
起きてきたヴァルガンが、呆れたようにあくびをした。
「貴様、昨日も遅くまで書類仕事をしていただろう。ちゃんと寝たのか?」
「大丈夫です、三時間は寝ました。ナポレオンもビックリのショートスリーパー、それがプロデューサーです!」
「なぽれおん?」
「さ、準備が終わったら出発しましょう。スケジュールはパンパンに詰まってますからね、一分一秒が無駄にできませんよ」
AM 6:00 ギルド訓練場。
早朝の静けさの中に、新人冒険者たちの気合の入った声が響き渡る。
「オイ! オイ! オイ!」
「声が小さいぞ貴様ら! 朝だろうと掛け声は腹から出せ!」
ヴァルガンの指導にも熱が入る。ファンになった冒険者たちには以前のような恐怖はなく、カリスマによる統率が取れていた。その横で、タケルはストップウォッチと進行表を交互に見ながら指示を飛ばす。
「はい、基礎トレ終了! 次は模擬戦、三分一本勝負で回します! A班、準備!」
テキパキと指示を出すタケルの動きに無駄はない。合宿をこなした経験が活きているのか、教官補佐としてのスキルも確実にレベルアップしている。
「本日の訓練、ここまで! ……よし、時間ピッタリ。撤収準備、移動時間は三十分!」
「素晴らしい時間配分だ、やるではないか」
「進行管理もプロデューサーの務めですからね。さあ、次行きますよ!」
PM 1:00 Bランク依頼『鉱山のゴーレム退治』。
ゴツゴツとした岩場。身長五メートルはある岩の巨人が、侵入者を排除しようと暴れている。普通なら慎重に作戦を立てる場面だが、今の二人には阿吽の呼吸があった。
「相手のコアは左胸です! 正面から引きつけて、カウンターでお願いします!」
「うむ! ……そこだァッ!!」
ドゴォォォォン!!
拳が岩盤を砕き、コアを一撃で粉砕した。ゴーレムが崩れ落ちる土煙の中、ヴァルガンが振り返ってタケルに向けてポーズを決める。
「はい、オッケーです! 討伐完了時刻、予定より五分巻き……素晴らしい!」
タケルは拍手しながら駆け寄り、素材回収の手配を済ませる。
依頼の内容はタケルが入念に事前チェックし、わからない敵や地域の情報があれば図書館の資料で確認。ヴァルガンに負担をかけないよう徹底的に準備するという役割分担により、圧倒的なスピードで依頼をこなしていたのだ。
正直なところ、ヴァルガンが最強の魔王だからこそなんとかなっているゴリ押し戦法だ。
「この調子なら午後の予定も余裕ですね。やっぱり俺たち、最強のコンビですよ!」
「我に砕けぬものなし。貴様に立てられぬ策なし、だ」
PM 4:00 アイドルレッスン。
諸々の手続きが終わり、鉱山からの帰路。揺れる馬車の中で、タケルとヴァルガンは歌詞カードと睨めっこしながらボーカルレッスンをしていた。
「練習曲のサビ、昨日の録音を聞き返したんですけど……ここ、もう少し感情を乗せられませんか?」
「感情だと? 十分に込めているつもりだが」
「今だと『感情込めてます!』と前に出過ぎて不自然なんです。切なさの中に秘めた情熱というか……ウィスパー気味に入ってから、サビで爆発させるのがいいと思います」
タケルは求めている表現について身振り手振りを交えながら熱弁する。
正直、体は疲れている。足も棒のようだ。だが、ヴァルガンの歌が良くなっていく過程を見るのが楽しくて仕方がない。
「注文が多い奴だ。……こうか?」
タケルの指示に従うように、ヴァルガンは歌ってみせる。弱く、吐息が多めな入りから徐々に強くなり、力強さを増すようにボリュームを上げていく。
「そうです、それ! 今の盛り上がり最高でした! いやー、やっぱり才能あるなぁ!」
「フン、もっと褒めるがいい」
ヴァルガンは満更でもなさそうに鼻を鳴らす。
馬車に揺られながらのレッスンは傍から見れば奇妙な光景だが、二人にとっては充実した時間だった。
PM 7:00 ギルドへの報告書作成。
日が落ちて、『ひだまり荘』に戻ってきてもタケルの仕事は終わらない。
机の上には依頼達成の報告書、経費の精算書、そして夏祭り委員会へ提出する活動実績のまとめ資料が山積みになっている。だが、タケルの表情に悲壮感はない。
「よし……これで今日の分は全部クリア! 明日の準備もオッケー!」
タケルはペンを置き、大きく伸びをした。肩と背骨がボキボキと鳴る。
(ふぅ〜、やりきった。充実してるなぁ)
タケルはぐいっとマグカップのコーヒーを飲み干す。少し手が震えている気がするが、きっとペンの持ちすぎだろう。カフェインのおかげで目は冴えているし、疲れよりも達成感の方が勝っている。
「本当によく働くな。人間とはそこまで動けるものなのか?」
「推しのためならエンヤコーラですよ! それに、ゴールが見えてきましたからね」
タケルは壁に貼ったカレンダーを指差した。残り日数は二十一日、Bランク依頼のノルマ三件達成。始めて数日でこのペースなら、ほぼ確実に達成可能だ。
「これなら期限前に達成して、万全の状態で審査会に挑むのも夢じゃありませんね」
「ほう。頼もしい限りだ」
ヴァルガンはタケルの肩をポンと叩いた。
「貴様がいけると言うなら、我は信じて従うのみだ。だが、無理はするなよ? 貴様が倒れては、誰が我を輝かせるのだ」
「あはは、大丈夫ですよ! 俺、今が一番元気かもしれません」
タケルは屈託なく笑う。
今の彼はいわゆるランナーズハイの状態だった。過酷なスケジュールとプレッシャーが脳内麻薬を分泌させ、疲労感を麻痺させているのだ。
「明日の依頼は『貴族の護衛』です。ちょっと気を使いますけど、問題ないはずです。サクッと終わらせてノルマ稼いじゃいましょう」
「貴族風情を狙う輩なぞ、一瞬で吹き飛ばしてやる」
「絶対礼儀正しくしてくださいね?」
ヴァルガンもまた、タケルの異常なハイテンションを「やる気に満ちている」と好意的に解釈していた。タケルの顔色が少し悪いのは気になったが、本人が元気だと言っているし、仕事のパフォーマンスも落ちていない。なら大丈夫だろうと。
「今日は余裕あるし、早めに寝て明日に備えますか。おやすみなさい、ヴァルガン」
「うむ」
ブラック時代に比べれば、まだ疲れのピークではない。今のうちに体力を回復させれば大丈夫だと考えたタケルは、布団に潜り込むと気絶するように眠りに落ちた。




